6話

 クオードと共に魔物を倒し、壁が崩れ落ちたかと思えばまばゆい光に包まれる。目を開けて、やっと終わったのだと肩の力が抜けた。
 転送の門。行方不明になっていた人々はその馴染んだ光景に歓喜の声を上げた。
「俺たちで成し遂げたのだな」
「うん!」
「……しかし、気になることは多いな」
あの屋敷のこと。メレアーデに化けていた魔物のこと。そしてその目的。行方不明者のことは解決したのかもしれないが、何一つ解明されていないと言っていい。これで終わりなのだろうか。
「……あ……あああれ」
ザグルフが指差した先に何かが落ちている。クオードが近づいて確認すると、光を映す道具だということが分かった。道具にはエテーネ王国の紋章が刻まれている。「まさか」と彼は渋い顔をした。
「これが門の異常の原因だとすると……いや、憶測だけで語るのはやめよう」
 クオードはザグルフに道具の回収と調査を指示し、軍団長室に戻っていった。いっぽうレネはと言うと、宿に向かっている。軍団長室に“明日”来るようにと念を押されたのだ。レネとしては今からでもという気概だったが「酔いを醒ませ」と言われては強く出られない。迷宮を脱出していくらかマシにはなったものの、頭の中はまだ揺れが続いていたのだ。気遣ってくれてありがとうと、そのぐらいは言っておけばよかった。
 部屋を取って一目散にベッドを目指す。吸い込まれるように倒れ込むと、肌触りの良いシーツに包まれて幸福を感じた。うつらうつらと眠気に誘われて目を閉じる。けれど、キュルルの登場によって意識は戻されてしまった。
 納得いかない。キュルルはそう呟いて眉を寄せた。何が納得いかないのか気になるが、レネにはそれよりも先に言いたいことがある。
「今までどこ行ってたの!」
「キュル? ずっと一緒だったキュ」
「だって、呼んでも来てくれなかった」
キュルルはやれやれと首を振る。
「他のヤツの前で不用意にボクと話すのはやめたほうがいいキュ」
「……なんで」
「レネが時を越えて旅してるなんてバレたら大混乱キュ。未来も歪みかねないキュ」
「わかった、気を付ける。……それで、納得いかないって何?」
「うまく行き過ぎなんだキュ。キミたちは無駄が多くて非合理的……それなのに結果として王宮への道が開かれて……」
「だめなの?」
「……嫌な予感がするキュ。せいぜいこの先も気を引き締めるキュ」
キュルルは不吉なことを言うだけ言って姿を消してしまった。レネは本格的に瞼が重くなるのを感じる。
 目を開いて真っ先に確認したのは時計だ。時刻はちょうど昼に差し掛かろうとしているところ。ずいぶんと寝てしまっていた。急いで仕度を済ませて軍団長室に走る。
 軍団長室の前に着くと、ちょうどディアンジとザグルフが出てくるところだった。心なしか彼らが嬉しそうにしているように見える。理由を聞いてみると、クオードにねぎらいの言葉を掛けてもらえたとのこと。二人は回収した道具(幻灯機と呼ぶことにしたらしい)を調べるからと、足早に軍司令部を出て行った。

「来たか」
レネが部屋に入ると、クオードは立ち上がって出迎えた。昼まで待たせて怒らせてしまったのではないかと不安だったが、彼にそういった様子は見受けられない。
「ごめん遅くなって」
「いや……具合はもういいのか?」
「おかげさまで」
もう大丈夫、とレネは肩を回してみせる。
「お前には本当に感謝している。転送の門も今のところ問題なく作動しているようだ」
「そうなんだ。よかった」
「早速だが、これから王宮へ行こうと思っている。もちろんお前も一緒にだ」
レネは頷いた。断る理由なんてない。むしろそのために転送の門の異常を解決したのだ。
「姉さんにあの結晶のことを聞くのはいいとして、だ。父に門の件を報告をする際、お前にも同席を頼みたいんだが」
「え」
レネはあからさまに嫌だと顔に出した。
「何か問題あるのか?」
「クオードのお父さんって、王様でしょ? ……私、そんな身分でもないしさあ」
これまでの旅の中で、王と呼ばれる人物に会った回数は決して少なくない。それにどちらかと言えば、気さくで親しみやすい人が多かった。けれど今回はクオードの父親だ。想像するに、厳格で堅いといったところだろうか。クオードが幼いころに父親から強い風当たりを受けたと聞いたのはそう昔の話でもない。噂だけで判断して悪いとは思うが、会いたいと思う人物像とはかけ離れているのだ。身分というのは言い訳だった。
「身分ってお前……俺の前でよく言えるな」
「あー……ほら、クオードは初対面が……」
「まあ、今さら敬えなど言わん。……だが王の前ではおとなしくしてろよ」
「え、私まだ会うとは」
続きを言う前にクオードにギロリと睨まれる。
「ここでウダウダ言っても時間の無駄だ。王宮に着くまでに覚悟を決めろ」
「えー……」
不満を口にしながらも、レネはクオードの後に続いた。引きずって行かれそうな勢いだったのだ。
 転送の門に足を踏み入れるのは少し緊張した。しかし、また何か問題が発生したとして――。
 レネは隣をいちべつする。クオードの横顔からは不安や戸惑いが一切感じられない。
 レネは彼に気付かれない程度に口元を緩めた。クオードのことをこんなに頼もしく思うなんて。初めて時空を超えたときの自分には信じられないことだ。
 門が開き、外の光が二人を照らす。
「覚悟は決まったか?」
「それなりに」
「なら問題ないな」
クオードはフッと笑い、レネの先を行った。風を受けた彼のマントが揺れる。
 空の上に位置する王宮。その済んだ空気と、圧巻の景色。レネは謁見の憂鬱も忘れるほど見入ってしまう。何も言葉が出ないまま、ただクオードの後ろを歩いた。彼が振り返ってようやく、ここまで来た理由を思い出す。
「ようこそ、エテーネ王宮へ」