転生したら角名倫太郎に振られた後の世界だった13
角名くんがバレーに打ち込んでいるのだから、私も負けていられない。夏休みの終わりに付き合い始めて早一カ月。あれ以来キスすらすることなく、私たちは清いお付き合いを続けていた。それでも帰るときに手を繋いだりはしていたから、恋人になったという実感はある。こういう高校生ならではのペースも心地良いなあなんて、思っていたりした。
それで今週末は、久々のオフ。私にはある計画があった。いつも通りの帰り道で、角名くんにお伺いを立てる。
「角名くん、土曜日空いてる?」
「空けてた。どっか行く?」
「実はお願いがありまして……」
「急にかしこまって何。怖いんだけど」
「私がお金は全部出すから、一緒に新幹線に乗ってくれないかな」
「え、なんで?」
「電車はだめだったけど、新幹線ならいけるかなって」
私たちが次に目指す春高は、毎年東京で開催されている。次は私も絶対に一緒に行きたい。だけどまた当日急に倒れるわけにはいかず、下調べが必要だ。これでもし新幹線がだめだったとしても、夜行バスや飛行機を使うという手がある。だけど新幹線で済むならそれが一番いい。それで角名くんを誘ったわけだけど、
「俺は反対」
きっぱりNOを告げられて、思っていたアテが外れたものだから、私はびっくりして言葉を失ってしまった。
「……え、だめだった?」
なんとか気を取り直してもう一度尋ねてみる。何度聞いても角名くんは首を振るばかりだった。
「電車と新幹線のホームってほぼ同じじゃん。何かあったらどうすんの」
「……だから、角名くんも一緒に」
「それで何かあったとして、俺にできることって救急車呼ぶくらいで、それでいいって本気で思ってる?」
「この前は急に思い出したからああだったけど、ちゃんと身構えてれば今度は大丈夫かなって……」
「何の保証にもならないし、俺だけじゃなくて他の人にも迷惑掛けるかもってわかんない?」
「……ごめんなさい」
ガツンと頭を殴られたような衝撃だった。私は「角名くんが隣で手を握ってくれてたら大丈夫かも!」なんて軽い気持ちで考えていたのだ。言ってたらすっごく呆れられてただろうな。角名くんは私よりもずっと大人の考えで、周りが見えていて……。
「……じゃあ新幹線はナシで、角名くんはどこか行きたいとこある?」
「いや、ごめんちょっと待って」
「うん?」
「言い過ぎた。迷惑とか思ってないし……。あんたが一番つらいってわかってんのに、ごめん」
「ううん、角名くんが正しいと思うよ。軽率だったね」
「なんでわかった振りすんの」
「……振りじゃない」
「ごめん、違う……そうじゃなくて、カウンセリングとか病院なら一緒行くし」
「……うん、ありがとう」
ちょっと泣きそうだった。でも何度も泣くわけにもいかないから、歯を食いしばって耐える。……今日は大丈夫。短いうちに二回も泣いてしまって、もうこれ以上醜態をさらしたくはない。
家に着いたけれど、このままお別れすると次が絶対気まずいから角名くんの手を引いた。
「もうちょっとだけ一緒にいて」
「……それ反則だろ」
玄関で靴を脱ぎかけたところで後ろから抱きしめられた。もぞもぞと振り向けば、至近距離で見つめられる。鼻先が触れそうになったところで私は目を閉じた。軽く唇が触れて、終わったと油断していたらもう一度重ねられる。……なんか、慣れてきてない? 一回目はもっといっぱいいっぱいな感じだったのに、成長するのが早すぎる。
「……仲直りのキス?」
照れ隠しだった。それでも角名くんには伝わっていたようで、笑われる。
「そもそも喧嘩してなくない?」
「そうなんだけど」
「……土曜さ、ここでダラダラするんじゃだめ?」
「だめですねえ」
「流されてくんねーの」
「映画見に行きたい」
「……まあ、いいけど。何か見たいのあんの?」
「特には」
「ないのかよ」
角名くんは私を抱きしめたままスマホを取り出した。そして近くの映画館の上映スケジュールを出してくれる。
「角名くんは何でもいいの?」
「あんたが映画行きたいって言ったんだから決めて」
「んー……じゃあ、これ」
私が指差したのは、ずばり動物ものの映画だ。これならエッチな雰囲気になって気まずい思いをすることもないだろうし、もふもふのワンちゃんの写真がかわいいし絶対癒される……つもりが、
「うぅ……」
「こういうので泣くほうなんだ」
まさかの感動系だった。いや、ちゃんと調べなかったのが悪い。それにしても大人になるとこういうのに弱くなるから本当にだめだ。なんで角名くんは平然としていられるわけ? まあ、泣いてたら泣いてたでびっくりするけど。……いやでも、動物映画で泣いてる角名くんもアリだな。
「なんか変なこと考えてるし」
「えっ顔に出てた?」
「いや適当」
「……動物映画で号泣する角名くん」
「はいはい残念だったね」
軽くあしらわれてしまった。
さすがに映画館を出れば涙も止まる。久しぶりのリフレッシュは一応有意義だったということにしておこう。今月末には春高予選も控えているし、気合いを入れなおさなければ。
「……」
私は大きく息を吸い込んだ。映画とはいえ泣いた後にする話じゃないよなあと思いながらも、どこか覚悟は決まっていた。
「東京行きのこと、監督に相談した」
「……監督なんて言ってた?」
「一人だけ夜行バスとか飛行機は許可できないって」
何も監督はいじわるで言っているわけではない。ただ学校として行く以上、生徒一人で行かせることはできないそうだ。インハイのときに私は気を失っているし、それも加味されていたかもしれない。これが近くならまた違っていただろうけど、言われてみれば納得のできる話だった。夜行バスや飛行機なんて私は一人でも何ともないけれど、私が黒須監督の立場だったら同じ選択をするだろう。
「だから、行かないことにした」
「……納得してんの?」
「うん」
カウンセリングを受ける決心はついたけれど、きっと春高までに克服することはできない。来年のインハイに間に合ったらいいなあと思うことにしたのだ。
「……一人じゃなきゃいいわけ?」
「監督かコーチのどっちかが付き添おうかって話はあったよ。でも、そこまでしてもらったって私ができることって限られてるし」
「それなら俺が一緒に行く」
「だめ」
角名くんが真剣に言ってくれているとわかっていた。ちっとも嬉しくないと言えば嘘になる。だけど私はここで喜ぶ素振りを見せてはいけない。
「バスは移動時間長いし調子落とすかも。飛行機だって慣れてないでしょ」
「でも、」
「バレーに支障が出るようなことはしないって約束だったじゃん。……また変なこと言ったら別れるから」
「……それ盾にすんの卑怯だろ」
卑怯で構わない。例えこれで角名くんに幻滅されたって、私はこれが正しいと思っている。
「ごめん、今日はもう帰る」
「……送らせてよ」
もう声を出せそうになかったから、私は頷いた。
ずっと無言の帰り道、今度こそ本当の喧嘩になってしまった。角名くんと喧嘩するのは初めてだ。仲直りしたいけど、今日は角名くんの手を引く勇気は出なかった。だって、この前とは全然違う。私は譲るつもりないし、角名くんはきっと納得していない。こんなことなら言わなければよかった。当日になって体調が悪いとか適当に言えばよかったのかな。なんでわかってくれないの。
律儀に家の前まで送ってくれた角名くんと別れて、私は着替えもせずベッドに倒れこんだ。枕に顔を埋めると、堪えていた涙が溢れてくる。子どもみたいに泣きじゃくっていたら、もちろん翌日は目が腫れた。だけど部活は待ってくれない。
体育館の隅で淡々と作業をこなしていたら、怒鳴り声が聞こえてきた。侑くんと治くんが言い合いしているのはわりといつものことだけれど、今回はより深刻な雰囲気だった。