転生したら角名倫太郎に振られた後の世界だった12

 私、とんでもない悪女なのでは。
 角名くんが持って来てくれた富山土産を食べながらふと思った。せっかく告白してくれたのに返事をなあなあにして、意図的ではないにせよキープのような状態になっている。一般的に考えて、これは私が「最低」というやつでは……。角名くんは返事を急かすようなことはしてこない。しかし逆に言えば私からなにかアクションをしなければならないということだ。……どうやって? 大人だったら食事に行ったりお酒を飲んだりして、そういう雰囲気を作ればいいとは思うんだけど……高校生ってみんなどういう風にしてるんだろう。悩んでいるうちに日付ばかりが過ぎて、気づけば夏休みももう終わりというところに近づいていた。

 夏休み最終日、部活に向かう途中でばったり治くんに出くわした。見たところ一人のようだ。
「おはよう。侑くん一緒じゃないの?」
「おはよう。双子やからいつも一緒てわけやないで。むしろバレー以外は別行動のほうが多い」
「そうなんだ」
 隣に並んでなんとなく一緒に学校へ行く流れになる。せっかくだし角名くんのことでも聞いてみようか。治くんは同じクラスだし、三人でラーメンを食べた仲だし……いや、聞くって何を聞くつもりなんだ。私と角名くんでいえば、治くんは確実に「角名くん派」だろうし、ここで妙なことを言えば確実に筒抜けになってしまう。
「……めっちゃ今さらだけど、富山のお土産おいしかった。みんなで買ってくれたんでしょ?」
 はい、逃げました。治くんは「ああ」と頷いた。
「『玉天』やったっけ。甘い卵焼きみたいな形のやつ。あれはうまかったな」
「うん。あともう一つ、えびのお煎餅も入ってたよね」
「煎餅は角名からやで」
「えっ」
 そんなこと角名くんは一言も言ってなかったけど。
「角名からっちゅうか、角名の家族からって言うたほうが正しいか」
「どういうこと?」
「富山ってまあまあ愛知と近いやん」
「……うん?」
 イマイチ話が掴めない。私がピンときていないのに気づいたらしく、治くんが「知らんかった?」と目を丸くした。
「角名は愛知出身やで。インハイは角名の家族が応援に来てて、そんで差し入れにあの煎餅」
「ええっ?」
 朝っぱらから大きな声を出してしまうところだった。途中で口に手を当てて抑え込んだけれど、近所迷惑だったかもしれない。キョロキョロと周囲を確認して、特にお咎めがなかったことにホッとする。
「角名、言ってなかったんか」
「うん……。寮に入ってるなとは思ってたけど、県外から来てるとは思わなかった」
「俺らと喋りかた全然違うやん。……まあそれはマネージャーもか」
「私のことは置いといて、確かにそうだね。でもなんで兵庫にいるの?」
「スカウトやな」
「スカウト!?」
 角名くんってそんなにすごかったんだ。いや、すごいのは知っているけど、私が考えていた次元よりもずっと上だった。スカウトされて、バレーのために実家から離れた縁もゆかりもない場所に行くって、高校生がする決断としては結構重いほうじゃないだろうか。
 いいのかな、と思う。角名くんはバレーに支障が出るようなことはしないと言っていたし、私がそこを気にしたって仕方ないような気もするけれど。
 ……いや、そもそもは私が「角名くんを好きか」という話だった。バレーの邪魔になる云々は角名くん自身が決めることである。
「治くん……私って角名くんのこと好きだと思う?」
「好きなんちゃうの」
 治くんの反応は、さも当然という感じだった。驚いたりしないんだ。そっか、ふーん……。
「……なんでそう思ったの?」
「え、付き合ってんのやろ?」
「……えっ」
 まさかの衝撃発言である。念のために角名くんがそう言ったのかと聞いてみた。治くんが首を振ったのでとりあえずそこは安心だ。
「じゃあなんで……?」
「いや花火大会」
「アッ」
 そういえば角名くんはバレー部の面子に「マネージャーと花火大会行く」と宣言していたのだった。しかも目撃されて写真まで撮られている。完全に外堀が埋まってしまっているではないか。
「まだ付き合ってはないんです……」
 治くんはフッと笑った。
「『まだ』なん?」
「……コレカラ、デス」
「角名が聞いたら喜ぶやろな」
「だといいけど」
 校門を跨いで一度治くんとは別れる。それぞれ着替えれば、今日もまた部活が始まった。

「今日すげーボール直撃してたけど大丈夫だった?」
 帰り道、角名くんに聞かれて私は体をギクリと強張らせた。角名くんの言う通り私は今日、五回はボールにぶつかっていた(うち一回は顔面レシーブ)。いつもなら避けるか弾くかできたはずだ。なぜこんなことになったのか、理由は簡単。角名くんのことを意識しすぎてこのザマである。支障をきたしているのは完全に私のほうだ。今日は自分が痛い思いをしただけで大きなミスがなかったからいいけれど、いつか本気でやらかしそうで怖い。情けないという一言に尽きる。
「もしかして具合悪い?」
「いや、そういうわけでは……」
「顔赤いけど」
 自覚はあったので驚いたりはしなかった。私はうつむいて、ごくりと唾を飲んだ。言うなら今しかない。……けど、ここまで来ても私の中にはまだ葛藤が残っていた。私は角名くんのことがすき。頭の中でそう唱えてみたら、少しだけ胸の中のモヤモヤが薄れたような気がした。
「……今日、ずっと角名くんのこと考えてた」
「へえ?」
 角名くんの顔は見れなかった。やばい、最初から間違えた気がする。ここからどうやって話を着地させるつもりなのか、言ってしまえばノープランだった。
 私が続きを言うのを待ってくれているのか、角名くんは静かだった。そうして歩いているうちに私の家に到着する。まさかこのままお別れなんて許されるはずもなく、私たちは夕日に照らされていた。
「あの、角名くんのことがすき……です」
 角名くんが口を開きかけて、私は「でも!」と遮る。
「ちゃんと部活に支障が出ないようにできるか、自信ない」
「じゃあ付き合う?」
 角名くんはさらりと言った。
「え、私の話聞いてた……?」
「聞いてたよ。とりあえず付き合ってみて、問題あったらそのとき考えればよくない?」
「でも、」
「今日は俺に返事しようとして上の空だったんでしょ。それはもう終わったんだからいいじゃん」
 言われてみると確かにその通りな気がしてくる。いや、押し切られてないか? 一度冷静になりたいのに、告白したという事実がそうはさせてくれない。
「逆にこの状態で付き合わなかったとして部活に熱中できんの?」
「……できない」
「俺も同じ」
「……~ッ!」
 耐えられなくなって、私は角名くんの手を引いて家の中に入った。玄関の扉を閉めて、角名くんに抱き着く。角名くんからは戸惑いが感じられたけど、遅れて私の背に腕を回してくれた。
「……今まで保留にしててごめん。付き合ってください」
 私にはずっと後ろめたさがあった。私みたいなよくわからない人間が、というやつだ。本当のことはこのさき誰にも話せない。だけど秘密を持ったまま誰かと向き合うのは苦しい。全部ぶちまけて、それでもここにいていいと誰かに言ってほしかった。でも、それは無理だから。
 角名くんのことが好きなのかわからないというのは、一種の逃げだった。自覚があったのに目を逸らした。私は今から最低なことを言う。
「角名くんは、前の私より今の私のほうが好き?」
「……それ、言わないようにしてたんだけど」
「幻滅した? 私ってこんなだよ」
「なんでそんなこと言うわけ。顔上げてよ。どうせ泣いてんでしょ」
 角名くんの胸元で首を振る。それはもう泣いていると宣言しているようなものだったが、ぐちゃぐちゃの顔を晒すよりはマシだった。
「あんたのこと、最初はすげー大人びてると思ってた」
 私の頭を撫でながら角名くんは言った。
「冷静だし、なんか一線引いてるっつーか、でも何させても一生懸命で、たまにバカ騒ぎにも混じってるし……ごめん、自分でも何言ってんのかわかんなくなってきた」
「もっと聞きたい」
「立ち直んの早」
「聞かせて」
「……弱って甘えてくるとこマジでずるい」
「あ、」
 角名くんの手によって強制的に顔を上げさせられる。涙を拭われる感触がくすぐったい。
「角名くん」
 私は角名くんの身体を抱き寄せて、目を閉じた。頭上で角名くんが息を呑んだのがわかった。
 ゆっくりと唇が触れて、離れていく。目を開くと角名くんが頬を赤くしていて私は嬉しくなった。ごめんね、ずるい大人で。
 本当のことは言えなかったけど(言うつもりもないけど)、ここにいてもいいと言われているような気がした。角名くんに触れられているとなぜか安心する。自分がここに存在していることを確かめたくて、私はもう一度角名くんに抱き着いた。角名くんからは相変わらず戸惑いみたいなものが感じられた。
「……なんかさ、慣れてない?」
「知らない。記憶喪失だし」
「思い出したって言ってたじゃん」
「覚えてない」
「……まあ、どっちでもいいけど」
「うん、」
 どっちでもいいという気楽な響きが私にとってはありがたかった。ぎゅ、と抱きしめる力を強くすれば、角名くんから「そろそろヤバイ」と申告が入る。……そっか、そうだよね。
 私は角名くんからパッと離れて、わかっていない風に言った。
「あ、もうすぐ門限か」
「今日みたいな日でも泊まらせてくんないわけ?」
「明日始業式だし、そのあと部活もあるでしょ」
「……そーだね。じゃあまた明日」
「バイバイ、気をつけてね」
 玄関が閉まるのを確認して、私はその場にしゃがみ込んだ。なんか、色々やらかした気がする。だけど角名くんの体温とか感触ばかりを思い出して、まともに考えることができない。こんなんで本当に大丈夫だろうか……。