トリップしたけど昔アニメをちょっと見ただけでタソガレドキを知らない話13

 同じ夢を何度も見ていると、次第に何も感じなくなってくる。たとえ悪夢だろうが、じっと耐えていたらいずれ朝が来るのだ。でも、今回は違った。
 車の前に立ち尽くす私の身体がふわりと宙に浮く。雑渡が私を抱きかかえて助けてくれた。
 雑渡は何も言わなかった。私が話しかけても聞こえていないみたいに真っ直ぐ前だけ向いていて、電柱やビルの間をふわふわと飛んでいく。令和の街並みに忍者装束は浮いていた。でも、私たちのことなんて誰も気にしていなくて、私はただ雑渡のぬくもりと風を感じていた。

 今日はよく眠れた気がする。頭がすっきりしていて身体が軽い。ただ連日の睡眠不足に慣れてしまっていたからか、まだ薄暗い時間帯に起きてしまった。
 ゆっくり身体を起こすと、まず囲いのようなものが目に入った。兵士がたくさんいる。タソガレドキの旗があるから、ここはきっとタソガレドキの陣営なのだろう。
「おはよう、早いね」
「……っおはようございます!」
 急に現れた雑渡を前に、不自然なほど驚いてしまった。あんな夢を見たせいだ。なんで夢に雑渡が出てきたんだろう。
 なんとか誤魔化したい。夢の内容まで雑渡にバレているわけじゃないのに全部見透かされているような気持ちになってくる。何か言われる前に、話題を振らないと……。
 とりあえず立ち上がろうとしたら、太ももの辺りに硬い感触が。そうだ、伊作と作った薬……!
「雑渡さん、今お時間大丈夫ですか?」
「うん? まあ、少しなら」
「……多分知ってると思うんですけど、火傷の痕に効く薬を伊作くんに教えてもらいながら作ったんです。手にちょっとだけ塗らせてもらってもいいですか?」
「手だけ?」
「いきなり全身に使うのは少し怖いというか、薬も合う合わないがあると思うので。もし悪化したら伊作くんにも悪いですし……」
「そういうもの?」
「はい。時間を置いて大丈夫そうなら他の場所にも塗ってみたいです」
「じゃあお願い」
「え?」
 雑渡が左手をずいと差し出してくるから、薬の入った貝殻を渡そうとした。しかし雑渡は首を振って薬を受け取ろうとしない。
「あの、これ……薬です」
「君が塗って」
「え、でも……」
「これって園田村の薬草が入ってるんじゃないの?」
「はい。少し混ぜてます」
「量を誤ると毒になるんでしょ? それなら使い方がわかっている人が使うのが当然だと思うけど」
 本当にこの人、あのときの会話を全部聞いているし覚えている。割合としてはそんなに入っていないから、べちゃべちゃ塗りたくらなければ大丈夫なはずだ。けど確かに万一のことがあったらいけないなとも考えさせられる。どうせこれも雑渡の口車のうちの一つだとはわかっていながらも、塗りたくない理由があるわけでもない。
「じゃあ、失礼します……」
 雑渡の手の甲に薬を薄く伸ばしていく。
「ピリピリしたりしませんか?」
「うん、大丈夫そう」
「もし違和感があったらすぐに洗い流してくださいね」
「ありがとう。私のためにわざわざ作ってくれたんだよね」
「……まあ、はい」
 その通り……なんだけど、改めて言われると何か特別な意味があるような気がしてくるから不思議だ。例えば火傷をしたのが他の人だったとしても薬は作っていたと思う。なのに、たまたま相手が雑渡だったというだけで変に意識をしてしまうのが嫌だった。
「そんなに照れなくてもいいのに」
「照れてないです」
 言葉とは裏腹に顔がじわじわと熱くなってくる。雑渡は小さい子供を微笑ましく思っているかのような顔で私を見下ろしてきた。
「……今日、私はどうしたらいいですか?」
「城に戻ってくれてもいいけど、ここで救護にあたってくれると助かるよ。……あ、でも負傷者は園田村で保健委員が治療してくれるかも」
「じゃあ、私も園田村に戻って保健委員さんと合流しましょうか?」
「せっかく攫ってきたのに?」
「……攫うってなんですか」
「だって私たち悪役だから」
 雑渡はにこりと笑う。まあ確かにそうなのかもしれないけど、そんなに簡単な話でもない気がする。悪役とか言い出したのは私だから、違うとも言えないけど……。
「……私はみなさんのことそんな風には思ってません」
 伝わってるよ、と雑渡は言ってくれた。なんだか気を使われたようにも感じる。
「じゃあ私は戻って村の様子を見てくるよ。またね」
「はい、気をつけて」
 雑渡を見送った私は、陣営での救護の準備を進めた。

 日が昇り、兵士がぞろぞろと陣営を出て行く。それと入れ違いになるかのようにたくさんの行商人が入ってきた。食べ物を売る者や芸を披露する者、とても戦の最中とは思えないほど陣営は賑わっていた。そしてその中で、ひときわ目立つ人がいる。
(あれがタソガレドキの殿様……)
 殿様はこんな状況にもかかわらず行商人に髪を切ってもらっていた。もうすっかり勝ちが見えているのか余裕の表情だ。
 ……というか、あの殿様の髪を切ってる子って。
 金髪で、人懐っこそうな顔をした髪結い屋……。忍たまの上級生にああいう子がいた気がする。ハッとして周りを見渡してみると、行商人のほとんどが子供だったことに気づいた。
(くの一教室の子にヘムヘム、それから食堂のおばちゃん……女装した山田先生もいる!)
 タソガレドキは負けたのだと確信した。きっと何かしらの種明かしがあるはず。ただ、その時が来るまでどうしたらいいものか。ここには顔見知りの忍者隊は一人もいない。
「お姉さんもお団子お一ついかがですか?」
「……いえ、私は結構です」
 くの一教室のユキとシゲに声を掛けられて内心ドキッとする。でも怪しまれはしなかったようで、彼女たちは次々と兵士に団子を勧めていた。
 私は木の陰に座って事が進むのを待つことにした。私にできることなんて、たかが知れている。もし怪我人が帰ってきたなら治療をすればいい。そうして浮かれムードの陣営の中でぼうっとしていたら、伝令らしき兵士が一人、陣営の中に滑り込んできた。
「殿ぉ! ドクタケの軍勢が国境を越えて我らが領内に進攻中! 今、城はカラッポで防げません!」
「なんで城がカラなんだ……って園田村に行かせた!」
 ぎゃあぎゃあと陣営が大騒ぎになる。兵士たちが慌ててタソガレドキのほうへ引き返していく中、殿様が忍術学園のみんなからネタバラシをされていた。これ以上、オーマガトキ領の村から金品を奪ったりできないように約束させられたみたいだ。
 ここで待っているよりは私も城に戻ったほうがいいだろう。忍術学園のみんなに怪しまれないように、静かに陣営を後にした。

 伊作に治療してもらったとはいえ、昨日痛めた足がズキズキと痛む。他の兵士たちはとっくに城に戻ってしまったようで、帰り道には彼らが落として行ったであろうタソガレドキの旗やら武器やらが散乱していた。道がわかるのは助かるけど、このままだと日が暮れてしまいそうだ。一度、包帯を解いて痛み止めを塗り直すことにした。
 座って薬を塗っていたら、私を大きな影が覆う。下を向いていても黒い装束が目に入った。もうこれだけで何が起こったのかわかってしまう。
「迎えに来たよ」
「ありがとうございます。……私、みんなを助けようと思って来たのに情けないですね」
「私は助かったけどね」
「……何もしてないです」
 包帯を巻きなおすと、雑渡はさも当然のように私を抱き上げた。
「そういえば」
 夢と違って、彼は私と目を合わせてきた。距離が近いせいもあってじっと見ていられない。私は視線を雑渡の胸元に向けた。
「あの薬、よかったよ。城に戻ったら他の場所にも塗ってくれる?」
「はい。でもいいんですか?」
「何が?」
「……包帯を外すことになるのかなと思って」
「うん、そうだね」
「見られたくないかなと思ったんですけど、雑渡さんが気にしないなら私は大丈夫です」
「ああ、いいよ。君なら別に」
「……そうですか」
 信頼してもらえるのは嬉しい。だけど「忍者がそんなことでいいの?」という気持ちもあった。まあ私が何かしようとしたところで、返り討ちに遭うだけだとは思うけど。
「後処理が終わったら君の部屋に行くね」
「あ、えっと……医務室で待機するつもりだったのでそちらでもいいですか? 人目が気になるようであれば、雑渡さんが来てから部屋に移動します」
「じゃあ、そうしてもらおうかな」
 雑渡にかかれば城までの道のりも早かった。丁重に医務室まで送り届けられた私は、怪我人を迎え入れる準備に取り掛かる。しかし戦での負傷者のほとんどは園田村の救護所で手当をしてもらったらしく、私の仕事はないに等しかった。
 薬や備品のチェックをしながら待っていると、ふいに天井から人が降ってきた。
 なぜ扉から入ってこないのかと思ったら、雑渡はいつもと違って装束を着ておらず、浴衣のようなものをさらっと羽織っているだけだった。見たところ包帯もしていない。それでも彼が雑渡だとわかったのは、顔の火傷の痕があったからだ。
 もしかしたら人に会わないように入ってきたのかもしれない。だとしたらやっぱり最初から部屋に来てもらうのがよかっただろうか。
「先に君の部屋に行ってるね」
「はい、私もすぐ行きます」
 私は包帯と薬を抱えて急いで部屋に向かった。自分の中ではこれ以上ないくらい急いだつもりだったけど、部屋の戸を開けたらすでに雑渡は静かに座っていた。
「一応身体は清めてきたつもりだけど、気になるところがあったらごめんね」
「いえ、そんな……」
 雑渡は後ろを向いて浴衣を腰のあたりまで下げた。背中のほとんどが変色していて、いかに酷い火傷だったかというのがわかる。こういうとき、なんて言葉をかけていいのかわからない。私は黙って薬を薄く塗り広げていった。
「痛くありませんか?」
「大丈夫だよ」
「……薬を塗った部分は何か変わりました?」
「普段なら痒くなったり熱を帯びたりすることがあるんだけど、今日はあまり気にならなかったかな。起きてるときはいいんだけど、寝ていると無意識に引っ掻いちゃったりするから」
「そうですか。では寝る前に塗るのがよさそうですね」
「……ところで、大丈夫?」
 雑渡は首だけ振り向いてきた。
「足の怪我は大したことないので大丈夫です」
「いや、そうじゃなくて……」
 雑渡はどこか言いづらそうに視線を泳がせた。
「火傷痕……結構ひどいでしょ?」
「はい。とても痛々しいです」
「あ、うん……。気味悪くないの?」
「え……さすがにそんなこと思いませんけど。誰かに言われたんですか?」
「いや……ごめん。なんか変なこと聞いちゃったね」
 雑渡は前を向いた。
 ……つい、とぼけてしまったけど、本当は最初から雑渡の言いたいことはなんとなくわかっていた。決して気味悪いとか、気持ち悪いとか考えていたわけじゃない。私だって同じような状態になったら他の人に肌を見せるのは躊躇すると思う。だけどそれを上手く伝えられる気がしなくて何もわかっていないような振りをしてしまったのだ。
「……背中と首と腕は終わりました。あとはご自分でなさいますか?」
「そうさせてもらうよ。ありがとう、手間をかけたね」
「いえ、いつでもお手伝いしますよ」
「……うん」
 雑渡は浴衣を正して立ち上がった。残った薬を渡したが、雑渡はしばらく手のひらに収まった薬を眺めているだけで、そこから動こうとしなかった。
「……あの、雑渡さんが嫌じゃなければですけど、お顔も私が塗っていいですか?」
 自分でもどうしてこんなことを言っているのかわからなかった。雑渡が小さな声で「え」と言ったのを聞いて、失敗したなと思った。何をやってるんだろう……。
「すみません。やっぱり……
「お願い」
 雑渡は再び腰を下ろすと私に薬を返してきた。きっと変な空気にならないように気を回してくれたんだと思う。
 私は膝立ちして雑渡の顔に薬を塗っていった。雑渡は静かに目を閉じてくれている。
 顔の皮膚は背中のよりも薄く、少しのことで傷がついてしまいそうだった。ちょっと傷がついただけでも雑菌が入るだろうから、毎日すごく気を使って生活しているのだと思う。薬で少しでもマシになってくれたらいいけど、この塗り薬は皮膚を再生させるようなものではない。あくまでも一時しのぎにしかならないから、毎日これを続けなければならないということだ。一人で薬を塗って包帯を巻くのは大変そうだ。もし許されるなら、私がしてあげたい。
「……終わりました。包帯を巻いていきますね」
「ありがとう」
 いつも雑渡がしているのと同じように、右目が出るようにしながら包帯を巻いていく。しかし、これがなかなか難しい。いつもどうしているのかと聞いたら、やはり自分一人で行っているということだった。
 結局はほとんど雑渡が一人で包帯を巻いて、私はその補助をするという形になった。それでも雑渡は私に優しく「助かったよ」と言ってくれる。自分の未熟さに歯がゆくなった。
「薬がすぐになくなっちゃいそうなのでまた作りたいんですけど……園田村のほうに行っても大丈夫ですか?」
「薬草なら部下に取りに行かせるよ。君だと時間かかるでしょ?」
「すみません……」
「いや、責めてるんじゃなくてね……。私のためにやってくれてるんだからもうちょっと恩着せがましくしてくれたっていいのに」
「ここに置いてもらってる恩がありますから」
「真面目だねえ」
「……真面目なんです」
「もし君がよければだけど、明日もお願いしていい?」
「はい! 私でよければ」
「君がいいんだよ」
「えっ……」
 雑渡はにこりと笑って姿を消した。
 窓から冷たい風が入ってくる。私の火照った頬を冷やすのにはちょうど良い冷たさだった。