3話
レネとディアンジは無事にライトの素材を手に入れた。その後ディアンジの家に行き、レネは出されたコーヒーに口をつけながら、錬金が終わるのを待っている。順調に事が進んでいるというのにディアンジの表情は暗い。
「ライトが完成すれば、クオード様は転送の門を使ってしまうんですよね」
「心配なんですか?」
「そりゃあそうですよう! もしクオード様が帰ってこなかったらと思うと……」
ディアンジは言いかけて、首をぶんぶんと振った。
「だめですね、臣下の私がこんなことを言っては」
「……あの人のこと、慕ってるんですね」
「はい。たぶん、ザグルフも同じだと思います。クオード様は、行き場のない私たちに道を示してくれた方ですから」
聞いてもいいのだろうか。レネが遠慮がちに尋ねると、ディアンジはにこりと笑った。
「恥ずかしい話なんですが、私の錬金は失敗ばかりで。ついには前の職場をクビになってしまったんです」
ぽつりぽつりとディアンジは語った。
職場を追われ、行く当てもなく途方に暮れていたディアンジの前に現れたのが、他でもないクオードだった。クオードはディアンジの諦めの悪さを評価し、自分のもとで錬金を続けるようにと言ったのだそうだ。
「これは後で知ったことですが、クオード様は誰よりも努力を重ねられたお方だったのです」
エテーネ王族として生まれながらも、時渡のチカラが弱かったクオード。当時は父からの風当たりも強く、苦労していたらしい。だが、今では軍団長という地位まで上り詰めている。そんな彼を、心から尊敬しているのだとディアンジは言った。
「ですがクオード様は不器用で、何というか……誤解を受けやすい性格でいらっしゃるのです」
ディアンジがレネを見て、困ったように笑った。きっと彼は、レネがクオードをあまり良く思っていないのに気付いていたのだろう。
「どうか、クオード様のことをよろしくお願いします」
「……はい」
ディアンジが立ち上がり、錬金釜の中に手を伸ばす。……ライトが完成したようだ。
レネは先に転送の門へ向かった。ディアンジはクオードを呼んでから来るそうだ。
笑いたいのに笑えない。まるで親のようにアレコレとクオードに世話を焼くディアンジ。伝声の琴を持たせたところまではよかった。剣の手入れは、防寒具は、非常食は、と続くにつれ、クオードの眉間の皴が深くなっていく。
「くどい! ……もう行くぞ、レネ」
クオードが歩き始める。レネもそれに続こうとすると、ディアンジが今一度「クオード様のことをよろしくお願いします」と言ってきた。不思議なことに、ディアンジの家で言われたときよりも抵抗なく胸の内に言葉が入ってくる。
「おい、チンタラするな。引きずって行かれたいのか!」
「あ、待って!」
クオードの隣に並ぶ。一度ディアンジのほうを振り返って、二人は門の中に足を踏み入れた。
「……この先、何があるかわからない」
だから気を付けようとか、そういうことを言われるのかと思えば「俺の足を引っ張るな」だ。レネはムッとしたのを隠そうともせず、そのまま顔に出した。
「なんだ、何か言いたいことでもあるのか?」
「……あなたもね」
ふん、とクオードを睨みつけたそのとき、警報のようなものが鳴り響く。徐々に意識が薄れていくのを感じ、まずいと思った。クオードも同じ状態のようで、床に倒れてしまっている。目の前が真っ暗になって、それから目を覚ますまでの記憶は一切ない。
目を開くと見覚えのない天井が。そして次に視界に入ってきたのは、メレアーデだった。彼女はここをドミネウス邸だと言う。クオードとレネの二人が屋敷の外で倒れていたところを運び込まれたそうだ。
「クオード、あまりレネさんに迷惑を掛けてはだめよ。いくら親友だからって、倒れるまで剣の稽古に付き合わせるなんて……」
「は……親友!? 俺と、コイツが……?」
クオードはレネとメレアーデを見比べて「バカバカしい」と笑い声を上げた。
「そんなの、エテーネ王国が三回滅んだってありえない。姉さん、冗談にも程があるよ」
「酷いわクオード、レネさんをそんな風に言うなんて。ねえ?」
メレアーデに話を振られたが、何と言うこともできなかった。彼女が冗談を言っているようには見えないが、どう考えてもクオードの言っていることのほうが正しい。三回滅んでも……というのは言いすぎなんじゃないかと思ったが、話が大きく逸れてしまうので黙っておく。
それからメイド服を着たザグルフが現れ、さらなる混乱を招いた。夢でも見ているのではないかと疑うほど、この屋敷は異常だ。視界はモヤがかかったようにぼんやりしているし、メレアーデの様子もおかしい。ザグルフとは初対面だが、クオードの様子から察するに、彼もまた普段とは大きくかけ離れた振る舞いをしているのだろう。
「……屋敷の中の様子を確認してくる」
「え、ちょっと……」
レネの戸惑いを気に留めた様子もなく、クオードは部屋を出て行ってしまった。正直、こんな訳のわからないところに置いていかないでほしい。以前クオードに捕まえられたときはあんなに頼もしかったメレアーデなのに、今となっては不気味でしかないのだ。レネはメレアーデから逃げるようにクオードの後を追った。
クオードは屋敷の外にいた。ここにも転送の門が設置されているようだ。彼は何とか門を開こうとしていたようだが、門は何の反応も示さない。
「なんで一人で行っちゃうの!」
「……ああ、お前か。悪かった」
まるで思い出したかのようにクオードは言った。それより、と彼は屋敷の中で見たことを話し始める。
クオードによると、屋敷にいるものの多くが転送の門を使って行方不明となった人なのだそうだ。彼らはみな、自分を屋敷の使用人だと思って過ごしている。ザグルフがメイドになっていたのも、例によって門に入ったからなのだろう。
「とにかく、この異変を解明する他ない。ここから出る手段も見当たらないしな」
クオードが両手で門を叩きつける。もちろん、門は開かない。
「しかし、頼みのザグルフもあんな様子では……」
はっとクオードが目を見開く。「星華のライト」彼はそう呟き、体中をぱたぱたと叩いた。
「ない。俺の荷物がなくなっている」
そう言えば、とレネも自身の腰元を確認する。道具袋も装備袋もなくなってしまっていた。
二人は手分けしてライトを探すことにした。一人になるのは不安だったが、そうも言っていられない。なんだか頭がぼーっとして、気分が悪いのだ。このままでは、屋敷の使用人として働くことになるかもしれない。一秒でも早くライトを見つけて、現状を打破したかった。
クオードに続き、屋敷の中に戻ろうと足を動かす。すると突然、目の前に何者かの気配が。
「レネ、ボクだキュ」
とても心強い存在だった。レネの肩から力が抜けていく。キュルルはその反応がお気に召さなかったのか、じとりと目を伏せた。
「もしかしてボクのこと、忘れてたキュ?」
「……ちょっと」
「キュ~!」
キュルルは空中で手足をばたばたと動かした。しかし、その動きはすぐにピタリと止まる。
「……まあ、それはこの際いいキュ。さっさとここから脱出するキュ」
「え、でも……」
転送の門は動かない。という意味を込めてレネは後ろを振り返った。
「そんなの大した問題じゃないキュ。ボクたちにはエテーネルキューブがあるキュ!」
キュルルが銀箱――改めエテーネルキューブを取り出す。キュルルはエテーネルキューブに宿る、本人曰く時の妖精らしい。キュルルとキューブの力を借りて、レネは時空を超える旅を始めたのだ。てっきりキューブも取り上げられてしまったものだと思っていたが、無事だったようだ。
「これを使えばもとの世界にすぐ戻れるキュ! いつまでもこんな怪しい場所にいるのはおすすめできないキュ」
素直に頷こうとしないレネに、キュルルはため息をついた。
「もしかしてさっきのアイツ、クオードのことが気になるキュ?」
「それもあるし、荷物もなくなっちゃったし、他の巻き込まれた人たちも……」
「全く理解できないキュ。レネまでおかしくなったらどうするつもりキュ?」
「本当に限界だと思ったらちゃんと帰るから、そのときはお願い」
「……仕方ないキュ」
キュルルはライトを探すことを納得してくれた。キュルルは再び姿を消し、必要になったら呼んでほしいと言う。
屋敷の人間に話を聞きながら探し進めていると、空き部屋から妙な音が聞こえてくるという情報が得られた。
部屋の中に入ってみると、確かに音は聞こえた。琴を奏でたような音で、すぐにディアンジの顔が思い浮かぶ。だが、音が聞こえてくるのは火の消えた暖炉の先。暖炉を動かそうと手を掛けてみても、びくともしない。
「キュルル、ここ通れない?」
「無茶言うキュ。仮に通れたとしても、ボクだけじゃ意味ないキュ」
「この壁、壊せないかな」
ハンマーがあれば、と嘆くとキュルルに呆れられた。
「……きっとどこかにスイッチがあると思うキュ。早まるのはやめるキュ」
「うーん……」
部屋を一周しみても、明らかにスイッチだというものはなかった。壁掛けの絵画、ランプ、燭台と確認していく。レネが燭台に触れたとき、台座に引きずったような跡が確認できた。跡に沿うように動かしてみると、燭台に火が灯る。
ずずず、と重たいものが動くような音。レネが暖炉を確認すると、そこは期待通り抜け道になっていた。
「あ、あった! あったよ!」
床に置かれていた袋の中を確認すると、伝声の琴が出てきた。応答すると、ディアンジの心配そうな声が聞こえてくる。
返事をしたのがレネだったことにディアンジは驚いた。すぐにクオードを呼んでくると、そう伝えようとしたところでクオード本人の声が聞こえてきた。
「よくこの隠し部屋を見つけたな」
クオードはレネから琴を取り上げ、ディアンジに応答する。だが、どこか様子がおかしい。クオードは一方的に話を終えると、琴を壊し床に投げ捨ててしまった。
クオードの手が伸びてきて、背筋が凍る。「レネちゃん」と呼ばれ、彼が“親友のクオード”になってしまったことに気付いた。
「やめて、それ以上近づかないで」
手を振り払おうとしたが、それでも彼は怯まなかった。肩に手を置かれ逃げようとしたところ、床に置いたままにしてあった道具袋に躓いてしまう。
「おっと」
肩に置かれていたクオードの手が、背中に回る。普通だったらお礼の一つでも言わなければならないところだが、レネにそんな余裕はなかった。
「正気に戻って」
パチンと響く乾いた音。思わず彼の頬を叩いてしまったのだ。しかし残念ながら、何の効果もなかった。
「相変わらず恥ずかしがり屋だな、レネちゃんは」
クオードはゆっくりとレネを地面に立たせ、にこりと笑った。初めて見た彼の笑顔がこんなにも恐ろしいなんて。これならまだ冷たい眼差しを向けられていたときのほうがマシだ。
「またあとで剣の稽古でもしような、レネちゃん。それじゃ……」
クオードの手が身体から離れていく。彼の姿が見えなくなってようやく、息を止めていたことに気付いた。足の力が抜けてずるずると床にへたり込んだレネの前にキュルルが再び姿を現した。
「あ~あ。レネもああなりたくなかったら、早くこの屋敷から脱出したほうがいいキュ」
「うん……でも、まだ大丈夫」
「分かったキュ。そういうことなら早くここの荷物を調べるキュ」
キュルルが道具袋の周りを嬉しそうに飛び回る。何かと思えば、袋の中のチョコレートが目当てだったらしい。
「やっぱりあったキュ! ボクの愛好食用物質!」
バリバリと音を立てて、キュルルはあっという間にチョコを平らげた。
同じ袋にライトも入っていたので、もうこの部屋に用はない。レネは隠し部屋を出ようとしたが、キュルルは「まだ」だと言う。
キュルルに言われた通り他も調べていると、ザグルフの荷物らしきものを見つけた。中にはメモ帳と、チョコレートが。チョコだけキュルルに渡してレネはメモを確認した。
――星華のライトでアイツを照らすことができれば真実が分かるはず。
「アイツって誰だと思う?」
「キュ? 分からないなら一人ずつ照らしていけばいいキュ」
「えー……」
地道な作業になりそうだ。レネは隠し部屋を出て、手当たり次第にライトを照らしていった。だが、おかしなところは何もない。むしろ他人にライトを向ける不審者としてレネが屋敷を追い出されかねない状況だ。
クオードはどこに行ってしまったのだろう。それにメレアーデも。会いたいと思う状況ではないが、気がかりではある。クオードの部屋に行ってみたが、メイドがいるだけで彼の姿はない。メレアーデも部屋には戻っていないようだ。
最後に探索することになったのが食堂だった。クオードとメレアーデ、それにザグルフもいる。
クオードは呑気なことにメレアーデとチェスをして、しかも負けていた。自分のことを「僕」なんて言って、一人称まで変わってしまっているではないか。こちらの気も知らないで。と、もう一発ビンタしてやりたいところだが、それよりも先にやらなければならないことがある。
レネは容赦なくライトを向けた。クオードとメレアーデ、並んでいたから違いがよく分かる。
「レネちゃん、何をするんだ!」
「後ろを見て!」
「後ろ?」
「メレアーデの影がないの!」
「え……ええええ!?」
クオードは大げさなくらい驚いて、一方メレアーデは肩を震わせている。やがて彼女は不気味な笑い声を上げ、姿を別のものへと変えた。
「まさか、そんな粗末なライトでバレてしまうなんて。だけど、あなたたちがここで永遠の時を彷徨うことに変わりはない……」
メレアーデだったものが黒の球体を操り、レネに攻撃をしかける。レネはとっさに避けようと身を屈めた。球体はレネの持っていたライトを弾いて転がる。何とかしてメレアーデに化けていた魔物を捕まえたいところだったが、レネがバランスを崩している隙に逃げられてしまっていた。
「レネちゃん、アイツは……」
クオードの動きがピタリと止まった――かと思えば、今度は頭を抱えてうなり声を上げる。
「くそっ。なぜ俺はレネのことをちゃん付けなどとぉ……」
クオードに続いて、ザグルフも正気に戻ったようだ。彼はメイド服を着た自分の姿に酷く動揺している。ザグルフはクオードに声を掛けられようやく平静を取り戻した。
とにかくあの魔物を探なければ。クオードは廊下を探してくると、食堂を出て行った。レネはこの辺りで不審な点はないかと部屋の中を歩き回る。
「あああああの」
声の主はザグルフだった。彼はこの食堂が先ほどまでと違って何か違和感があると言う。彼の助言に従い食堂を調べていると、ある絵画が目に留まった。
――うそ。
レネが絵画に触れると、体が絵の中に吸い込まれてしまった。