8.5話
オズの城に着いたフィガロは、真っ先にその主のところへ向かった。どうせまた飽きもせずに暖炉の火を眺めているに違いない。フィガロの予想通り、オズはすぐに見つかった。まるで置物のように、微動だにしない。
「あの子、宿で働くことになったよ」
「そうか」
おや、とフィガロは目を丸めた。てっきり「私には関係ない」と切り捨てられるかと思っていたのだ。あの少女にはできるだけ傷つかないような言い回しを選んだつもりだったが、思っていた以上にそれが真実に近かったのかもしれない。しかしオズのことだから、それでもわかりづらい。あの少女が自信をなくしてしまうわけだ。
「宿だから空き部屋に安く泊まらせてもらえるみたいだし、ちゃんと食事も取れそうで安心したよ」
「そうか」
「それで、何してると思う?」
「……さあ」
「薪割りだって。こっちじゃ散々やってただろうし、ある程度は得意なんだろうけどさ」
頑張りますとお辞儀をして店主についていった彼女のちいさな背中を思い出す。あんな殊勝な振る舞いもできるのかと感心した。不安が隠しきれていなかった。オズがあの姿を見たら、何を感じるのか興味があった。
「ここで暮らしてもいいよって言ってあげたらよかったのに」
「私に……他人に頼りきりで生きていくことを良しとする娘ではない」
「へえ?」
フィガロは迷っていた。「一緒に住むのは嫌じゃないんだ」と言ってしまえば、オズは否定するだろう。オズがそういったことを言わないのが意外だったのだ。嫌だとか面倒だとか、それより前にあの少女の生きかたを尊重するような言葉が出てきた。これがどれほどのことか、あの双子先生ならわかってくれることだろう。
「オズと別れたあと、さみしそうにしてたよ」
「それがどうした」
これは失敗、いつものオズだ。やはりオズのことはよくわからない。やれやれと肩をすくめながら、フィガロは南の国に帰ろうとした。そのときふと、窓の外が目に入る。
「……あれ、なんか雪強くなってない?」
「何が言いたい」
「いや、べつに」
フィガロはそそくさと退散した。これは思っていたよりも厄介なことになったかもしれない。
しかしフィガロの予想に反して、この日を境に吹雪の勢いは弱まった。人が生きていくのに厳しい程度の吹雪が続いていることに変わりはない。だが、確実に前進している。
いくら考えてもわからない。あの少女と別れて清々したというわけでもなさそうだ。オズは相変わらず城の中で時間を持て余しているように見えるし、特に変化も見られない。本人に聞いたところで理解していなさそうな上に、下手をしたら機嫌を損ねてしまいそうだ。
そうして二年ほどかけて、吹雪は止んだ。あれからまさか二年もかかるとは思わなかったが、二年で済んだとも考えられる。二年の間にいくつもの村が埋もれ、人が死んだ。あの少女が憎んでいた村がどうなったかは確認していない。村ごと移動でもしていない限り、助からないであろう場所だ。生贄としてオズに捧げられなければ、彼女も雪の下だったのかもしれない。
フィガロは中央の国を訪れることも多かった。気が向いたらあの少女のいる宿にも寄っている。「オズは相変わらずだよ」と言うと彼女は困ったように笑う。二年の間に彼女は少し日に焼けて、それから大人びていた。
オズが賢者の魔法使いに選ばれたのは、吹雪が止んでさらに半年が経ったころだった。北の国で生まれ育ったオズなのに、なぜか中央の国の魔法使いとして召喚された。真っ先に思いつくのはアーサーの存在だったが、次に浮かぶのはオズに恋した少女のことだった。
「ねえ、中央の国に行ったんでしょ。アーサーには会った?」
「会ってない」
「あの子が働いてる宿、教えようか?」
「必要ない」
煩わしそうな顔をしてオズは言う。オズは<大いなる厄災>との戦いの数日以外を以前と変わらず北の国の城で過ごしている。オズが賢者の魔法使いに選ばれたと聞いたときは何かが起こりそうな気がしたものだが、現実はこんなものかと拍子抜けだった。
「……あ、今年もそんな時期か。賢者の魔法使いってのも大変だね」
テーブルにひじをつきながら酒の入ったグラスを回す。隠れ蓑のように使っているオズの城で、そろそろ<大いなる厄災>が近づく時期だと思い出した。ため息をつき立ち上がるオズを眺めながら、フィガロはグラスを傾けた。
「もう行くの? スノウ様とホワイト様にもよろしくね」
「ああ」
気をつけてね、なんて言葉はオズには必要ない。オズがいるのだから、他の賢者の魔法使いは気楽だろう。何といっても世界最強だ。そんなことを考えながらオズの背中を見送って数日後、世界各地で異変が起きた。