転生したら角名倫太郎に振られた後の世界だった04

 夢を見た。私は小さな手で折り紙を一生懸命に折っていた。完成した紙の金メダルをお母さんに渡した。お母さんの顔はよく見えなかったけれど、喜んでくれていたと思う。お母さんはメダルを宝物にすると言ってくれた。

 携帯のアラームがピピピと鳴っている。機械のようにすっきりと目覚めた私はアラームを止め、記憶の先に向かった。
 あるという予感があった。夢で見た、お母さんの部屋のふすまの奥。何かに憑かれたみたいに私は少し錆びついたクッキー缶の蓋を持ち上げた。
<おかあさんいつもありがとう>
 メダルの中心にはそう書かれていた。
「……あ」
 もう時間だ。部活行かなきゃ。

 午後は遅くまで残れないからという理由でちょっと早めの出発だ。そして、まだ静かな体育館を見て思った。もしかしたら一番乗りかもしれない。ちょっぴりウキウキだ。
 男子の部室なんてどうせ散らかっているのだろうという偏見だった。せっかくだし掃除してあげようと思って、だけど鍵がないから、部室の戸をノックしてみた。
「おはようさん。早いな」
「おはようございまーす……」
 そう、私は忘れていた。北さんという大人顔負けの高校三年生がいるということを。
 ちらっと見た限り、部室内は整然としていた。私物が転がっていることもないし、掃除も行き届いている。北さんがいるならそりゃ綺麗ですよね……。何なら私の家の掃除もお願いしたいくらいです。
「部室の掃除でもしようかと思ったんですけど、綺麗に使ってあるんですね」
「そうか? 別に普通やと思うけどな」
「……すみません」
「何を謝ってんの」
「私の普通のレベルが低すぎたことですかね……」
「まあこれからやろ」
 謎の慰めを頂いてしまった。

 掃除は必要なさそうだったので、ネットやボールを出しておくことにした。それらが終わるころには部員も集まってきて、いつも通りの仕事に入る。
 今日は試合形式の練習をしているみたいだった。気になるところではあるけど、手を止めるわけにもいかない。私はボールの空気圧を確認しながら、スコアシートの書き方も覚えないとなあと考えていた。白紙のシートは何かの暗号表みたいで、ぶっつけ本番でやるのは絶対無理。スマホを買ったら試合動画でも見ながら練習してみようか。やらなければならないことが多すぎて、それはそれで楽しいのだけど、ちゃんとついて行けるのか不安もあった。

 午前中の練習が終わり、休憩時間に入る。お昼はこれから買いに行く人が大半のようだ。
 体育館の外に座っておにぎりにしたチャーハンを食べていたら治くんと目が合う。
「それ作ってきたん?」
「これ冷食。私は持ち運びしやすいようにおにぎりにしただけ」
「うまそうやな」
「冷食おいしいよね」
「何や腹減ってきたわ」
「今から買いに行くんでしょ、いってらっしゃい」
 ひらひら手を振ると、治くんは大きい背中をちょっと丸めて歩いて行った。
「あれスルーできるんだ」
 パンの袋をびりっと開けながら、角名くんが私の隣に座る。距離感に戸惑いつつも私は頷いた。
「普通だったらあげてたかもしれないけど、私もお腹空いてたし」
 実際、この三日間だけで治くんが女子からお菓子をもらっているのを教室で何度か見かけたことがある。なんでもおいしそうに食べてくれる姿には癒されるし、ちゃんとお礼も言ってくれるし、私だって何かあげたいという感情が沸かないわけもなかった。だけど私も空腹なのである。二個しかないおにぎりを分け与えてしまっては、このあと立っていられない。
「っていうかそれだけ? ちゃんと食べてるの?」
「まあ……正直偏りはあるかもしれない」
「俺も自炊してるわけじゃないし人のことどうこう言えないけど、暑くなってきたらいきなり来るよ」
「……う、」
「事情が事情だし毎日部活来なくても俺は納得するけどね」
「角名くん本当に高校生?」
「どう見ても高校生だけど」
 何言ってんの、とでもいうような顔で角名くんはメロンパンにがぶりと噛みついた。
「寮って朝晩ご飯つき?」
「うん。昼はいちいち帰るの面倒だから部活休みのときしか食わないけど、事前に言っとけば対応してくれる」
「私も住みたいな~」
 角名くんは眉を寄せた。あ、これは反応に困るやつだったな。
「ごめん冗談」
「いや、俺はいいけど……」
 間をごまかすためにチャーハンおにぎりを頬張る。もくもくと食べていたら、あっという間におにぎりはなくなってしまった。
「全然足りない……やっぱコンビニ行ってこようかな」
「誰かに頼めばいいじゃん。そろそろ着いてるでしょ」
 そう言って角名くんはスマホを取り出した。
「え、ちょっと待って」
 聞く耳持たず、角名くんはスマホを耳に当てる。待て待て待て!
「あ、もしもし今どこ? ……うん、なんかマネージャーがお昼足りないとか治みたいなこと言い出したから何か買ってきて」
 絶句である。
 そして角名くんは耳から少しスマホを離して、私にトドメを刺してきた。
「何がいい? って」
「……野菜が入ってるサンドイッチ」
「『野菜が入ってるサンドイッチ』だって。じゃあよろしく」
 通話を切った角名くんはじっと私のほうを見てきた。どうやらツッコミ待ちらしい。もしかして単に親切でやってくれたのかもしれないけど……いや、「治みたい」と言ったのは完全に余計だ。
「……誰?」
「誰だと思う?」
「治くんではない」
「まあ正解」
「理石くん」
 もはや私の希望であった。
「いや後輩には頼まないでしょ」
「北さん」
 これも私の希望である。
「北さんならあっちで弁当食ってるよ」
「……実は誰にも電話してない」
「そんな飢えさせるようなことしないって。正解は銀」
「銀島くん……全然喋ったことない」
 でも銀島くんでよかった気がする。私の最悪の想定としては侑くんだったから、そうでなければいいというか。それに銀島くんは何となくだけど優しそうな感じがするし。
「あ、あとで銀にお金払っといてね」
「そりゃ払うよ……え」
 私はびっくりして言葉を詰まらせた。いつの間にか三つ目のパンを食べ終えた角名くんが立ち上がったのだ。ちょっと待ってこの状況で一人にする? 銀島くん戻ってきたときどんな顔すればいいのよ。
 しかし一緒に待っててほしいとも言えず、私は角名くんの背中を見送った。男子ってこんな感じなんだなと納得することにしたのだ。

「角名は?」
「どっか行っちゃった」
 私が一人でいたことに驚いたのだろう。銀島くんは周りをきょろきょろと見ながら居心地悪そうにしていた。本気で申し訳ない。私はミックスサンドをもらってちょっと多めに(と言っても十円にも満たないくらい)お金を渡した。
「ごめんね突然。ありがと」
「いや全然ええけど……」
 銀島くんの視線が私の後ろに向く。何かと思って振り返れば、いなくなったはずの角名くんが物陰から顔を覗かせていた。
「何してんねん」
 銀島くんが言うと、角名くんはスマホの画面を見せてきた。そこには私と銀島くんの二人が写っている。ちょうどお金を渡しているときの写真のようだ。なにこれ、怖……。
「カツアゲ現場。でも絵的に地味だった」
 確かに角名くんの言う通り、知っていなければお金を渡しているのかもわからないような写真だ。問題はそこではないような気もするが。
「女子の盗撮はあかんやろ」
 銀島くんもちょっとズレていた。
 しかしなんでこんなに急に遠慮がなくなったのか、全く心当たりがない。とりあえず写真は消してもらって、銀島くんにはもう一度お礼を言っておいた。

 練習再開から二時間くらい経ったところで私は先に上がらせてもらうことにした。「おつかれ~」とそれぞれから声を掛けられて、ちょっとは馴染んできたかなあなんて思ったり。
 無事スマホに機種変した私は、家に帰って今まで使っていたガラケーを机の引き出しにしまった。今までの私とこれからの私で区切りをつけたかったのだ。もし記憶が戻ったら今の私は消えてしまうんじゃないかと思ったけれど、今朝の夢は過去の体験として受け入れることができている。あまり混乱もしていない。夢かもしれないと思う部分は正直まだ少しある。もしかしたらここは天国か地獄の類なんじゃないかと考えたこともあった。だけど夢にせよ天国にせよ地獄にせよ、楽しんでやったもん勝ちだと思うのだ。