転生したら角名倫太郎に振られた後の世界だった05
日曜の部活はミーティングから始まった。議題はゴールデンウィークについて。インハイ予選が近いということもあって練習試合が組まれているそうだ。そして意外なことに、丸一日の休みもあるらしい。時には休息も必要。メリハリがきっちりしているのは、いかにも強豪らしかった。
「マネージャー、ちょっとええか」
ミーティングが終わり、北さんに声を掛けられる。内容は予選までにスコアシートの書き方を覚えてほしいということだった。
「今日も試合形式の練習やるからそんとき書き方は教える。間違ってもええから来週の練習試合で実践してみ」
「わかりました。で、えっと……実はちょっとだけ予習をしてたんですけどわからない部分があって、今までは誰が記入してたんですか?」
「どこがわからんの。持って来てるなら見してみ」
「え、北さんにですか……?」
そんなキャプテンの時間を奪うようなことをして大丈夫なのだろうか。選手を支えるためにマネージャをやっているはずなのに、これでは本末転倒のような……。
「知らんと思うけど、俺も去年までは書いてたんやで」
「エッ! そうなんですね」
「ユニフォーム貰ったのも三年になってからやねん。まあそれでも控えやし、そんな委縮せんでええよ」
強豪おそるべし。でも驚きすぎるのも失礼だったかも。私は急いで自分のバッグからノートとスマホを持ってきた。
「今年のうちの春高の動画見ながら練習してたんですけど、この大耳さんがサーブのときの……」
ちなみに動画は昨日のうちに黒須監督にお願いしておいたものだ。夕方になって突然の連絡をしてしまったのだが、すぐに対応してくれて本当に助かった。
「ああ、これか」
北さんは私のノートにペンを入れた。
「パッシングっちゅう反則や。簡単に言うとセンターライン踏み越えたらあかんってルール。審判がセンターライン人差し指で差しとるやろ」
「あ、ルールブックで見た気がします……。すみません勉強不足でした」
「いやパッシングは結構複雑やで。けどプレー見てわからんでも、審判のジェスチャー覚えとったらわかることもある」
「とても参考になります……」
北さんは教えるのもめちゃくちゃ上手だった。というかこの人に欠点はあるのか。言いふらしたりしないからこっそり教えてほしい。
「またわからんことあったら遠慮せんと聞き。一人で悩んでも効率悪いで」
「ありがとうございます」
「……熱心なんはええけど、中間大丈夫なんやろうな」
「……えーと、」
中間とは、もちろん中間テストのことである。勉強は昔の記憶を掘り起こしながら頑張っているが、少し問題もあった。それは、選択科目が違うこと。生物の記憶ならおぼろげにあるのに、私が持っていたのは物理の教科書だったのだ。
「赤点あったら補習優先やからな」
「ハイ」
「大変なんはわかっとるから、部活すんの無理や思たらちゃんと言うんやで」
「……ハイ」
本気の心配というやつだ。こんなに周りから心配されるのって、大人になってからはなかった気がする。優しさを噛みしめながら、私は北さんに頭を下げた。
スコアシートの記入は思った通り難しく、一時停止もできない実戦では半分も記入するのがやっとだった。まあ最初やし、と北さんからは励まされた。それに本当の試合ではもう少しプレーごとに合間があるから今日よりは余裕をもって書けるということだった。確かに今日は動画よりも試合進行が早かった気がする。タイムアウトなんてのもなかったし。
「スマホ買ったんだ」
お昼を食べ終わって試合の動画を見ていたところに角名くんがやってくる。彼は背中を丸めて画面をのぞき込んできた。「うわ勉強中かよ」って、そんな嫌そうな顔しなくても。
「角名くんこのとき一年生でしょ? 試合出てるのすごいね」
「フル出場じゃないし、侑とかもっと出てたし」
「でもすごいよ」
「……アプリもう入れた?」
照れたのだろうか。強引に話を変えた角名くんをちょっぴりかわいいなと思いつつ、私は首を振る。
「まだ全然」
「LINEも?」
「入れてないよ」
「入れ方わかんないとか?」
「や、多分わかるけど……動画見たり調べものするのに買っただけだから、別にいいかなって」
「フーン」
スッと目を細めた角名くんは何か言いたそうな顔をしていた。そして無言で自分のスマホを出したかと思えば、やたらと慣れた手つきで操作をしている。
「LINEで一応バレー部のグループあるけど」
「……それ私は入らないほうがいいやつじゃない?」
「そうかも」
おいおい一体何の話をしてるんだよ。まあそんな男子高校生の会話に加わろうとも思わないから、丁重にお断りをしておいた。
「連絡網として必要なら新しいグループ作って。そしたら入るから」
「スマホ買ったばっかでそんな冷めてんの初めて見た」
「え……あ、」
そう、まさに「ギクッ」という反応だった。普通の高校生ならスマホ買ったらもっとはしゃぐよね!? いろんな方面で怪しまれないように気をつけていたつもりだけど、やっぱりどうしても無理が出てくる。私にとってはたった三日ぶりのスマホで、特にそんな感動するようなものでもなかったのだ。
「やっぱ入れようかな。あったほうが便利だよね~……」
これはこれで怪しい気もするな。さっきから角名くんにじーっと見られているからとてもやりづらい。今ダウンロードしてるところだと言えば、角名くんは体育座りの膝の上に頭をのっけて私を見上げてきた。
「へ~。てっきり俺には連絡先教えたくないのかと思った」
「え……え、いや全然……むしろ教えてくれるの? 嬉し~……」
なんだそっちか、と安堵する。そういえば連絡先を教えたくないときの常套手段として「携帯壊れてる」や「LINEやってないんです」があったことを思い出した。勝手に私は記憶のことを疑われているんじゃないかと焦っていたけど、普通ならそんな考えに至らないと気づく余裕さえなくなっていた。しかしこんな感じだと、いつか自爆しそうでもある。怖すぎ。
「すげえ棒読み」
「あ……あ~、終わった。これどうやって友達登録するの?」
もちろん本当に知らないわけじゃない。我ながら見事なすっとぼけであった。
「貸して」
角名くんは私に教えながら友達登録をしてくれた。ごめん本当は知ってるのに……。ちゃんと登録までしてくれるのめちゃくちゃいい子だね。
ピコン、と通知が鳴る。返却されたスマホの画面には、角名くんから送られてきたキツネのスタンプが表示されていた。似てるって自覚あったんだ。
結局グループの話は保留となり(まだガラケーの人も多いから急ぎ立って作らなくてもということだった)私の友達一覧は角名くん一人のまま一日を終えた。月曜になったらクラスの子たちにも教えてもらおう。
その日も私は夢を見た。今度は小学生くらいの記憶だった。不思議なことに、これが私の人生だったかのように思えてくる。このまま順調に思い出して、できればテストに間に合ってくれないかな~なんて考えてみたり。
思い出さないほうが幸せなこともある。このときの私はそんなことにすら気づいていなかった。