トリップしたけど昔アニメをちょっと見ただけでタソガレドキを知らない話12

(忍術学園と敵対するのは凶……か)
 腕の中で寝息を立てる女を見下ろしながら、雑渡はため息をついた。

 女はよく働いていた。兵法や戦術に関してはからきしだが、医務室での働きには多くのタソガレドキ兵が助けられている。だが良くも悪くもその程度で、何をしてでも城の中で囲っておかねばならないというほどの価値はなかった。未来でこの時代のことが物語として残っているという話には驚いたが、詳しい内容を彼女は知らないという。忍術学園を敵に回すのは得策でないとわかっただけでも充分だが、逆に言えば彼女から引き出せるものはこれ以上ないということだ。
 今まで部下たちを使って彼女がタソガレドキから逃げないように仕向けていたが、それももう必要なくなる。だがそんな単純な話ではないことも雑渡はわかっていた。山本は彼女が泣いていたとき本気で心配していたし、尊奈門はぶっきらぼうな態度を取りながらも彼女の働きぶりを認めている。高坂は足の治療をしてもらったことに心から感謝していたし、それは雑渡も同じだ。罠にはめるつもりが、自分たちがはまっているのだから笑い話にもならない。

 戦中に敵の兵士を治療するなんて、雑渡には信じられないことだった。ましてそれを後悔して泣くなど理解しがたいものがある。しかし彼女の行いは、一カ月前の戦場で敵味方問わず雑渡を治療した、忍術学園の善法寺伊作に通じるものがあった。そして雑渡は彼らのような人間を、決して嫌いではない。
「……ぅ」
 女が苦しそうな声を上げる。約束通り雑渡は彼女を起こそうとした。しかしそれより前に、苦しむ彼女を抱く力を強めてしまっていた。
 驚くことに、彼女はすやすやと静かに寝息を立て始めた。今までにこんな報告は聞いたことがなかった。彼女はいつも夜うなされては、それが段々と酷くなっていき最終的には目を覚ます。このところ彼女に監視をつけないことも多くなっていたから、単に知らなかっただけなのかもしれない。装束の合わせ目をぎゅっと彼女に握られたが、悪い気はしなかった。

 もうすぐタソガレドキ陣営だ。
(この状態を見たら尊奈門がなんて言うかな)
 尊奈門の中では彼女の初恋が土井半助ということになっている。というか実際、勘違いでもないようだ。物語の登場人物としての土井半助に彼女は心を奪われた。残念ながら今日は話せなかったらしいが、会えばどうなるかわからない。土井は若くて実力もあり、子供たちにも好かれている。一言で言えば、非の打ちどころがないというやつだ。
(……まあ、私には関係ないけどね)
 タソガレドキ軍の旗が見えてきた。雑渡は彼女の寝息が安定していることを確認してから陣の中に入った。

 尊奈門は「げ」と口には出さなかったが、もはや言っているのと同じくらいに表情を歪めた。雑渡はそれを見て笑いを堪えもしなかった。予想と全く同じ反応をされたのだからこうもなる。だがその後の反応は雑渡の反応と違っていた。尊奈門は雑渡と女の顔を見比べて、複雑そうな顔をしている。
「組頭、なぜコイツがここに……?」
「私たちのことが心配だったみたいだよ。途中で忍タマどもに拾われて園田村にいたから、取り返してきたけど」
「……とりあえず、その辺りに寝かせましょうか」
 尊奈門が彼女を抱きかかえようとすると、ぐいっと身体が引っ張られた。彼女が雑渡の装束をしっかりと掴んでいたのだ。
「困ったね」
 さすがにこのままにするわけにもいかないので、一本ずつ指を丁寧に解いていく。初めて見たときに比べて、ずいぶん手が荒れた。いたわるようにそっと撫でたのは、ほとんど無意識に近い行動だった。
「今日はうなされていないようですね」
「うん」
「毎日、何の夢を見ているのでしょう」
「聞こうとしたけど話したくなさそうだったよ」
「組頭は、」
「なに?」
「いえ、なんでもありません」
 とは言いつつも、尊奈門は何か言いたそうにしている。
「土井殿には会えなかったらしいよ」
「……会いに行っていたというわけではないんですよね?」
「それなら村中走り回ってでも探すでしょ。彼女はずっと救護所で薬を作ってたって」
「そうですか……」
 火傷の後遺症に効く薬を教えてほしいと伊作に頼んでいるのを見たときは、さすがに胸に来るものがあった。我々忍者隊のことを、大事な人とも言っていた。それでどうしてオーマガトキの兵士一人を治療したくらいで裏切ったことになろうか。確かに忍者として、兵士としてだったら落第だが、そんな非常な世界に彼女は染まらなくていい。染まらせて、たまるものか。
 彼女は陣営の隅に寝かせた。男ばかりの中に転がして放置するわけにもいかないから、雑渡はその少し離れたところに腰を下ろした。またうなされるんじゃないかと思っていたが、見たところぐっすり眠っている。これはこれで危機感がなさすぎて心配だ。
 尊奈門が去り、しばらく休んでいたら、山本が偵察から戻ってきた。彼女がここで寝ているのを見て、山本は目を見開く。
「組頭……」
「なに」
「……いえ、今日はうなされていないようですね」
「尊奈門も全く同じことを言ってたよ」
 もし高坂がいたなら彼も同じように言うのだろう。まあ何かと過保護な部下ばかりだ。
「それで陣内、ドクタケの動きは?」
「稗田八方斎がドクタケ領に到着。タソガレドキ侵攻を提案し、動き出した模様です」
「忍術学園の思うツボだな」
「敵は明日中には城に到着するかと」
「私は園田村の戦況を見ながら動く。なるべく早く合流するつもりだが、必要に応じて陣内が指揮を」
「承知」
 雑渡はさっき密かにくすねていた薬草を山本に投げ渡した。
「園田村特産の薬草だ。煙を焚くと、よく眠れるらしい」
「このようなものが……」
「もう少し引き付けて、隊が細切れになったところを狙う。決して敵は傷つけないように」
「……なぜですか?」
「保健委員と彼女が悲しむからな」
 山本はちらりと彼女を見たあと、薬草を懐にしまった。
「まあ、しばらく悪さできないように身ぐるみ剥ぐのがいいんじゃない」
「では、そのように……」
 山本が戻っていく。彼女がうなされていないか耳を澄ましながら、雑渡は目を閉じた。