トリップしたけど昔アニメをちょっと見ただけでタソガレドキを知らない話17
なんで馬鹿正直に言っちゃったんだろう……消えたい……。
私は雑渡の腕の中で縮こまっていた。
例えば実家の犬と間違えたとか、いくらでも誤魔化しようはあったはずなのに。あれではいつも夢の中で雑渡に抱きついているということになる。雑渡も雑渡で普段のようにからかってこないから、余計に気まずいし、せめて何か言ってほしい。
雑渡に抱えられて移動するのは初めてではないのに、妙に意識してしまう。忍術学園に着くまでにこの顔をどうにかしないといけないと思っていたから、到着の少し手前で降ろしてくれたのはありがたかった。そこから少し歩いたところで先に出発していた三人と合流する。招待状では四人しか入れないから、高坂がこっそり塀から侵入することになった。
「すみません、私が来ちゃったから」
「気にしなくていいってば」
「なんで雑渡さんが言うんですか」
「このくらい陣左ならどうってことないって」
「そうだ、高坂さんなら問題ない」
なぜか尊奈門まで加勢してくる。山本は苦笑いしていて、肝心の高坂は眉一つ動かさず静かに塀を越えていった。
「じゃあ私たちは正面から行こうか」
本当に中に入れるのかドキドキしていたけど、招待状は本物だったらしく、特に疑われることもないまま門を通ることができた。
ここがあの忍術学園……!
忍たまの子たちに会ったときもそうだったけど、実際に目の当たりにするとワクワクする。園田村のときは余裕がなかったから、今日はじっくり堪能したい。原作やアニメをもっと見ておけば、タソガレドキのこともわかったのかなと今さら後悔した。
「入門票にサインお願いしまーす!」
「小松田くん、これ書いておいたよ」
「ええっ! いつの間に」
雑渡だけはなぜかもうサインを済ませていた。しかも枠を無視してデカデカと名前が書いてある。私は他の紙に記入させてもらったけど、よく見たら少し上に高坂の名前が書いてあった。普通にみつかってしまったようだ。けど追い出されてはいないみたいで、全員分のサインが終われば無事に合流することができた。セキュリティがゆるすぎてちょっと心配だ。
なんとなく雑渡を避けながら、というか尊奈門の近くをキープしながら歩いていたら、尊奈門にはすごく迷惑そうな顔をされた。本当に、本当に申し訳ないけど、気まずいのである。
それから少し歩くと幸運食堂という店についた。
「あ、タコヤキドキ城のちょっと粉もんさん!」
かわいいエプロン姿の伏木蔵が、雑渡のほうへ駆け寄る。どうやらここは保健委員会の模擬店のようだ。伏木蔵に続いて伊作や左近、数馬たちもぞろぞろ寄ってきて、雑渡は子供たちに囲まれていた。
「タソガレドキ城の雑渡昆奈門ね」
雑渡は伏木蔵を抱き上げた。いつの間にそんなに仲良くなったんだろう。
「お姉さんもお久しぶりです」
「伏木蔵くん久しぶり。伊作くんもみんなも、この前はありがとう」
「いいえ。雑渡さんから話は聞きました。薬が役に立ったみたいでよかったです」
伊作によると、雑渡はちょくちょく忍術学園に顔を出しているらしい。なんでこんなに懐かれているのかと思ったら、そんなことが。
伊作は模擬店で振るまっている薬草粥を見せてくれた。使用期限の切れた薬草を使っているそうで、「大丈夫なの?」と聞いたら伊作は何も言わずに微笑むだけだった。メニュー表を見てみると、物騒な単語が並んでいる。下痢弁当、しゃっくり定食、茶碗水虫……絶対大丈夫じゃないやつだ。
「っていうのは冗談で、味見ならこちらをどうぞ」
「え?」
「身体に悪いものは入ってませんから」
伊作に言われるがまま薬草粥を食べてみたら、確かにおいしかった。お腹が痛くなったりしゃっくりが出たりするようなこともない。これはいいアイディアかも。雑渡はよくストローで雑炊を飲んでいるから、たまにはこういうので味を変えたら飽きないんじゃないだろうか。
「陣左と尊奈門はここに残って保健委員の手伝いを」
突然の雑渡の指示にびっくりしたけど、指名された二人は驚く様子もなく従っていた。ただ、尊奈門はちょっと残念そうにしている。他の店を回りたかったのかもしれない。
「あ、じゃあ私も……」
食堂でいつも似たようなことをしているから、自分も手伝ったほうがいいかなという気持ちが半分。尊奈門がいなくなったら気まずいから困るという気持ちが半分。しかし尊奈門だけでなく高坂までもがぎょっとした顔で私のほうを見てくる。
「おまえ、遊びじゃないんだぞ」
と、尊奈門。
「……遊びにきたんじゃなかったの?」
「あ、いや……」
尊奈門は目を泳がせた。そういえば、仕事で来ているのだと言われたような気がする。聞いちゃいけないことだったのかもしれない。みんなが仕事をしているなら、わがままを言っている場合ではなかった。
「すみません。やっぱり私……
「いいんじゃない? ほら、君もエプロン貸してもらいなよ」
助け舟を出してくれたのは、私が避けていたはずの雑渡だった。多分、私が気まずい思いをしているのを察してくれていたんだろう。こういうところでも大人の余裕を実感するから、私だけが空回りしているのがよくわかった。
「ふふ、三人ともエプロンがよく似合うね。陣内もそう思わない?」
「……そうですね」
「じゃあ後は任せたよ。伊作くんと伏木蔵は借りていくね」
雑渡たちもいなくなり、食堂にはぱらぱらと人が訪れ始める。
忍者装束の上にエプロンを着け、子供たちと協力しながら店を回す二人を見ていると、なんだか微笑ましい気持ちになってきた。忍術学園とは仲が良くないと聞いていたから心配していたけど、これなら大丈夫そうだ。
私の視線に気づいたらしい尊奈門が、ムスッとした顔を向けてくる。
「何をニヤニヤしている」
「二人ともタソガレドキ城の食堂で働いたらいいのにと思って」
「馬鹿を言うな」
「絶対人気者になれるよー」
「ならなくていい」
「おい、二人とも喋っていないでこっちを手伝え!」
いつの間にか団体客が来ていたみたいで、オタマを片手に持った高坂に叱られてしまった。
「おまえのせいだからな」
尊奈門が小声で言う。
「ごめんってば」
それからしばらく忙しくしていたら、信じられないことが起こった。ここが忍術学園だというのはわかっていたつもりだ。だから当然、彼――土井先生がいたって何もおかしくはない。だけど私はすっかりそのことを忘れてしまっていたのだ。
しゃっくり定食を食べていた二人組と土井先生が戦いを始める。敵(状況はよくわからないけど、土井先生が味方だということにする)の投げた重しのようなもので、幸運食堂の屋根が崩壊した。
(あ……)
ここにいたら崩れた屋根の下敷きだ。危ないとわかっているのに身体が動かない。ぎゅっと目を瞑ると、ふわりと身体が浮いた。
恐る恐る目を開けてみたら、呆れたような顔をした尊奈門と目が合う。
「ありがとう……」
「おまえ、本当にどんくさいな」
尊奈門は少し離れたところに私を降ろして「ここでじっとしてろ」と言った。尊奈門と高坂は土井先生に加勢するみたいだ。彼らが忍者っぽく戦っているのを見るのは初めてかもしれない。言われた通りにじっと戦いの行く末を見守っていたら、敵は三人に敵わないと思ったのかあっさりと逃げていった。
「すみません、大丈夫でしたか?」
ギクッと身体が固まる。土井先生、私なんかの心配をしないで。私のことはいないものとして扱ってほしい。うわ、尊奈門がこっちを見てる。
私が何も言わなかったせいで土井先生は「どこか怪我させてしまいましたか?」と続けた。
「イエ……大丈夫です」
汗が酷い。自分でもなんでこんなになっているのか不思議だけど、大体は尊奈門のせいだと思う。
「顔色が悪いですね。新野先生に診てもらいましょうか」
「いや、あの……本当に大丈夫なんで」
「尊奈門くん、念のため彼女を医務室に連れて行くけどいいよね?」
お願いだから私の意見も聞いてほしい。しかも尊奈門も「わかった」って。尊奈門はアテにならないから高坂をじっと見て助けを求めたけど、普通にスルーされてしまった。