2話
眉を寄せて腕を組む彼は、どこからどう見ても不機嫌そのものだった。
「なぜ俺が貴様なんかと……」
「……嫌なら来なくていい」
売り言葉に買い言葉だ。レネがクオードを睨むと、彼もまた顔をしかめる。
「行かないとは言ってない。姉さんが言うのなら、俺は従う」
クオードは赤い結晶を握りしめ、不服そうにため息をついた。
あのときテラスに現れたメレアーデ。彼女から託されたのが、今まさにクオードが持っている赤い結晶だった。彼女は「この記憶の赤結晶をクオードの元に届け二人で内容を確認するように」と言ったのだ。結晶に記憶されていたのは、クオードとレネの二人でエテーネ王宮を目指してほしいと言うメレアーデの姿。クオードもすべてを信じたわけではなさそうだったが、王宮に行くことは決定した。だが、王宮への道は現在閉ざされているらしい。
クオードに指示された通りにレネは転送の門へ向かった。クオードは先に到着していたようだが、何やら揉めているように見える。
「どうかしたの?」
「いや、問題ない。……いいかディアンジ、これ以上余計なクチを挟むな」
クオードは門の前に立ちふさがる男性、ディアンジを無視して進もうとした。しかしディアンジも譲れなかったらしく、その場を動こうとしない。彼はクオードを説得するのを諦めたのか、レネに「正気か」と詰め寄った。
「なんで二人は揉めてるの? この装置、何か問題あるの?」
「ええっ、転送の門の現状を知らないなんて、どんなおっとりさんですか!」
ディアンジは一通り驚いた後、転送の門の現状を説明してくれた。彼によると、この装置を使ったもの全員が行方不明となっているそうだ。クオードは部下に調査を命じたらしいが、何も進展はないらしい。クオードが焦りを見せるのも理解できる。だが、ディアンジの主張も分かるのだ。
「じゃあ、私が先に行く」
「はあ? 貴様一人が行ったところで何ができるって言うんだ?」
「そうですよう! 危険です!」
レネとしては二人の主張の間を取ったつもりだったが、評価は散々だった。「じゃあどうするの!」と叫びたかったが、きっとこの場にいる全員がそうしたいのだろうと思い、やめた。
意見が平行線のまま、いたずらに時が過ぎていく。痺れを切らしたのかクオードが門に向かって進み始め、レネもそれに続こうとした――そのときだった。ディアンジがはっとした表情でカバンから小さな琴のようなものを取り出す。
「わわ、ザグルフです! ザグルフからの連絡です!」
「ザグルフ? アイツには待機と命じたはずだが……?」
「ええと……それは……」
ディアンジは気まずそうに目を泳がせながらも、ザグルフが一人で転送の門を使ったことを説明した。ディアンジは危険だからと止めたそうだが、ザグルフは聞かなかったらしい。せめて連絡がつくようにと彼に持たせたのが、今ディアンジの手で光っている「伝声の琴」というアイテムなのだそうだ。
ディアンジが応答すると、ザグルフらしき男性の声が途切れ途切れに聞こえてくる。通信はすぐに切れてしまったが、今後の方針は決まった。ザグルフが「星華のライトがあれば」としきりに言っていたのを信じ、ライトを持って転移するということで三人は一応の納得をしたのだ。
「それで、星華のライトは?」
クオードの問いにディアンジは首を振る。
「壊れてしまっているので、新しく錬金しなければなりません」
「……そうか。では、すぐに取り掛かってくれ」
一度、軍団長室に戻る。クオードはそう言い残し、門の前にはレネとディアンジの二人が残された。
「ええと、レネさんでしたっけ。実は頼みたいことがあるのですが……」
「頼みたいこと?」
「はい。ライトの素材を取りに行きたいのですが、そこが凶悪な魔物の住処となっておりまして……」
同行してもらえないかとディアンジは頭を下げた。もちろんレネに断る理由はない。了承の意を伝えると、ディアンジの顔にパッと花が咲いた。
「ありがとうございます。重ねて申し訳ないのですが、少し準備がありまして。一時間後に北東の門に来ていただけますか?」
「わかりました。また後で」
ディアンジが走り去るのを見送り、さてどうしたものかとレネは腕を組んだ。武器屋、道具屋、と候補を頭の中で並べる。
――でも、その前に。
軍団長室のドアをノックして開けると、ちょうどクオードが書類と向き合っているところだった。彼はレネに気付くと、書類を机の上に伏せた。
「ん、どうしたんだ?」
「えーと、ディアンジさんとライトの素材を取りに行ってきます。王都を離れることになるから、一応」
「ああ、悪いな。頼んだぞ」
じゃあ、とレネが部屋を出ようとすると、後ろでガタンと音がした。振り向くとクオードが立ち上がっていて、椅子の音だったのだろうと納得する。
「待て。その……」
レネは身振りだけで「何?」と尋ねた。クオードは口を開きかけては閉じ、というのを何度も繰り返し、ついには頭を乱暴に掻きむしり俯いてしまった。苛立っているようにも見える。だが、その感情はどちらかというと彼自身に向けられたもののように感じた。
長い時間をかけて口を開いたクオードは、最後の抵抗なのかレネと目を合わせようとしない。
「初めて会った日のことなんだが……」
「……え」
驚いたのは、思いもよらぬ切り口だったからだ。「もしかして、謝ってくれるの?」……考えたが、そんなことを言ったら更にクオードとの亀裂が深くなってしまいそうなのでやめておく。早く続きを言ってくれと、レネはつま先に力を入れた。
「少し、やりすぎたと思っている。……話もロクに聞かず、悪かった」
「……うん」
レネはそれだけ言って、出発するというのを理由に軍団長室を出た。出発時刻までまだ余裕があるのはもちろん知っている。
閉まった扉を背に、もう少し気の利いたことを言えなかったのかと自分に呆れた。けれどあのとき、クオードのことを嫌なやつだと思ったのは事実。そして今も多少はその気持ちが残っている。……でも、謝ってくれた。それにクオードにしてみれば、ただ侵入者を捕まえただけのことなのだ。でも――と、レネの頭はぐちゃぐちゃだった。それで結局「うん」という音だけ置いて逃げ出し、後悔している。
「どうかされましたか?」
「あ、いえ……」
長らく扉にもたれかかっていたのを不審に思われたのだろう。レネは声を掛けてきた兵士から逃げるように王国軍司令部を後にした。