転生したら角名倫太郎に振られた後の世界だった11
フライドポテト、かき氷、わたあめ。食べたいものを我慢せずに食べられる。若いって素晴らしい。
隣の角名くんにわたあめを差し出せば、無表情でちぎって食べてくれた。その姿を見ているだけで頬が緩んでしまいそうだ。
一通り出店を楽しんだ私たちは会場の近くにある小さな神社に来ていた。ここは比較的人の少ない、いわゆる穴場というやつだ。角名くんは去年もここで花火を見たそうだ。
「去年は誰かと来たの?」
「バレー部のやつらと」
「今日はよかったの?」
「昼誘われたけど、マネージャーと行くって言ったから」
……はい、致命傷です。
わからせるって一体何をどうするつもりなのかと身構えていたけれど、角名くんはわりといつも通りだった。しかしこういう風にさりげなーく攻撃してくるのである。
「そういうときってどんな反応されるの」
「あ、そう。みたいな感じ」
「……角名くんは恥ずかしくなったりしない?」
「どうせならアピールしといたほうがいいじゃん」
「あぴーる……」
「っていうか牽制?」
「……いやそんなことしなくても大丈夫でしょ」
「いい男いたら紹介してって侑に言ってたじゃん」
「あ~……」
そういえばそんなこともあった。あれはもう関わることがないと思っていたからこそできた行動だ。バレー部のマネージャーになると最初からわかっていたらあんなこと言わなかったのに。
「あれはもう忘れて」
「……あんとき、すげーびっくりした」
「なんでちょっと嫌そうな顔してるの」
「こんな好きになるって思わなかった」
ドン、と本日一発目の花火が上がる。花火を見に来たはずなのに私たちはお互いの顔を見ていた。続けて何発か花火が連続する。花火の光が角名くんの顔を照らしては消えていった。
こういうときにどうするのが正解なのか、知っている人がいたら教えてほしい。視線をちらちらと彷徨わせていたら、角名くんがくすりと笑う。
角名くんは花火が上がる空を指差した。とりあえず花火を見ていていいらしいのでそうする。打ち上げの音がうるさいはずなのに、ドクドクと心臓が鳴っているのがわかった。
約ニ千という数の花火も、始まればあっという間に終わってしまう。すっかり暗くなってしまった空を私は見上げたままだった。
余韻に浸っていたところでふと思い出す。今、何時だ?
巾着からスマホを出して時刻を確認する。もうすぐで九時になりそうなところだった。
「角名くん、門限大丈夫なの?」
角名くんは目をぱちりとしばたたかせた。そして自分のスマホを見て「あちゃあ」という顔をする。
「やば、もう閉まってるかも」
「え、どうしよう……うち泊まる?」
「……いいの?」
「だって、行くとこないだろうし……」
家に二人きり。いいとは言えないけど、寝床のない高校生を放っておくなんてできるはずもなかった。……別に、角名くんがそういうことしてくるとは限らないし。いざとなったらなったで……いや、何を考えてるんだ私は。変な妄想をかき消そうと頭を振る。しかし一度思いついてしまったものを忘れるのは難しく、どんどん意識がそっちに傾いていた。
むにっと頬がつねられる。角名くんはムッとしたような顔をしていた。
「こういう日は特別。今日は十時までに帰ったらセーフ」
「へ?」
「騙されやすすぎ。去年もバレー部で来たって言ったじゃん」
「……だって、」
角名くんのことを配しただけなのに。まあ、私の提案も軽率だったかもしれないけど。もしあれが本当なら今すぐにでも寮の管理人さんに連絡して謝ればよかったのだ。それでもだめだったときに次どうするかを考えればよかった。
つねられた場所を今度は撫でられる。ごめんね、と言われている気がして身体がくすぐったくなった。……もう許してるけどね。私ってばチョロいから。
「マジで行っていいなら行くけど」
「……だめ」
「だめなのかよ」
「ほらほら、本当に寮が閉まる前に帰らないと」
私は角名くんの手を引いた。これは行きでされたことへの仕返しである。ここで私も角名くんをドキッとさせられるようなことが言えたらよかったのだが、あいにく何も思いつかなかった。
歩いていたら次第に人もまばらになってきた。そうしてお祭り気分が薄れていくにつれ、今さら手を繋いでいたことへの恥ずかしさというのを感じる。花火の前は出店に寄ったりするうちに自然と手が離れてしまったのだが、今はそんな口実さえもない。
(でも、いきなり離すのも変だし……)
ちらっと角名くんの様子を窺う。私が見たことに気づいたらしく、角名くんは「なに」と静かに言った。
「なんでもない……」
「そう」
角名くんが手を離してきた。……かと思えば今度は指を絡めてぎゅっと握られる。ギャッと悲鳴を上げたくなるのを堪えて私は角名くんを見上げた。
「なに?」
「なんでもないっ」
「なんでもないんだ?」
「……正直ギブです」
「俺まだほとんど何もしてないけど」
ほとんどってことは、少しは何かしている自覚はあるらしい。涼しい顔して恐ろしい男である。
私の家に着くまで恋人繋ぎは継続されたままだった。ようやくこの恥ずかしさから解放されるというのに、手が離れる瞬間は少し寂しかった。
「……あ、そういえばおすそ分け」
角名くんがスマホを操作すると、私のところに通知が届いた。確認してみると、私と角名くんが写っているではないか。これはさっきの神社での写真だ。私は角名くんを見ていて、角名くんはカメラのほうを向いている。カメラとの距離的に、どう見ても角名くんが撮れる写真ではない。……つまりどういうことですか?
「え、これ何」
「侑から送られてきた」
「なっ!」
そう、去年バレー部があの場所で花火を見たと聞いた時点で警戒すべきだったのだ。警戒したところでどうにかなる問題ではないかもしれないが。
ふうと息を吐いてスマホをスリープさせる。……いや、落ち着いていられるか!
侑くん(もしかしたら他にも誰かいたのかもしれない)に見られたこともそうだけど、一番の問題は私の表情である。誰が、どう見てもッ……恋する乙女の顔をしているのだ。
私が角名くんに向ける目は遠目にもキラキラして見えた。これが明るいところで撮られた写真だったら、もしかしたら頬も赤く写っていたかもしれない。
「もうちょいアップだったらよかったのに」
角名くんは呑気に言っている。本当にそれは死んでしまうので勘弁してください。
「じゃあまた明日」
一見すると普通の別れの挨拶だ。だけど私には、わざわざ明日の部活を意識させるために言ったように聞こえた。
「今日は誘ってくれてありがとう。楽しかった」
「うん、俺も浴衣見れてよかった」
「……そこは花火でしょ」
「はいはい」
ひらひらと手を振って角名くんが帰っていく。私は家の中に入ってもう一度、例の写真を確認した。……完全に、もうだめです。