13話
何やら外が慌ただしい。様子を確認しようとクオードは外へ向かう。扉を開けて絶句、隕石がすぐそこまで迫っていたのだ。
何も考えられなくて、ただ立っていることしかできなかった。頬を叩かれて、ようやくメレアーデの存在に気付く。
「クオード、永久時環の封印を解いて! 隕石を止めるにはそれしかないの!」
「あれを止める……? そんなこと、できるわけない……」
「しっかりなさい! 皆が見ている!」
王ならば民の前で膝を屈してはいけない。メレアーデの言うことは正しかった。
メレアーデはは永久時環の前で待つと、行ってしまった。クオードの耳に届くのは助けを求める声ばかりだ。これらを守るためにクオードはここまで来た。自らの手を汚すことになっても止まらなかった。それなのにどうして諦めようとしてしまったのだろう。
「静まれ、道を開けよ!」
クオードの言葉に民衆が道を作る。クオードは言った。滅亡の危機を救うのは指針書でなく、建国王レトリウスの遺産であると。
「今日の危機を見越し遺産を使いこなす秘術を極めた我が姉、メレアーデがこの国に救いをもたらすであろう!」
クオードの言葉に民衆が沸き立つ。けれど実際、クオードは声が震えてしまわないかと必死だった。真っ直ぐ前を向いて永久時環のもとへ進む。待っていたメレアーデからの評価は「上出来」だった。
時見のカギをかざし、回す。すると永久時環が反応し光を放ち始めた。
「次はメレアーデの番だキュ。頭の中で命じるだけでいいキュ」
キュルルに言われメレアーデが永久時環の前に立つ。彼女が目を閉じ願うと、永久時環ごと彼女は宙に誘われた。少しの間を置いて、クオードとレネもそれに続く。
順調だとキュルルは言った。しかし――。
「新たなる時の異分子の発生を確認した」
声が聞こえ振り返ると、時見の箱、そのすぐ下に叔母のマローネがいた。マローネは様子がおかしかった。かつてウルベアで見た叔父のパドレと同じような、もしかしたら二人とも正気ではないのかもしれない。
マローネが手を振りかざすと街に異形獣が放たれた。人々が混乱に包まれる中、時見の箱は光の矢のようなもので次の狙いを定める。狙われているのはメレアーデだ。
クオードは死に物狂いで足を動かした。メレアーデに矢が届く前にそれを打ち払う。マローネの体がふらついた。気がかりではあったがその隙を見て時見の箱を目指した。
「祖先の過ちを今代の王がこの手で断ち切る!」
時見の箱にクオードが剣を突き立てる。
「滅びよ!」
チカラの限りを尽くして剣を深くまで押し進めた。耳を裂くような悲鳴はキュロノスのものだ。行ける。そう思ったが、時見の箱の周りに多くの光の矢が集まっていることに気付いた。
剣を抜くわけにはいかない。逃げたって間に合わない。クオードは悟った。少し安心したと言うのは誰にも言えない秘密だ。自分の命が犠牲になったとして、時見の箱が破壊されエテーネに平穏がもたらされるならそれでいい。多くを犠牲にした自分に相応しい結末だ。
クオードは身体を貫かれるまで剣を離すまいと決意した。しかし、いつまでたっても痛みは襲ってこない。代わりに感じたのはぬくもりだった。レネに抱きしめられている。彼女の小さな背中が光の矢をすべて受け止めていた。
「レネ、どうして!」
クオードを抱きしめるチカラが消える。ぐったりとしたレネを抱きクオードは嘆いた。だが無情にも時は待ってくれない。
キュロノスは時見の箱という器を捨て別の肉体へ移ろうとしていた。クオードはレネを地に寝かせ、再び時見の箱を目指した。完全に箱を破壊するためだ。しかし、マローネに妨害されてしまう。
「マローネ!」
マローネの名を呼ぶ懐かしき声。幼いころ剣の稽古をねだっては、父に内緒でこっそりと付き合ってくれた。「パドレ叔父さん」クオードがその名を呼ぶと、彼はにこりと笑った。
「わが妻を返してもらおう」
パドレはマローネを抱きかかえ、時見の箱から離れた。彼は何か呪符のようなものを使い、マローネの意識を飛ばした。
「行け、クオード!」
「……はい!」
クオードは時見の箱めがけて走った。隣にはキュルルがぴたりとくっついている。
「どうすればいい、キュレクスに何か教えてもらったんだろう?」
「任せてほしいキュ。クオードは何も考えずアイツを攻撃すればいいキュ」
「……分かった」
クオードが振りかぶる。逃れようとしていたキュロノスの動きが一瞬だけ止まった。
「クオード、今のうちキュ!」
パドレの加勢とキュルルの援護。クオードはすべてのチカラを持って剣を振った。このとき、自分のチカラだけではない何かが助けてくれたような気がした。「レネ」それはクオードの願望だったかもしれない。
時見の箱が粉々になって消えていく。同時に隕石もその姿を消していた。エテーネは救われたのだ。だが、クオードの心は晴れない。
クオードは人目も気にせずレネの元へ走った。膝をついて彼女を抱きしめ、だが誰もそれを咎めない。
「お前は馬鹿だ……どうして俺なんか」
いくら言っても彼女は答えない。クオードの声だけが広場に響く。
クオードはその場を動こうとしなかった。周りからの視線を気にする余裕もなく、ただレネから離れたくないと、それだけしか考えられなかった。
「……クオード」
遠慮がちな声はメレアーデのものだ。メレアーデは涙を堪えているように見える。
いつまでも民の前で醜態を晒すわけにはいかないのは分かっている。クオードはレネを軍団長室に運んだ。メレアーデにキュルル、パドレといった限られたものだけしかここにはいない。
「叔父さん、マローネ叔母さんは」
「意識はないが無事だ。じきに目覚める」
「そう……か、よかった」
「無理はしなくていい」
パドレの言葉が引き金となり、クオードの目から涙が溢れる。メレアーデも泣いていた。
「俺はエテーネさえ救えるなら他は、どうなってもいいと……そう思っていたはずなのに」
いざエテーネを救ったら、別のものを欲してしまう。まるで子供だ。
ソファに寝かせたレネは今にも動き出しそうだった。起き上がってクオードの名を呼び、微笑んでくれるような気さえした。しかしクオードが触れると、すっかり彼女は冷たくなってしまっていて。
彼女の頬についた汚れをクオードの指がすくう。馬鹿みたいな言い訳をして彼女に触れた遠い昔の記憶が蘇った。
「ねえ、クオード……」
「ごめん、姉さん。もう少しだけ……」
「違うわ。……その、光ってるのよ」
「……光ってる?」
メレアーデの言ったことは本当だった。光っているのはレネ……でなくクオード。正確にはクオードの持っていたエテーネルキューブが光を発していた。
「なんだ……? エテーネルキューブが反応している?」
クオードがキューブを掲げると、キューブがより反応を強くした。もしかしたらと、クオードは確信のようなものを得る。今なら時を渡ることができると、キューブを手に感じたのだ。
「……姉さん」
「いいわ。行きなさい」
クオードがすべてを言わずとも、メレアーデは頷いた。二人の涙はいつの間にか止まっていた。クオードがキューブに強く願う。
「娘を頼んだぞ」
時を渡る瞬間、パドレがとんでもないことを言った気がする。が、問いただす猶予はなかった。