トリップしたけど昔アニメをちょっと見ただけでタソガレドキを知らない話14

 何度も繰り返していくにつれ、雑渡の包帯を巻き直すのにも慣れてきた。今では雑渡が手伝ってくれなくても一人でできるようになったので、私が処置している間は雑渡に何か他のことをしてもらっている。今日は忍者隊の休暇届けの確認とか賞与査定とか、いわゆる人事的な仕事をしているみたいだ。
 雑渡に薬を塗るのは毎日の日課のようなものだった。薬を塗りながらその日あったことを話したりなんてして、だけどたまに雑渡は思わせぶりなことを言うから心臓に悪い。
 私は雑渡にからかわれるたびに、いちいち顔が熱くなったり動揺したりと振り回されている。どうしてこんなに振り回されてしまうのか、考えてみたら理由は一つしかなかった。

「あ、そうだ。明日は家に帰ろうと思ってるから、薬は自分で塗っておくね」
「え……」
 包帯を巻く手が止まる。まあ、よく考えてみればそうだ。雑渡にだって休みはある。毎日のように顔を合わせていたから感覚がマヒしていたけど、忍者や兵士が全員城に住んでいるというのはあり得ない話だ。ちょうどオーマガトキとの戦が終わったばかりだから休暇を取る者が多いのだろう。頭では納得したけれど、なんだか寂しい。私には帰る場所なんてなくて、頼りにできるのも雑渡を始めとしたタソガレドキ忍者隊のみんなしかいなくて、だけどみんなにはちゃんと帰る家があるのだ。そう考えたら目の奥がツンとしてくる。私は一度死んだはずの身で、こんなに良くしてもらえているだけでもありがたいのに……。
「さみしい?」
 雑渡はからかうように言った。雑渡は背を向けているから、彼に私の表情は見えていない。早く「違う」って言わないと。でも、いま喋ったら声が震えてしまいそうだ。雑渡に合わない日なんてこれまで何度もあった。雑渡がいないのがさみしいわけじゃない。心の中で自分に何度か言い聞かせて、やっと落ち着いてきた。
「……雑渡さんは、お休みの日は何をされるんですか?」
「んー……しばらく帰ってなかったから、まずは掃除かな」
 よかった、気づかれていないみたいだ。雑渡は名簿に〇とか×をつけている。
「お手伝いさんを雇ったりしないんですか?」
「そんな広い家ってわけじゃないからねー」
「近いんですか?」
「まあ、」
「……あ、すみません。場所を知りたいとかじゃなくて」
「いや別に疑ってないよ。ごめんね、最初厳しくしすぎたね」
「……いえ、全然。腕は終わったので、次は背中をしますね」
「お願い」
 少し丸まった背中に薬を伸ばしていく。実際はそうでもないのだろうけど、気を抜いてくれているように見える。明日はこれをしなくていいから、早く眠れそうだ。
「さみしいです」
「……じゃあ、私と一緒に帰る?」
 子供をあやすような声だった。大丈夫、まだ冗談で済まされる。
「でも明日はイモ団子を作るって尊奈門さんと約束してるんです。雑渡さんは食べられないですね」
「え、何それ……。私も食べたかった……」
「雑渡さんがいらっしゃるときにまた作りますね」
「……いつの間に尊奈門と仲良くなったの?」
「最近ですかね?」
 とは言っても、私が「イモ団子好き?」と聞いて「じゃあ今度作るね」と一方的に約束しただけなのだが。これには理由があって、まあ一言で言ってしまうなら口封じだ。土井先生のことにこれ以上触れないでほしい。尊奈門に伝わっているかどうかわからないけど、何かあったら「イモ団子食べたよね」で押し通すつもりだ。
 雑渡は「ふーん」と相槌を打ちながら、休暇届けを閉じた。
「言ってなかったかもしれないけど、君も休みは取っていいからね」
「ありがとうございます。でもすることないですから」
「休みなんだから何もしなくてもいいんだよ」
「そうなんですけど……」
「明後日はどう?」
 まさかの展開についていけない。そんな急に休みを取ってもいいんだろうか。確かに今は休暇を取る人が多くて用意する食事や洗濯の量は少ないけれど……。
 迷っている私に、雑渡は封書を渡してきた。中を確認してみると「忍術学園文化祭招待状」と書かれている。
「私たちは仕事として行くつもりなんだけど、君も一緒にどうかなと思って」
「……えっと、忍術学園は敵なんじゃなかったんですか?」
「でも招待されてるからね」
「……これ、一枚につき二人までって書いてありますよ」
「私と殿の分がある。陣内と陣左と尊奈門と君」
「雑渡さんを入れたら五人になりますよ。それに殿様は?」
「殿は命を狙われるだろうから連れて行けないよ。まあ一人くらいなら何とかなるから大丈夫」
 何も大丈夫ではない気がする。だけど雑渡はそのまま話を進めていった。本当に休むなら私からも女中仲間や医務室の担当には伝えるつもりだけど、あらかじめ話を通しておいてくれるそうだ。
(……もしかして、私がさみしいって言ったからなのかな)
 さすがにこれは自意識過剰な気もするけど、本当は私が泣きそうになっていたのもバレていたのかもしれない。忍者なら後ろの気配を察知することには長けているだろうし。そう考えたら急に恥ずかしくなってきた。こんな風に気を使わせてしまって、情けなさすぎる。
「……背中も終わりました」
「ん、ありがとう」
 最後は顔だ。雑渡が身体の向きを変えると当たり前だが目が合って、変に意識してしまっている私は慌てて下を向いた。だけど私が薬を指にとって視線を戻したとき、雑渡はとっくに目を瞑っていて、やっぱり気づかない振りをしてくれているのだろうと改めて感じた。

 私は、雑渡のことが好きなんだと思う。尊奈門に言われたときは否定したけど、あれから事あるごとに彼の言葉を思い出すのだ。気にかけてくれるのが嬉しいし、からかうようなことを言われても嫌じゃない。今でもずっと、雑渡は私の夢に現れては私を助けてくれる。子供でもないのに他人から指摘されて自覚するなんてと思うけど、多分それは私が彼を好きになってはいけないと自制していたからだ。……まあ、自制しきれてないからこうなってしまったわけだけど。でも、告白したいとか付き合いたいとか思っているわけじゃない。今のままでいい。もし雑渡が他の人と結婚して、この薬を塗る役目がその人に代わってしまうのは嫌だけど、受け入れられないというほどのことではないはずだ。
 だけど私は心のどこかで期待していた。雑渡が今まで結婚していないということは、雑渡にその気はないのかもしれない。だから他人に嫉妬せずに済むんじゃないか、と。

「終わりました」
「ずいぶん慣れたよね」
「はい。初日のアレは忘れていただけると……」
 雑渡は私から薬を受け取ると、自身の胸元に薬を塗り始めた。いつもはここでお別れだからびっくりしたけど、もう少し一緒にいられるのが嬉しくて私は黙っていた。
「君は何も聞いてこないけど、それって私たちに疑われたくないから?」
「そうですね。なるべく必要のないことは尋ねないようにしてします」
「今さら気にしなくていいのに」
「むしろこんなに油断して大丈夫なんですか?」
「油断ねえ……」
 雑渡は私をじっと見てきた。こんな時間に男と二人でいるなんて、と咎められているような気持ちになった。
 初めてここで雑渡に薬を塗ったとき、何も思わなかったわけじゃない。だけど私は監視されていた身だし、いちいち警戒したところで彼らに敵うはずがないのだ。だから気にしないことにした。……それに私は雑渡のことが好きなんだから、警戒しなければならないのは雑渡のほうだと思う。
 雑渡は薬を塗り終えたらしく、今度は包帯を手に取った。手伝ったほうがよかったのかもしれないけど、私はじっと雑渡が包帯を巻くのを見ていた。一人でするには難しそうなのに、雑渡は器用にこなしている。
「ここ押さえててくれる?」
「あ、はい……」
「やっぱり手伝ってもらえると楽だね」
「……言ったら手伝ってくれる人はいそうですけど」
「そんないじわる言わないでよ」
 いじわるなのはどっちだ。雑渡は何も気にしていなさそうな顔で包帯を巻き進めていく。
「じゃ……明後日の朝、迎えに来るね」
「はい。気をつけて」
 立ち上がろうとしたら、ぴりっと足に痺れが走る。正座していたのはほんの少しの時間だったのに、少しでも行儀よく見せようとしたのがいけなかった。
「あっ」
 バランスを崩しかけた身体は、雑渡に抱きとめられることで倒れずにすんだ。包帯を巻いたばかりの胸元に頬がぴたりとくっつく。
「すみません!」
「お転婆だねえ」
「違います、足が痺れて……」
「布団敷いてあげようか?」
「結構ですっ」
 雑渡に座らせてもらった私は、痺れた部分を手で揉み込んだ。効果があるかどうかは知らない。それより早く出て行ってくれないだろうか。
 しなくていいと言っているのに、雑渡は部屋の隅に置いてあった布団を持ってきて広げてくれた。このまま抱きかかえられてしまいそうな気配を察知して気合いで立ち上がる。雑渡はそんな私を見てくすりと笑った。
「おやすみ。転ばないように気をつけてね」
「……おやすみなさい」
 雑渡が行ったのを見て、私は力が抜けたように布団に座り込んだ。なんてことをしてしまったんだ。……でも、
(雑渡さん、平然としてたな……)
 逆によかったかもしれない。妙な期待をしなくてすむのだから。