転生したら角名倫太郎に振られた後の世界だった03
そりゃ朝練があるんだから土日だって部活はある。
やっと金曜が終わったー! と内心でお祭り騒ぎだったところに「ほなまた明日」という声が聞こえて気づいたというわけだ。実は高校生って社会人よりハードな生活してない?
部活は何時まであるのだろう。家の通帳を見てある程度の資金繰りを考えた結果、明日はスマホに機種変しようと思っていたのだ。(ガラケーには三日で値を上げた)さすがに平日よりは早く終わると思いたいけど……。
「理石くん」
いつも頼りにするのは密かに私の心の支えとなっている理石くんだ。ちなみにその次が北さんである。
「土日の部活は何時まであるのでしょうか」
「午前中だけです。けど自主練で午後も残ってんのがほとんどですね」
「なるほど理解しました」
それならまあ、ちょっと残って切り上げれば大丈夫だろう。よかったこれでガラケーともオサラバだ。
理石くんは遠慮がちな視線を私に向ける。
「あの、先輩ですしそんなかしこまらんで大丈夫ですけど」
「え、あー……そうかな?」
なんとなく一番の新参者として全員に敬語を使っていたが、それはそれで彼らもやりづらいのかもしれない。大人になると年下の上司なんて普通にあることだから、感覚が鈍ってしまっていた。
「次からはこんな感じで喋るね。ありがとう」
「あ、イエ……全然です」
「じゃあおつかれ~また明日~」
「お疲れさまでした」
ルンルンと体育館を出ようとしたところ、何者かが私の行く手に立ちふさがった。……宮侑くんである。
侑くんは相変わらずの不機嫌顔だった。
「おい」
「何か」
「お前ホンマに角名と付き合ってないんか」
それ今言うことなのか。それなりにまじめに仕事をしてきたつもりだけど、彼としてはまだ思うところがあるのかもしれない。それか単に「女は邪魔や!」というタイプ。まあ私も一つ確認したいことがあったので、ちょうどいいとも言える。
「付き合ってないってば」
「角名、今もこっちじーっと見とるけど?」
おや本当だ。侑くんの斜め後ろからスナくんがこちらを見ている。しかし見ていると言っても、それはスナくんだけの話ではない。私が侑くんと話しているというだけで、バレー部の注目を浴びるには充分なのだ。だってこの図はどう見ても、いじめ。
「それだけ?」
「それだけやない。角名、お前のことフォローするようなことばっか言うねん」
こそっと小声で侑くんは言った。スナくんに聞かれたらまずいという自覚はあるらしい。
っていうかフォローって何よ。そんなの初耳なんですけど。
「……マジで?」
「マジのマジや」
「侑くんチョットこっちでお話しようか」
放課後の体育館裏と聞けば、なんだか甘酸っぱい気持ちになるけど今そんな雰囲気は微塵も感じられない。私は周囲に人がいないことを確認して侑くんに聞いた。
「ずっと気になってたんだけどさ、私ってスナくんに振られたんじゃないの?」
「ああ、先週たまたまお前の告白現場に遭遇してん。で、そのあと角名に聞いたら断った言うとった。それ以外は知らん」
「へ~」
じゃあスナくんが言いふらしたというわけでもないのか。なんかじわじわとスナくんに対する好感度が上がっていっている気がする。もちろん高校生相手に恋に落ちるなんてことはないだろうが。
「なんや他人事みたいやな」
「まあ実際そんな感じ。携帯見た限りスナくんとやり取りした形跡もなかったし、付き合ってはないでしょ」
「お、おう……」
「なに自分で聞いてきたくせに引いてんの」
「いや……なんかお前ホンマ別人みたいやわ。まあ言うて元のお前とは話したことないんやけど」
「それもそれでどうなの。なーんか私、ヘタレとか言われた気がするんですけど?」
「しゃあないやん! 三日もせんと辞めたマネージャーやで? 顔覚えとっただけでも褒めてほしいくらいやわ!」
「そっか~。わざわざ覚えててくれてありがとうね~」
んぐ、と侑くんが口を噤む。会話の内容は内容だけど、意外と話しやすいかもしれない。おそらく他人に気を使わないタイプなのだろうが、今の私にとってはありがたい存在だ。それに前よりちょっと態度がやわらかい気がする。もし私の仕事ぶりを見て態度を改めてくれているのだとしたら、けっこう嬉しい。
「あ、でも待って。スナくんが私のことフォローしてくれてるって何?」
「お前が教室でバレーのルールブック読んどったとか、わざっわざ部室で言うねん。あいつ結構頑張ってますよ感いちいち出してくねん!」
「……隣の席のよしみかな?」
「知らんわ!」
え~なんなのスナくん嬉しいじゃない。でもこれ、記憶喪失に責任感じての行動だったら申し訳ないなあと思う。
「……なんやねん男漁りに来たんちゃうんかい」
ボソリと言って侑くんは私に背を向けた。そういえばそんな設定だったな。もう帰る雰囲気だし聞かなかったことにしておいてあげよう。
今日のご飯は何にしようかな。スーパーに行くかコンビニに寄るか迷いながら歩いていたら、スナくんがスマホ片手に校門に寄りかかっているのが見えた。不自然にならないよう注意しながらその横を通り過ぎる。
「おつかれ~」
「おつかれ」
……あれ、スナくんどうして私のあとをついて来ているの? これって勘違い? 自意識過剰? あ、隣に並ばれた。
「侑となに話してたの?」
「半分くらいスナくんの話」
正確に言うとほぼ百パーセントスナくんの話なのだが。
「いや正直すぎかよ。それで?」
「なんかスナくんが私の株を上げてくれてるって話」
「株ってなに」
「侑くんが言ってた。私の頑張りをみなさんにアピールしてくれてるって」
「ルールブックの話? 別に俺そんなつもりじゃなかったけど」
「でも侑くんからのアタリは和らいだ気がする」
「いや、侑はあれで意外と気にしてたんだよ。ヘタレとか言ってたでしょ。俺をダシにして謝りたかったんじゃない」
「むずかしいな宮侑」
「ところでこっちが本題なんだけど、」
スナくんの目が細められる。なぜか心臓がドキッとした。
「俺のこと避けてる?」
「…………チョットダケ?」
ふーん、という目で私のことを見ているスナくん。お互いあんまり関わらないほうがいいと思っていたのにドウシテ……。
「普通に接してくれると嬉しいんじゃなかったの?」
スナくんの口から出てきたのは、私自身が教室で言った言葉だった。そうだ、自分でこんなこと言っておいてスナくんを避けるのは間違っている気がする。スナくんがそれを望んでいるならまだしも、私が勝手にそうしているだけ。結局は己の身を守っているだけなのだ。
「ごめん角名くん」
もう避けるのはやめよう。私は今の私のまま、角名くんに接してよかったのだ。
「振られてるっぽかったし、気まずかったんだよね」
「それ言っちゃうんだ」
「え、振られてるよね?」
「まあ、うん……。あんま話したこともなかったし」
歯切れの悪い答えだった。私は忘れてるから構わないのだけど、角名くん的には気を使うところなのだろう。
それにしてもあんまり話したことない人に告白しちゃうって、すごいガッツだ。若いっていいなあ。まあ角名くんかっこいいもんね。気が利くしそういうところが好きになったのかな。……あ、バレーってのもあり得るかもしれない。何せ私は元マネージャーでもあったのだ。うーん、気になるな……。
どうしても我慢できなかったので本人を前に聞いてしまった。角名くんは呆れ顔だった。
「いや俺に聞かないでよ」
「告白のとき言われなかった?」
「急にグイグイ来るじゃん。特に言われてないけど……」
「へえ~」
でもなんかわかる気がする、というのは言わないでおいた。余計な火種は起こさないのが私のモットーである。
「侑くんはこのこと知ってたみたいだけど、角名くんは気まずくないの?」
「何も思わないわけじゃないけど、俺だけ避けられてんのもおかしいでしょ。逆に怪しくない?」
「確かに。侑くん以外の人も知ってたりする?」
「侑が話してなきゃ知らないはず」
「そっか」
私は足を止めて後ろを振り返った。そういえばさっき寮を通り過ぎたような気がする。
「角名くんって寮じゃないの?」
「寮だよ」
「通り過ぎなかった?」
「過ぎたね」
「いや……え、送ってくれるとかそういう?」
「まあ、せっかくだし」
「……実は私の家も通り過ぎてる」
「何それ。じゃあ俺たちどこ向かってんの」
うわあめちゃくちゃ気まずい。角名くんは笑ってるけど。なんか普通に笑ってるところ、初めて見た気がする。ふーん……年相応でかわいいじゃないの。
「私はスーパー行こうとしてただけなので、気持ちだけ……ほんとありがとう」
バイバイ、と手を振る。しかし角名くんはじっとこちらを見ただけだった。
次に角名くんはスマホをポケットから取り出して画面を確認していた。しかしそれもすぐのことで、角名くんは再びスマホをしまい込んだ。
「……俺も行く」
「えっ」
「夜お腹空くんだよね」
「え~間食とかしていいの?」
「何言ってんの。いいに決まってるでしょ」
「……門限は?」
「八時だし余裕」
「……じゃあ、行く?」
うーんこれは気を使わせてしまったかもしれない。今度から買い物は土日に済ませてしまおうと決意しつつ、私たちはスーパーへ向かった。
「ちょっと何してんの」
「え?」
角名くんの視線の先。そこには缶チューハイを持つ私の手。あ、やばい。つい癖でやってしまった。いろんなことがありすぎて、脳がアルコールを求めていたのかもしれない。
ハハハと笑って誤魔化しながら缶をもとの場所に戻す。
「間違えちゃった……」
「いやマネージャー飲酒で出場停止とか笑えないんだけど」
角名くんの言い方は冗談めいていた。だけど事を軽く考えていた私にとって、それは充分な針となる。
みんな本気で部活をしてるのに私のせいで台無しなんて、絶対にあってはならないことだ。
角名くんに止められないままレジに行ったところで買えなかったとは思うけど、制服のまま堂々とお酒を買おうとしたなんて、妙な目で見られることは間違いない。
気をつけよう。正直けっこう胸に来たけど、角名くんの前でウジウジもしていられなかった。
「ごめん」
「え、なにその反応。ほんとに飲んでるみたいじゃん」
「飲んでない……けど、軽率な行動しちゃダメなんだなって改めて実感したというか」
「そんな深く考えなくていいでしょ」
「ま~私は優等生ですからね!」
「……ちょっと気になってたんだけど、テストとか大丈夫なの?」
「大丈夫ではない」
フッと角名くんは吹き出した。
「でも頑張る。部活してる場合じゃないでしょって言われたくないから」
「へえ」
角名くんは目を細めて笑った。さて勉強頑張ります宣言もしたことだし、反省タイム終わり!
それから急いで買い物を済ませたものの、家に帰りつくころにはすっかり辺りは真っ暗になっていた。角名くんは家まで送ってくれたし本当に申し訳ない。しかも角名くんが買ったのは袋入りのチューペットだ。絶対それ急ぎで必要なかったでしょ、という言葉は飲み込んだ。厚意はときに素直に受け取っておくものである。
角名くんがさりげなく持ってくれていた買い物袋を受け取る。角名くんは何か言いたそうな顔をしていた。
「ありがと」
「どういたしまして。……いつもこの時間に買い物してんの?」
「今日が初めて。一昨日と昨日は家にあった冷食とかカップ麺食べた」
「あー……」
「でもまあ、今度からは休みの日にまとめ買いしようと思いました」
「それがいいよ。じゃ、おやすみ」
「おやすみ、気をつけてね」
今度こそバイバイと手を振ってお別れだ。ついさっきまでお喋りしていたせいか、誰もいない真っ暗の家は少しだけ寂しかった。