トリップしたけど昔アニメをちょっと見ただけでタソガレドキを知らない話19

 豆腐田楽をおいしそうに食べる彼女を見ながら、雑渡はふーっと深いため息をついた。
(なんでこんなに愛らしく見えるかな)
 ついさっきまで泣きそうにしていたのに、今は楽しそうにしている。名前を呼ばれて心臓が止まりそうになった。「連れて帰ってくれますか」と言われたときは、城ではなく自分の家に連れて帰りたいと思ったくらいだ。

 彼女を忍術学園に預けようとしたのは、彼女のためでもあり雑渡のためでもあった。自制が効かないのであれば、物理的に距離を離してしまえばいい。今後のことを考えるなら、どう考えても一緒にいるべきではなかった。嘘でも迷惑だと言えばよかったのに、とっさに否定してしまった。そんな雑渡の迷いを見抜かれていたのか、忍術学園側にも返事は保留とされる始末。それでいて彼女が「嫌」と言ったことにも安心しているのだから、もうどうしようもない。
(土井殿には見抜かれてしまったかな……)
 彼女が土井に会って恋でもすればこの気持ちにも踏ん切りがつけられると思っていたのに、実際二人が話している姿を見ると言いようのない気持ちが胸の中を渦巻いた。こういうことには淡泊なほうだと雑渡は自負していたが、どうもそうではなかったみたいだ。楽しそうにしている彼女を見ていたら、あれもこれもと買ってあげてしまいたくなる。奢りだとは言われたけれども、度が過ぎれば彼女は困惑するだろう。その姿を想像して、雑渡は口布の下でうっすら笑みを浮かべた。
「粉もんさん、あっちでお菓子が売ってるみたいですよ!」
「本当だねえ」
 くの一教室がやっている菓子屋には、饅頭や金平糖が並べられていた。どちらにしようか迷っている彼女を無視して両方とも買って渡すと、予想通り戸惑っていた。
「あの……さすがに二つは申し訳ないです……」
 さっきまでの威勢はどこへ行ったのやら。急に小さくなった彼女を見て、雑渡は意地悪をしたくなった。
「これはお詫びだから受け取ってよ」
「でも……」
「ほら、あっちでお茶が飲めるみたい。焼きたてボーロもあるって」
「あ、待って……」
 彼女は財布を出そうとしていたが、速さで雑渡に敵うはずがなかった。雑渡はさっさと茶屋の支払いを済ませ(本来なら最後に支払うことが多いが)席に座る。運ばれてきたお茶とボーロを渡すと、彼女は不服そうな顔をしながらもボーロを口に運んだ。サク、とおいしそうな音がする。
「おいしい?」
「おいしいです……」
「あとはお土産だっけ」
「お土産はさっき買ってもらった金平糖にします」
「それは君に買ったんだよ」
「私も後でみなさんと一緒にいただきますから」
「もう許してくれたの?」
「……まあ、」
 ぶっきらぼうに言う彼女の頭を撫でたくて仕方がなかった。この流れで櫛も渡してしまおうかと思ったが、懐に伸ばしかけた手をぴたりと止める。どう考えても文化祭で売っているような代物ではないのだ。それに彼女は今、何を渡しても遠慮するだろう。団子や菓子を断られるのとはワケが違う。雑渡は結局、櫛を取り出すことなく手を膝に着地させた。なんと情けないことだろう。からかって優位に立っているつもりが実際のところ全くそうではない。タソガレドキ忍軍の組頭という肩書きも、こうなっては台無しだ。
「雑渡さん、お茶熱いから気をつけてくださいね」
「……ん」
 考えごとをしたままの頭で空返事をする。そのせいで普通にアツアツの茶をストローで勢いよく吸ってしまい、思い切りむせた。
「あっつ!」
「ああもうだから言ったのに。大丈夫ですか?」
「うん……。ごめん」
「冷たい水をもらってきますね」
「……ありがとう」
 なんてザマだ。ここに部下がいなくてよかったと本気で思う。水をもらってきた彼女には口の中を火傷していないか心配されて、いいところがまるでない。

 茶屋を出て、そろそろ帰ろうかという話になる。山本たちには先に帰るように伝えて、不安そうな顔で見上げてくる彼女を抱き上げた。
「……すみません」
「ちゃんと連れて帰らないと怒られちゃうからね」
 彼女はぎゅっと装束を握ってきた。これがまた雑渡を狂わせる。本気で家に連れて帰りたくなる気持ちを抑えて、時には殿の顔を想像しながら帰り道を駆けて行く。
「疲れたなら寝ててもいいよ」
「どこに置いて行かれるかわからないので起きてます」
「……ごめんってば」
「冗談です。今日はありがとうございました」
「……土井殿と話してどうだった?」
 聞かなければいいのにと頭では思っている。彼女が土井に対して特別な感情を抱いていないのは見ていてわかった。だけど、どうしても胸の中のわだかまりが晴れないのだ。
 彼女はムッと眉を寄せて言った。
「どうもこうも……尊奈門さんが余計なこと言わないかヒヤヒヤしましたよ」
「初恋の話?」
「言わないとは思ってましたよさすがに。でも尊奈門さん、私が土井先生に話しかけられてるのに助けてくれなかったし……」
「普段は敵意むき出しなのにね~」
「そうなんですか?」
「事あるごとに勝負を挑んでるみたいだよ。わざわざ有休まで使ってね」
「あー……たまに装束を真っ白にして帰ってきますね」
「まあ目標があるのはいいことだよ」
「……意外とみなさん仲良くしてるんですね」
「仲が良いのかはわからないけど……」
「雑渡さんも保健委員さんにたびたびお世話になってるんですよね?」
「え、うん……。まあ」
 彼女は雑渡の胸に頭を預けて目を閉じた。寝ないと言っていたはずだけどやはり疲れていたのだろうか。よくわからないまま雑渡は帰り道を走り続けた。
 相手が本当に寝ているかどうかはある程度見分けがつく。だから彼女がいつまで経っても意識を手放さないのに雑渡は気づいていた。寝たふりをしているわけでもなさそうだ。顔にかかった髪を払ってやると、彼女はぱっちりと目を開き、それからすぐにまた閉じる。
(え、話しかけるなってこと……?)
 そんな疑惑が一瞬だけ浮かび、だがすぐに彼女の頬が赤くなっていることに気づく。
(このまま攫っていけたらいいのにね)
 雑渡は誰にも見られていないのをいいことに、じっと彼女の顔を眺めていた。

 タソガレドキ城に到着したときには辺りは薄暗くなっていた。彼女を部屋まで送り、身を清めたあと改めて彼女の元を訪れる。雑渡は当然のようにそうしたが、この日常を自身の手で壊そうとしていたことに間違いはなかった。
 いつものように薬を塗ってもらっている途中、雑渡は櫛をそっと差し出した。
「はい!」
 元気よく受け取る彼女に、はてと首を傾げる。
 彼女の性格からして、すんなり受け取ってくれるとは思っていなかった。受け取るにしたって礼を言わないような娘ではない。つまり何か勘違いが起きているということだ。
 その疑問はすぐに解決した。彼女は雑渡の短い髪にスッと櫛を通したのだ。
「え?」
「あ、すみません。痛かったですか? 地肌にあたらないよう気をつけていたつもりだったんですけど……」
「痛くはなかったよ。いや……いやいや違うって」
 雑渡は櫛を持つ彼女の手を握った。
「これは君への貢物」
「エッ」
 彼女は目をまん丸にした。いや普通にわかるだろ。雑渡は思ったが、言うのは我慢した。
「い……ただけませんこんな高そうなもの」
「薬を毎日塗ってもらってるお礼だと思って」
「私が好きでしているだけなので!」
(それはそれでとんでもないこと言ってるような気もするんだけど……)
 彼女が全く気づいていなさそうなので、雑渡は一度飲み込んだ。これ以上混乱させてしまっては、櫛を渡すどころの話ではなくなってしまう。
「でももう買っちゃったし。私が持ってても仕方ないでしょ?」
「忍者は女装をしますよね。そのとき使ったらいいんじゃないでしょうか」
「私はしないけど」
「え、しないんですか?」
「この身体で女装は無理があるでしょ」
「そんなことないと思います」
 また話が変な方向へ進んでいく。雑渡が女装するかなんてどうでもいいのだ。櫛を差し出した以上、また懐に戻すなんてことは避けたい。
「……すみません、ちょっと痛いです」
「え……あ、ごめんね」
 無意識のうちに力を入れすぎてしまったらしい。握っていた手をパッと離すと、彼女は櫛をまじまじと見つめた。
「君のために買ったんだから、貰ってよ」
「ありがとうございます。……でも、これ切りにしてくださいね」
「うん」
 雑渡としては全くこれ切りにするつもりなどなかったのだが、とりあえず頷いておく。彼女は両手で櫛を包みうつむいた。
「……すみません。迷惑みたいに言いましたけど、本当はすごく嬉しいです」
(えー、そんなこと言っちゃうんだ)
 これが演技だとしたら恐ろしい。
「おまえがくの一じゃなくてよかったよ」
 彼女は何もわかっていなさそうな顔で「ハイ」と頷いた。