トリップしたけど昔アニメをちょっと見ただけでタソガレドキを知らない話10

 戦が終わったかと思えば、また始まったらしい。前回の戦からまだ一カ月ほどしか経っていない気がする。その間にも高坂は現場復帰して、以前と変わらず走り回っているそうだ。無理だけはしないようにと念を押したけど、あの人たちにどこまで通用するかはわからなかった。
 そして私はというと、尊奈門と一緒に買い物に行ったという実績のおかげで一人で城から出られるようにまでなった。でも、城の外での用事といえば薬草摘みか買い物ぐらいだから、実際に外出することはほとんどない。戦が終わって医務室での仕事は落ち着いていたけど、また忙しくなりそうだ。ここ一カ月で顔見知りの人も増えたから、少し気が重かった。
 噂を耳にする限りでは、タソガレドキはまたオーマガトキと戦をしているらしい。どうして一カ月前に戦ったばかりなのに……。タソガレドキは勝ったから余力があるかもしれないけど、オーマガトキは辛いんじゃないだろうか。それともタソガレドキからの圧政がきつすぎて、反乱を起こすしかなかったとか……。タソガレドキのみんなには親切にしてもらっているからあまり考えたこともなかったけど、他国から見たタソガレドキはどんな感じなんだろう。
 実は、タソガレドキ領を出る方法なら知っている。というか、きっちりした国境もないから行こうと思えばいつだって行ける状態なのだ。疑われるのが嫌だったから怪しい行動は避けていたけど、他の領地に興味が出てきたのは事実。でも、黙って出て行くのは忍びない。

「他の領地に行ってみたいって、どうして?」
 迷った末、私は雑渡に相談することにした。戦の最中で忙しいだろうとは思っていたけど、城の中で偶然見かけたから声を掛けてみたのだ。
 雑渡は頭から私を否定するようなことはしなかった。ただ、声色からして良く思われなかったように感じる。
「……なぜ、戦をするのかなと思って」
「それだと敵地……つまりオーマガトキに行きたいってことになるけど」
「さすがにそれは危険だと思うので、他のところに……。タソガレドキの評判がどんなものなのか知りたくて」
「評判なら悪いよ」
 雑渡はなんてことのないように言った。
「え……良くしようとは思わないんですか?」
「それは私の仕事ではないからね。殿は戦好きだし」
「……」
「どんなに評判が良くたって、攻め込まれて落城したら全部なくなってしまうんだよ」
 やっぱり時代が違うと考え方も違うみたいだ。多分それはタソガレドキを出たってどこも同じ。私が無責任に戦をやめてと言ったって、その後のことは何も保証できない。
「何かあったときに守ってほしいから、村人は年貢を納める。私たちが負けたら村人は酷い目に合うからね」
 それじゃあオーマガトキ領の村は酷い目に合っているということになる。そこまで心配するのって偽善だろうか。タソガレドキだっていつまでも勝ち続けられるわけじゃないだろうと、彼らに言うことはできないけれど。
「……みなさん大変なときなのに、変なこと言っちゃってすみません」
「……」
 雑渡は懐から包みを取り出した。なんだろうと思って見ていたら、中から串団子が出てくる。
「食べる?」
(え……)
「ちょっと休憩しない?」
「……忙しいのでは?」
「そこそこね」
 雑渡はさらに竹筒を二つ出してきた。私の分もあるらしい。

 二人で縁側に座って庭を眺めながらお茶を飲む。串団子は一本しかないからと、半分ずつわけて食べることになった。
 雑渡は串を持って団子を差し出してきた。串を受け取ろうとしても首を振られるから、そのままかぶりつくしかない。見たところ周りには誰もいないようだけど、それは私に見える範囲での話だ。もし誰かいるなら雑渡は気づいているはず。部下の前でこんなことしないはず。団子にはタレやあんこがかかっているわけじゃないけど、ほんのりとした甘みがあっておいしかった。
「……あの、機嫌取りですか?」
「それもあるかな」
「貢物はいらないって言ったのに」
「顔が赤いね」
「……雑渡さんが変な食べさせ方するからです」
 雑渡は頭巾をしたまま団子を一つ食べて、また私に串を差し出してくる。この距離感おかしくない?
「こんなことしてたら変な噂が立ちますって」
「それは困ったね」
「からかってます?」
「うん」
「いつか刺されますよ」
 私はヤケになって次の団子にかじりついた。串の下のほうだからすごく食べにくい。私の形相があまりにも必死すぎたのか、雑渡は笑っている。
「……ごちそうさまです」
「面白かったからまた買ってくるね」
「次はぜひ二本買ってきてください」
 とにかく人に見られる前にと思って、私は急いでお茶を飲み干し逃げるように仕事に戻った。

 戦の話を聞いてから数日が過ぎたけど、前のように怪我人が次々と運ばれてくるかと思えばそうでもなく、私は普通に炊事や洗濯のほうに回っていた。食堂の雰囲気も和やかだ。人の出入りも多くはないけれど少なくもないという感じで、本当に戦をしているのかとある意味不安にもなってくる。
 調理場の味噌がなくなったということなので、私は町へ向かった。ただそれだけ帰るのももったいないと思ったので、薬草も摘んで帰る予定だ。
 そして味噌を買い、薬草の生えている場所に着いたところで
「誰か……助けてくれ……」
 男性のか細い声が聞こえてきた。
「どこですか? もう一度声を上げられますか?」
「ここだ……ここだよ……」
 草むらをかき分けながら声の元へ急ぐ。そして地面にうずくまる一人の男性をみつけた。
「大丈夫ですか!?」
「……うぅっ」
 男性は肩から血を流していた。熱があるのか顔も真っ赤になっている。とにかく止血をしなければと思って傷口に布を当てた。
「お水、飲めますか?」
「……ありがとう」
 男性は水を飲むと少し落ち着いたようで、これまでの経緯を話してくれた。
 彼は山でクマに襲われ、なんとか撃退して逃げて来たものの途中で倒れてしまったそうだ。長時間倒れていたせいで脱水症状が出ていたのかもしれない。
「すぐ近くに町がありますから、そこまで頑張りましょう」
「……いや、それはできない」
「どうしてですか?」
「……」
 男性は口を噤んだ。
 よく見ると、彼は鎧を着ている。この鎧はタソガレドキのものではない。もしかして、と思った。
「あなたは、オーマガトキの兵士ですか?」
「頼む、見逃してくれ」
「……」
 どうしたらいいんだろう。この人は敵だ。私が彼を治療したせいで、後の戦いでタソガレドキの兵士が殺されてしまうかもしれない。でも、私が誰か人を呼んでこの人が捕まったら、その後は……。
「……私は何も見てません。行ってください」
「かたじけない」
 心臓がドクドクと鳴っている。これはタソガレドキに対する立派な裏切り行為だ。今の場面を誰かに見られていたとしたら……いや、見られていなかったとしても、何もなかったような顔をして城に帰っていいのだろうか。
 男の姿が見えなくなり、完全に取り返しがつかないことをしてしまったのだと実感する。指先が震えていた。例えばあの人が、戦場で雑渡を殺したとしたら……。想像するだけで怖い。
 なんとか気を紛らわそうとカゴいっぱいに薬草を摘んだ。でも、足が城のほうへ向かない。そうして呆然としているうちに日が落ちてくる。
(ああでも、味噌は持って帰らなきゃ……)
 預かったお金のことがあるから、城へ帰らねばという気持ちになれた。ずっと地面を見ながら歩いた。私が車にひかれたとき、あのまま死んでいたらこんな気持ちにはならなかっただろうか。
(死にたいわけじゃないけど……)
 草履で小石を蹴飛ばす。ころころと転がったそれは、道を外れて草むらの中に入ってしまった。

 城に着くころにはもうすっかり夜になってしまっていた。みんなに迷惑を掛けたかもしれない。それとも私がいないことになんて誰も気づいていないだろうか。
「おい、戻ったぞ!」
 城の門番は、私の顔を見るなり大声を上げた。そしてすぐに中から山本が駆け寄ってくる。
「何かあったのか?」
「……いえ」
「目が腫れているじゃないか」
「……」
「組頭が心配していらっしゃった。顔を見せてやってくれないか?」
「……っ」
 罪悪感からか、涙がダッと流れ出てきた。山本は驚いている。無理もない。こんないい歳した女が周りも気にせずいきなり泣き出して、さぞ困っていることだろう。だけど、理由が理由なだけに何も言うことができない。
「……ごめんなさい。今日はもう休みたいです」
「わかった。怪我はないのだな?」
「はい……。すみません」
 私は荷物の片付けだけしてすぐに布団を被った。それでも不安は消えてくれなくて、雑渡人形をぎゅっと抱きしめる。今すぐあの悪夢を見せてほしかった。