11話
再会を喜ぶ姉の姿に少しだけ期待してしまった。もしかして彼女はまだ何も知らないんじゃないかと。知られたら嫌われてしまう。けれど彼女にずっと隠し事したままでいるのも辛い。全部知ってほしい。矛盾した感情がクオードの中でうごめく。
しかしそんなクオードの葛藤も砕け散ってしまう。メレアーデは知っていたのだ。
メレアーデにウルベアでのことを尋ねられる。確認するように「本当なの?」と。信じようとしてくれたことが嬉しかった。しかしクオードの答えに、メレアーデの表情がだんだんと険しくなる。
誤魔化すつもりも言い訳するつもりもない。この国に戻るためには仕方のないことだった。当然ながらメレアーデはクオードの言い分を良しとしない。
「いったいどれだけの人命が失われたと思っているの? 異国の民になら何をしたって平気だと言うの?」
「どれだけ犠牲を払おうと、俺はあの時代で果てるわけにはいかなかった」
エテーネを滅びの未来から救う。クオードの言葉に目を丸くするメレアーデ。大エテーネ島沈没の歴史を伝えると、彼女の目に不安が宿るのが分かった。しかし疑問が残る。二人は国を救うために帰って来たのだとばかり思っていた。そうでないなら、何か他に目的があるのだろうか。
「マデ神殿に行きたいの」
これまで黙っていたレネが口を開いた。なぜか胸のあたりがぞわりとする。話してくれるのかという安堵。抑揚のない声は相変わらずだというのに、責められているようにも感じてしまう。クオードはこれらの感情をひた隠しにしてレネに接した。
「マデ神殿は王家の祖先によって封印された禁足地だ。詳しく調べるなら古文書をあたるしかない」
古文書、とレネが呟いた。
「神殿については俺が調べておく。その代わり、水没の阻止に協力してほしい」
メレアーデとレネが顔を見合わせる。
「信じてほしい。俺の手は血で汚れているが、エテーネの救済につながるなら約束を違えたりしない」
「……どうしてウルベアやガテリアの人たちにも同じ思いやりをかけてあげることができなかったの」
ため息をつくメレアーデ。突然、彼女の前に緑色の小さな生物が現れる。ふよふよと宙に浮くそれをレネが「キュルル」と呼んだ。キュルルはメレアーデに「クオードと協力するのが最も効率的」と言う。メレアーデは考えるように目を伏せ、しかしすぐにクオードに向き直った。
「……申し出を受けましょう。エテーネを救うのは私の務めでもあります」
ただし、とメレアーデの強い瞳がクオードを射抜く。
「やるからには絶対に成功させるわよ! この国に生きるすべての人の未来を守りぬいた、そのとき――」
全身がこわばるのを感じた。クオードはただ静かにメレアーデの言葉の続きを待つ。
「私はあなたを赦します」
メレアーデのすべてがクオードの記憶の通りだった。見た目もそうながら、芯の強さ、厳しさの中にも見える温かさ、何一つ変わっていない。赦すという言葉に泣きたくなった。そのいっぽうで、ウルベアでの行いを咎められたことに安心した事実もある。自分の弱さに嫌気がした。
メレアーデとレネにはディアンジを手伝うよう頼んだ。地脈の結晶の錬金に苦戦しているそうなのだ。
「それじゃあ私は先にディアンジさんのところに行ってるわね、レネ」
「え……」
そそくさと出て行ってしまうメレアーデに困惑する様子のレネ。もしかしたらメレアーデは何もかもお見通しなのかもしれない。クオードとレネの間に気まずい沈黙が流れる。先にそれを破ったのはクオードだった。
「……また会えてよかった」
レネが目を丸くする。彼女は絶句して固まっていたが、ややあって控えめに頷いた。
「あれだけのことをしておいて国王を名乗っているなんて恥知らずだと思っただろう」
「……そんなこと思ってない」
「お前にも酷いことをしたのに、それでも俺はお前の優しさに甘えようとしている」
レネが目の前に現れたとき、クオードは希望のようなものを感じていた。レネがいれば計画はきっと上手くいく。クオードにとって彼女は道しるべのようなものだった。だから彼女とウルベアで再会したとき、自分の中の悪鬼が明るみに晒されてしまうのだろうとどこかで予感した。最後まで抵抗しようとしたが、結局レネの前では無駄だった。彼女は真っ直ぐで、眩しい。今だってクオードの目は眩んでしまいそうなのだ。
「いいよ、甘えて」
レネが微笑む。綺麗に、けれど少しの寂しさを感じさせた。
「でも優しさっていうのは違うかな」
「何言ってるんだ。お前ほどのお人好し、他に見たことないぞ」
「鈍感」
「……は?」
レネは行ってしまった。軍団長室の扉が静かに閉まる。クオードはすぐ後ろの机に手をついた。
あんなことを言われたら期待してしまう。拗ねたように目を逸らした彼女の頬がうっすらと赤く見えた。もしかしたらそう思いたかっただけなのかもしれない。クオードの頭に何度も彼女の声が繰り返される。
――鈍感。
クオードは頭を振って欲をかき消そうとした。まずは古文書だ、と。
簡単に古文書とは言ったが、保管していた王宮は既に消失してしまっている。研究の記録やレプリカをあたるしかない。骨の折れる作業になりそうだった。
クオードがまず最初に訪ねたのは考古学者だ。もしマデ神殿へ入る方法を知っているならそれが一番早いと考えたからだ。しかし、そう上手くはいかなかった。ただ軍司令部に文献が保管されているという情報を得られたので、完全な無駄足でもない。クオードはすぐに軍司令部に戻り、記録を紐解いた。
マデ神殿に関する記述はごく僅かだった。かろうじて時見のカギがあれば中に入ることができると分かったのは幸いだ。しかし、いくら文献をめくってもそれ以上の情報がない。中がどうなっているのかさえ分からないのに、あの二人を行かせてしまっていいのだろうか。もしものことがあれば後悔してもしきれない。それならば、とクオードは決意を固める。
軍団長室に顔を出したレネはちょうど地脈エネルギーを集めてきたところのようだった。彼女なら絶対にやり遂げるとは思っていたが、想像より早い報告に言葉も出ない。クオードはレネに次の作戦を伝える。地脈エネルギー唯一の湧点となった黒曜の隕石孔に向かい、地震の元凶を倒してほしいというものだ。レネは表情も変えず静かに頷いた。
「俺も同行する」
「え……」
「マデ神殿のことについては大体調べがついた。と言っても、入る方法だけで中のことは全く分からなかったが」
「それでもクオードはここにいたほうがいいと思う。王宮がなくなって街の人たちは不安だろうし」
「……分かった。だが神殿には同行させてもらう。何せ時見のカギがないと入れないようだからな」
「うん。じゃあ戻ってきたら一緒に」
「気を付けて」
ふふ、とレネが笑う。
「知ってるでしょ、私は強いよ」
「ああ。だが心配ぐらいさせてくれ」
「……うん」
彼女は頬を赤くした。勘違いじゃないと思いたい。クオードは無意識のうちに手を伸ばしていた。けれど自分の手のひらがふと視界に入り、それがどうしようもなく汚れて見えて指を折りたたんでしまう。サッと背中に拳を隠して息を深く吸い込んだ。自身が何を選んだか忘れたわけじゃない。忘れたわけじゃないけれど。痛いぐらいに手を握りしめてレネの背中を見送る。これでいいのだと自分に言い聞かせながら。