4話
ルウは肩の怪我が治るまでオズの城に住ませてもらうことになった。怪我なんて魔法ですぐ治りそうなものだが、フィガロにこれ以上の治療を求めるわけにもいかない。すべてフィガロの手の上のような気もする。だが、怪我をしたのは自業自得なので仕方がない。
それにしてもオズが滞在の許可をあっさりと出してくれたことには驚いた。優しいのかそうでないのかよくわからない。ただ、一日のうちにオズと顔を合わせることはほとんどなかった。食料はここにあるとか、シャワーはここだとか、初めに淡々と説明され、それきりなのだ。オズは部屋に鍵を掛けて閉じこもっている。やっぱり迷惑だったのかもしれない。呼びかけたら出てきてくれるかもしれないけど、特に用があるわけでもないのにできるわけがなかった。
オズの城に泊まることになって三日目の朝、部屋のドアがノックされた。ルウはベッドから飛び降りて急いで扉を開ける。オズかと思ったら、そこには小さな子供が二人立っていた。背格好どころか顔もそっくりだ。双子がどうとかオズが言っていたのを思い出す。……だが、どう見ても子供。本当にオズとフィガロの師匠なのだろうか。
二人はスノウとホワイトと名乗った。まじまじと観察されているのがわかる。
「そなた、名は何と申す?」
「……ルウ」
「ルウちゃん、かわいいのう。オズちゃんが拾ってきたってほんと?」
「あのオズちゃんがねえ。やっぱりアーサーがいなくなって寂しかったんじゃな」
きゃっきゃっと二人はルウの周りをくるくる回った。さっそくスノウかホワイトかわからなくなってしまった。
「……オズは私が土地を呪ったら困るって。それに今いるのはフィガロが連れてきたからで」
一応の説明はしたが、二人は聞く耳持たずといった感じだ。「オズちゃんをよろしく」と言い残して、消えてしまった。まるで嵐みたいだ。
迷ったすえ、ルウはオズの部屋に行くことにした。コンコンとノックをして、呼びかけてみる。するとひとりでにドアが開いた。
「どうした」
「……相談っていうか、話したいことがあるんだけど」
「わかった」
オズはゆったりと立ち上がり、部屋を出た。どこに行くのかと思えば、すぐ近くの暖炉の部屋の扉を開ける。ルウはオズに続いてその部屋に入った。
「話したいこととは」
「怪我が治ってからのこと」
「考えはあるのか」
「……ひとりで自由に生きていきたかったけど、それじゃすぐ死んじゃうなって実感したの」
オズは相槌もうたなかった。静かにただルウをじっと見据えている。
「だからまずは仕事を探してみようと思ってる。それで、どこの国がいいかオズは知らない?」
「南の国は向かない。自給自足が主だとフィガロが言っていた。東の国は閉鎖的でよそ者に厳しいと聞いた」
「そうなんだ……」
「人間の事情には詳しくない。後はフィガロにでも聞くといいだろう」
話は終わったとばかりにオズが立ち上がる。思わずルウは「待って」と声を掛けてしまった。どうしてそんなことをしたのか自分でもわからない。オズが振り向く一瞬の間に考えた話題をダメもとで言ってみる。
「次から食事を一緒にしてもいい?」
「なぜ」
「……理由は、」
オズに言える理由は思いつかなかった。ただ一日も顔を合わせず過ごして、迷惑なんじゃないかと不安になったのだ。オズが「いい」と言ってくれたら不安も消えるはずだった。
「……避けられてるのかなと思って」
「避けてはいない。こうして話もしている。ただ、干渉は好まない」
「そう……。ごめんなさい、それなら食事の話はいいわ」
オズは小さく頷き、今度こそ行ってしまった。干渉は好まないってなんだそれ。オズが寂しがってるなんて嘘じゃないか。行き場のない感情を持てあましながら、ルウはのろのろとキッチンへむかう。
ルウがひとりで食事をしていると、ちょうどタイミングを見計らったかのようにフィガロが現れた。フィガロは勝手を知ったような手つきでナッツを取り、口の中にひょいと放り込んだ。
「傷の具合はどう?」
「動かしたり押したりすると痛い」
「いや、うん……あんまり触らないようにね。食事終わったら診せてもらうから」
フィガロはため息をつきながらルウの隣の椅子を引いた。
ちょうどいいのでフィガロにも今後のことを話してみた。仕事についてはオズが言っていたように、中央か西で探した方がいいみたいだ。
「まあ西はいろいろ刺激が強いだろうし、中央にしておいたら? 場所にもよるけど治安はいいよ」
「そうしてみる……」
フィガロはきょとんとした顔でルウを見た。何かと思えば「今日は素直だね」と。腹の立つ物言いだが、自覚はあるので言い返すことはできない。
「だって一回失敗してるもの。あなたが助けてくれなきゃ死んでた」
「あはは、今度はちゃんと人を頼るんだよ。まあ、オズを頼っても俺はいいと思うけどね」
はっきりとは言わないが、フィガロはここに住んだらどうかと言いたいようだ。
「……干渉されるのは嫌いって」
「そう言ってたの?」
「んー……言わせた?」
ふうん、とフィガロは気のない返事をして昼間だというのにグラスに酒を注ぎ始めた。しかし「あ」と思い出したように手を止める。
「……俺、診察に来たんだった」
食事を終えたルウはフィガロに背を向け、服をずらして肩の診察をしてもらった。あと一週間ほど安静にしておいたほうがいいそうだ。この城で一週間と思うと気が遠い。ほとんどすることもない上に、家主は部屋に引きこもっているのだ。勝手に住み着いているような居心地の悪さがある。もっともオズはそんなこと気にもしていなさそうなのだが。
フィガロの診察はすぐに終わった。今度こそとフィガロは酒を煽っている。食事をしなくても魔法で体をコントロールできるそうだが、酒に酔うのは別格らしい。オズも酔ったりするのだろうか。考えたところで一緒に酒を飲む機会なんてないなとルウは首を振った。
フィガロと別れたルウは自室に戻り、椅子の上であぐらを掻いた。襟もとをめくったり、ズボンの裾の裏をチェックしたり。
そろそろ、というか少し前から気になっていたのだ。さすがに洗わないと汚い。着替えがあるならそれが一番だが、ここに女物の服があるとは考えられないし、オズに服を貸してほしいと頼むのもなんとなく嫌だ。迷った末にルウはシャワーで服も一緒に洗うことにした。洗った服は暖炉の前に干しておけば半日で乾くだろう。その間はタオルで過ごさなければならないが、幸いなことに城の中は暖かいし、オズも部屋に引きこもってばかりだから顔を合わせることもない。しかし、こういうときのアテはよく外れる。
タオルを頭から、そして胸からの二重に巻いて、ぐっしょりと濡れた服を抱える。バスルームから出て、暖炉のある部屋へぱたぱたと走る。さすがに少し寒いが、暖炉の前を陣取ってしまえば大丈夫だろう。部屋にオズがいないことは、シャワーを浴びる前に確認済みだ。
「……わっ」
部屋まであと少しというところ、一番会いたくなかった人物――オズに出くわしてしまう。オズはかすかに眉を動かしたように見えた。
「何をしている」
「……服を洗いたくて」
オズの目線が濡れた服に移る。
「≪ヴォクスノク≫」
「えっ」
服が宙に浮いた。そしてくるりと一回転してルウの腕に戻ってくる。水気がなくなっていて、少しあたたかい。
「体を冷やすな。風邪を引く」
「うん……ありがとう」
ルウが部屋に戻ろうとすると、その途中のドアが一つ開いた。暖炉の前で着替えていいということだろうか。ちらりとオズを振り返ったが、彼は何も言ってくれない。
勘違いかもしれないけど、オズは案外優しいからと自分に言い聞かせる。ルウはオズが開けてくれた扉の中に入り、着替えをした。服はふんわりとしていて、なぜかいい香りまでする。ルウは急いで部屋を出たが、オズはもうそこにはいなかった。
ルウは部屋に戻ったが、頭の中ではオズのことばかり考えていた。部屋までお礼を言いに行ったらおかしいだろうか。嫌がられたら落ち込んでしまいそう。……でも、行きたい。
あと一週間かあ。気付いたらそんな風に考えていた。