転生したら角名倫太郎に振られた後の世界だった14

 双子の喧嘩の原因は、今日の治くんの調子が悪かったというところから始まったらしい。治くんが落ち込んでいるところに侑くんがポジション空けろと突き放した。それで取っ組み合いに発展したのだ。
 調子が悪いと言い訳する人に対して侑くんは昔からそういうところがあるらしいけど、治くんに対しては人一倍当たりががきつい。にしても今日は激しいな。彼らが小学生のときからの知り合いである尾白さんが呟いた。春高予選目前ということもあって、ピリピリしていたのかもしれない。
 こんなときに限って北さんが見当たらないし、角名くんは動画を撮っているしで全く頼りにならない。
「二人ともやめて!」
 私の声なんて聞こえていないのだ。治くんが侑くんに馬乗りになって胸倉を掴む。止められる気がしなくて私は職員室に走って監督に助けを求めた。
 職員室のドアを開けようとしたら、ちょうど入れ違いで北さんが出てくる。北さんは私を見て目を丸めた。
「どないしたん?」
「治くんと侑くんが喧嘩してて……」
「またかあいつら」
 北さんが私の顔を覗き込むようにジッと見る。
「……マネージャー泣かしてほんましょうもないやつらやな」
 私はハッとして目元を押さえた。そういえば目が腫れていたのだった。しかしそれは双子の喧嘩が原因というわけでもない。……言いたくなかったけど、一応彼らの名誉のために言っておいた。
「すみません……これは別件で」
「ああ、そうやったか。すまんな勘違いして。俺は先行ってあいつら止めてくるから、何か悩みあるんやったらそのあと聞くで」
「……いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
「そうか。そんで悪いんやけど、監督も一応呼んできてもらってええか?」
「わかりました」

 私が監督と体育館に戻ってきたときにはすでに喧嘩は収まっていた。腕を組んだ北さんの前に双子が正座している。さすが北さん。双子はそのあと監督に連れられてどこかへ行ってしまった。三十分ぐらいで二人は戻ってきたけれど、一言も喋らないままそれぞれ練習をしていた。二人はどうやって仲直りするんだろう。寝て起きたらいつも通りなのかな。私もそれがよかった。

 部活が終わって着替えると、いつものところで角名くんが待ってくれていた。いないかと思っていたからびっくりした。角名くんは私が近づくと無言で歩き出した。今日は手が触れない。
「双子の喧嘩止めようとするとか勇気あるよね」
 ちょうど帰り道の半分くらいのところで角名くんがぽつりと言った。
「……角名くんは動画撮ってたね。一緒に止めてよ」
「いやあれは無理」
「まあ私も無理だったけどさ」
 角名くんが話しかけてくれたおかげで意外と普通に話せている。だけどやっぱりいつも通りとはいかなくて、何だかギクシャクしていた。家の前まで送ってもらったというのに、別れたあと物足りなく感じる。私もずいぶん堪え性がなくなってしまったようだ。

 それから一週間が経っても治くんの不調は治らず、春高予選で彼はベンチスタートとなってしまった。発表された瞬間、治くんは言うまでもなく侑くんもピリついた空気を出していた。そして試合当日――。
 シード校だから一回戦は免除。観客席にどかりと座る治くんに後輩たちはなるべく近寄らないようにしているのが見て取れた。私も治くんに何と声を掛けていいのかわからない。もしかしたら話し掛けないほうがいいのかもしれない。人によって正解は違うだろうけど、だからこそ人は無難なほうを選んでしまうのだろう。
 一人分の距離を開けて治くんの隣に座る。意外にも治くんは私に話しかけてきた。
「角名と喧嘩してるん?」
「ん……してる、かも」
「角名も喧嘩するんやな~」
「うん、怒ったりしなさそうだよね」
「なんで角名が怒ってるかわかってへんやろ」
「私が東京行くの諦めたからじゃないの?」
「まあそらそうなんやけど」
 角名くん、治くんに話してたんだ。治くんの声は落ち着いていて、私の中にストンと入ってくる。
「……角名から聞いたとき、俺もちょっとイラッとした」
「え?」
 なぜ、治くんまでもが。角名くんの気遣いを無駄にしようとしたことについて怒っているとか? ポカンとする私に治くんは「やっぱりな」と言う。
「その反応ちゅうことはやっぱわかってへん」
「……どういうこと?」
「なあ、チームの一員って自覚ある?」
 治くんからの問いに私はすぐに答えられなかった。チームの一員のつもりではあった。だけど私はあくまでサポート役で、選手とは違う。それは間違っていないはず。……だったらなぜ、すぐに言葉が出てこなかったんだろう。
 ずいぶん間を置いて「ある」と私は言った。
「そら少しはあるのかもしれんけどな。角名、付き合っとるから怒ってんのとちゃうで。チームメイトとして怒ってんのや。俺がイラッとしたんもそういうこと」
「……私だって、チームの最善を考えて決めたんだよ」
 治くんはしばらく私をジッと見て、ふいに笑い出した。「頑固やなあ」途端に私が子供じみた意地を張っているように思えてくるから不思議だ。
「まあ俺らにも考えあるし、楽しみにしとってや」
「何それ」
「まだ言えん」
 治くんはニマッと笑った。その笑い方が試合中の侑くんにそっくりだと言えば、治くんはわずかに顔をしかめた。
「……ごめんね、ありがとう。治くんも大変なのに」
「ホンマやで。なんや周りは腫れもん扱いしてくるし」
「まあ、それは……うん」
「そこは否定せえや」
「ごめん」
「……俺はもう平気やと思う。けどまた体育館騒がすかもしれんし先謝っとくわ」
「……うん?」
 私がこのときの治くんの言葉を理解したのは、大会予選が終わってしばらくしてのことだった。

 稲荷崎高校は無事に春高予選を突破。それからすぐに侑くんにユースからの招集がかかる。ユースと聞いて私がパッと思いつくのはサッカーだったけれど、バレーも同じようなものがあるらしい。え、めちゃくちゃすごいじゃん。もちろん侑くんは参加すると答えた。
 侑くんのいない体育館で、治くんは調子を取り戻していた。そして侑くんが帰ってきて
「バレーは高校までにする」
 はっきりと宣言したのだった。

「は? サムお前、今なんて?」
「やからバレーは高校で辞める。俺は将来『飯』に関わる仕事やるって決めとってん」
 ぴりぴりと静かに空気が張り詰めていく。何事かと周りにギャラリーが集まってきた。だけど今回は監督も北さんも呼ばれなかった。今回は大丈夫。銀島くんがそう言って、不思議と私も同じように感じていた。

 言いたいことを何でも言い合えるのは彼らが双子だからだろうか。それとも単に性格? 私は角名くんと言い合いしたいわけじゃないけど、ずっとこのままなのは嫌だった。話はするし一緒にも帰るけど、付き合う前よりも距離が遠い。
 双子が落ち着くのを見届けた私は、ジャグの洗浄でもしようかと思っていた。ところが侑くんが私の前に立ちはだかる。にこりと笑みを浮かべて一言。
「次はお前らやで」
「……へ?」
 いや、お前らってなに。……なんとなく予想はつくけどきみ、切り替え早すぎやしないか。
 侑くんの腹黒そうな笑顔に負けて私は侑くんについて行った。その先には角名くんどころか治くんや銀島くんまで控えている。……ちょっと待って、なんでそんな大ごとになってんの。
「……あの、これは一体なんの集まりでしょうか?」
「バレー部二年」
 いつかの角名くんみたいに治くんはケロリとした顔で言ってのけた。だからあなたたち、さっきまで喧嘩してましたよね?
 ……なんて言えるわけもなく、私は大男たちに囲まれながら体育館の外に連行された。