12話
地震がぴたりと止む。レネたちが成し遂げてくれたのだろうか。ただ報告を待つだけというのも辛い。クオードは意味もなく軍団長室内を歩き回った。すると慌ただしくドアが開く。入ってきたのはザグルフだった。
「どうした?」
「あああの、黒曜の隕石孔にあった気配が消えて……」
「そうか! もうすぐ姉さんたちも帰ってくるだろう。報告感謝する」
ザグルフが一礼する。それから間もなくしてレネは戻ってきた。彼女らの晴れやかな顔に計画の成功を確信する。
「みんな、よくやってくれた」
それぞれに感謝を伝えると、ディアンジとザグルフが涙ぐむ。メレアーデも笑顔を浮かべていた。
「さて、次はマデ神殿だな。ディアンジとザグルフは下がってくれ。後でまた連絡する」
「はいっ」
クオードとメレアーデとレネの三人。神殿までの道中は静かなものだった。時折り魔物に襲われるが、あっという間にレネが倒してしまう。ただ、彼女がぼーっとしているのは相変わらずのようで。
「おい、それに触ると毒が移る!」
「わ、」
レネの手をとっさに掴む。彼女は色鮮やかな花に手を伸ばしていた。ただの花ならいいが、ガクから溢れる液体には毒性がある。この近辺に暮らしているものなら誰でも知っていることだ。
「……前から思っていたんだが、お前はこの時代の人間じゃないのか?」
レネは周辺の地理どころかキィンベルの街にも詳しくないようだった。最初はそれを不審に思っていたが、彼女が時渡りの使い手だと知った今、彼女が別の時代からやってきたのだと考える方が自然だった。エテーネの血を引いているのは確かなようだが、来ている服も、戦い方も、クオードの知っているそれとは違う。
「えーと、未来から。ね、メレアーデ」
「……姉さんは知っているのか?」
「ええ。少し前まではその時代に私もいたのよ」
「え……姉さんが?」
「私も王宮から別の時代に時を渡っていたの。それでレネに助けてもらって、未来のエテーネで過ごしていたわ」
「な……」
クオードは言葉を詰まらせた。聞きたいことはいくつもある。飛ばされた先で何もなかったのか。未来でエテーネは滅んでいないのか。何か言おうとして、けれど言葉が出てこない。
「ごめんね、クオード」
レネは今にも泣きそうな顔をしていた。
「どうしてお前が謝るんだ。お前がそんな顔をする理由なんてどこにもない」
「……うん」
「それより、未来にもエテーネは存在するのか?」
「私が育ったのは小さな村だったけど、エテーネって名前だったよ。一度は滅ぼされちゃったけど、また新しく村を復興してるところ」
「そうか……そうなのか」
「見て」
レネが道具袋から何か金属のようなものを取り出した。彼女の手のひらに乗せられたそれには、クオードのベルトと同じ紋章が刻まれている。同じく刻まれたいくつものキズが彼女の旅の過酷さを表していた。
「お守り代わりに持ってる。いつでも故郷のことを思い出せるように」
レネの指が気遣わしげに紋章をなぞる。その光景を美しいと思った。
神殿の入口は岩のような物質で覆われていた。手で押してもびくともしない。だがクオードが時見のカギを当てると、扉を覆っていた物質が溶けるように消えていく。
「中がどうなっているかは分からない。慎重に進むとしよう」
「ふふ、そうだね」
レネが緊張感なく笑う。クオードは眉を寄せた。
「なんで笑うんだ」
「だって、前は“俺の足を引っ張るな”だったから」
確かにそんなことを言った記憶もある。レネと転送の門を使おうとした、まだ彼女のことを信用していなかったときの話だ。
「……姉さんの前でやめてくれよ」
「クオード、顔が真っ赤」
「あら、本当だわ」
クオードは逃げるように神殿に足を踏み入れた。この二人に口で勝てる気が全くしない。
澄んだ海の中にそびえ立つ神殿。ところどころ壁が崩れているが、それすらも神秘的だと感じる。忘れ去られたこの場所に人が訪れるのは何年ぶりなのだろう。
レネたちは時見の箱を倒す手がかりを探しているのだそうだ。キュロノスと名乗るそれは世界を滅亡させようとしているらしい。彼女が背負うものの大きさに眩暈がしそうになる。
神殿の奥へ進んでいると突然「引き返せ」という声が響いてきた。
「何者だ!」
クオードが問うが声の主は答えない。代わりに「時見を請う愚か者」と称される。誤解だとメレアーデが声を上げた。
「時見を求めて来たんじゃないわ。私たちは時見の箱を破壊する手がかりがここにあると聞いて来たのよ」
「面白い、話を聞いてやろう」
クオードが前方の扉に触れようとすると、自ずから扉が開く。中は小さな泉のようになっていて、周りを花が囲んでいる。その中央に何かがいた。フードを被る頭が俯いていて顔は見えない。
「先ほどの声の主は貴様か」
フード頭がゆっくりと顔をあげる。げっそりとやせ細った顔だったが、どこかキュルルに似ていた。
「やれやれ、建国の祖の一角たる偉人を前に無礼極まりない奴だキュレ~」
彼はキュレクスと名乗った。その名はクオードも聞き覚えがある。エテーネ初代国王レトリウスの友人、つまり七百年ほど前の歴史上の人物だ。にわかには信じられない。だがキュレクスと名乗る生命体は、次々とクオードやメレアーデが経験したことをさも見ていたかのように語る。メレアーデはキュレクスの言うことを信じたようだった。
キュレクスはなおも続ける。時渡りはキュレクスがレトリウスに分け与えたチカラであり、その子孫に受け継がれているものだと。
「しかし、私は人間を見誤ったキュレ。レトリウスがいかに高潔な人物であっても、その子孫まで同様であるとは限らない……」
キュレクスはレトリウスの子孫によってたばかられ、マデ神殿に封印されたのだと言った。その際に時見の源泉を奪われ、未来を見ることも叶わなくなったと。時見の源泉を使い、物言わぬ時見をするためだけの存在として作られたのが時見の箱なのだそうだ。しかしその時見の箱が今はキュロノスと名乗り、世界を滅ぼそうとしている。自分たちの祖先の愚かな行いにクオードは奥歯を噛みしめた。
まずはキュレクスに時見の源泉を返すということに決まった。時見の源泉はおそらく王家の温室にある球根のことだ。以前ウルベアにいたとき、レネがその子球である時の球根を持ってきたことは記憶に新しい。三人は急いで温室に向かった。だが……。
「……くそ、意外とデカいな」
両手を広げても収まり切れないほどの大きさ。持ち上げようとして、ぐらりと足がふらつく。クオードは体勢を変えて何とかして運べないものかと格闘する。すると、急に時見の源泉が軽くなった。
「手伝う」
反対側からレネが持ち上げてくれたようだ。どれだけチカラがあるんだとつい口に出してしまって、源泉の重みが増す。
「悪かった。冗談だ、手伝ってくれ」
再び持ち上げてくれたようだが、彼女は何も言わない。球根が大きすぎて見えないが、彼女が不満気に口を結んでいるところが想像できた。
神殿に戻りキュレクスに源泉を差し出す。彼は礼を言うと源泉を吸い込んだ。源泉は跡形もなくなり、キュレクスがぷくぷくと膨れ上がっていく。その姿はますますキュルルに似て、まるまるとしていた。
キュレクスは機嫌よく踊っている。
「キュレ~。七百年振りの時見を試してみるキュレ~」
キュレクスがカッと目を見開く。やがて静かにその目を閉じ「見えた」と呟いた。
「エテーネ王国は間もなく滅びる……」
「な、何を言っている!?」
水没の危機を回避したばかりだというのに。あの喜びは何だったかと、クオードが叫ぶ。
キュレクスによると時見に頼って運命を変えるたびに歪みが増大し、回避したはずの災厄はより大きな災厄となって襲い掛かってくるそうだ。キュレクスが見せる次なる災厄は、隕石だった。
「ふざけるな! 妖しげな術で幻覚を見せただけだろう!」
耐えられずクオードはキュレクスに背を向けた。メレアーデに呼び止められたような気がしたが、足を止めることはできなかった。怖かったのだ。心のどこかで本当のことなのだろうとは思った。けれどそれを認めたくなくて逃げたのだ。
独りで軍団長室に戻ったクオードは後悔した。メレアーデとレネはさぞ呆れたことだろう。一国を背負うはずの王がこんなにも弱い。かつて理想とした王の姿と今の自分を比べて、どうしてこんなことになってしまったのかと失望する。
「すまない、姉さん……レネ……」
クオードは独りごちた。