トリップしたけど昔アニメをちょっと見ただけでタソガレドキを知らない話22

<諸泉尊奈門の場合>

 結婚することにした。雑渡が照れくさそうにしながら報告してきたとき、諸泉尊奈門は心の底から祝福した。おめでとうございますと言った。だが、それはそれとしてである。自分よりもおそらく年上の、それでいてあまりに世間に疎く能天気で危機感のまるでない妹のように思っていた女には、一言……いや二言くらいは言ってやらねば気が済まなかった。
「結局こうなるんじゃないか」
「雑渡さんの前ではおめでとうござますって言ってたのに」
「そりゃあ言うに決まってるだろ」
「私にも言ってよ」
「おめでとう」
「なんでちょっと悔しそうなの」
「悔しがってるんじゃない。呆れているんだ。大体はおまえが一人でうじうじ悩んでたからこんなにこじれたんだろう」
 尊奈門は女の気持ちを知っていたが、雑渡に伝えることはしなかった。というか、わざわざ自分が言わなくとも雑渡ならば気づいていると踏んでいたのだ。つまり雑渡がすぐにでも行動に出ればこんなに時間が掛かることはなかった。しかし尊奈門としては雑渡を責める気など全くない。「組頭は火傷のこともあって遠慮していらっしゃる。だからおまえが行け」尊奈門の思考はこれだった。雑渡には父親を救ってもらった恩があるから、少しでも火傷のことが関係しているときは雑渡の肩を持ちたくなる。いや火傷に関係なく尊奈門は雑渡びいきだ。いいから早くくっつけよ。まあ、土井半助よりも組頭を選んだところは評価してやるが。
 女は町で買ってきたという煎餅を差し出してきた。なぜ雑渡ではなく自分に物をやろうとするのか全く意味がわからなかった。女は迷惑を掛けた詫びだと言う。迷惑だとまでは思っていなかったと言えば、女はどんな顔をするだろう。
「ごめんね。なんか私がいろいろ話しちゃったせいで、尊奈門さん大変だったでしょ?」
「そうだな」
「でも、黙っててくれたよね。ありがとう」
「土井半助の話はしたけどな」
「それは仕方ないよ」
 土井半助が初恋だという話を報告したのは、単に彼女の素性に繋がるかもしれないと思ったからだった。だが尊奈門から見ても、雑渡はずっとそのことを意識していたように思う。忍術学園の文化祭に女を連れて行ったときは、それが顕著だった。
「ねえ、今から休憩にしない? お茶淹れるから、それ一緒に食べようよ」
「人に渡しといて、おまえも食べる気なのか……」
「だって食べたいし」
「まあ構わないけどな」
 女は嬉しそうに食堂のほうへ走って行った。

 女と二人で茶を啜りながら煎餅を食べていたら、雑渡が近づいてきた。尊奈門は慌てて立ち上がって「お疲れさまです」と言ったが、彼女は呑気に煎餅をパリッと鳴らしていた。
 尊奈門と女の間に雑渡が座る。雑渡にも煎餅を勧めれば、いつものように頭巾の隙間からバリバリと食べていた。
「あーもう、またそんな食べ方を!」
 雑渡はどこ吹く風といった様子で煎餅を完食した。そして持参した竹筒の茶を飲んでいる。
「おまえたちは仲がいいね」
「え……いえ、そこまで仲がいいというわけでは」
「ふーん」
 まさか、と尊奈門は思った。いいや勘違いだ。雑渡がこんなことで嫉妬するはずがない。
「尊奈門さんは話しやすくて」
「へ~?」
 おい女、余計なことを言うな。
「……あの、そろそろ私は仕事に戻ります」
 雑渡はにこりと笑って手を振ってきた。しかしどこか突き刺さるような視線だ。尊奈門は身震いしながら持ち場へと戻っていく。しかしこんな思いをしても、尊奈門は雑渡を悪く言うつもりはなかった。全く、あの女のせいで……。本来であれば組頭の妻となるのだから、先ほどのような態度は相応しくないのだろう。だが今のところ改める気などない。あれは尊奈門にとって、手のかかる妹なのだ。……もし雑渡が言うなら、少しは敬ってやってもいいが。

<山本陣内の場合>

「いやあ、ようやくですな」
 一仕事終えたかのように押都が言う。山本陣内は苦笑いをした。
 とはいえ、山本もようやく雑渡が決心してくれたことに安堵していた。雑渡は本気で一生独り身でいるつもりのようだったから、あの娘には感謝している。押都のやり方もかなり強引ではあったが、結果的にはよかったと言える。
 押都はまだ彼女の素性を明かすことを諦めていないようであった。だが、山本はそこまで心配していない。きっと調べたところで何も出てこないのだ。何かあったら雑渡が責任を取るとまで言っているのだから、事情があることは薄々察していた。いつかその話を聞くことになるかもしれないし、最後まで聞かないかもしれない。山本にとってはどちらでもよかった。
 雑渡には結婚するという報告をされたあと「苦労をかけたね」と言われた。身に余る言葉だった。小さいころからかわいがっていた存在。自分の不注意のせいで雑渡から父親を奪ってしまったという負い目。せめて心安らげる存在が現れてくれればと心から願っていた。しかし実際は、雑渡のあまりのポンコツ具合に頭が痛くなったことが何度もある。おまえ、女に対してそんなになったこと一度もなかっただろう。一体どうしてしまったんだ。さすがにいい年した男に色恋の助言をすることはしたくなかったが、見ていられなかった。それでも全く効果がなかったからこそ、雑渡の本気具合を感じたのだが。

「山本さん、おはようございます」
「ああ、おはよう。……いや失礼、おはようございます」
 山本が言い改めると、娘は目をまん丸にして首を傾げた。
「どうしたんですか急に」
「あなたは組頭の妻となるお方ですから」
「え……そんな、気にしないでください」
「そういうわけには参りません」
「……でも山本さん、たまに雑渡さんに親しげに話してますよね」
「それは昔の癖で……」
「ならいいじゃないですか。私は何も敬われるようなことはしていないんですから」
「……そうでもないさ」
 山本は雑渡からの視線を感じて屋根の上を見上げた。全く、タガが外れた途端にこれだ。そんなに心配するくらいなら、最初から素直になっていればいいものを……。
 雑渡から向けられた感情の重たさに彼女はまだ気づいていないようだ。まあ、気づいたところで問題はないだろう。
(将来、尻に敷かれていそうだな)
 山本は頭巾の下で、誰にもわからないように口元を緩めた。

<高坂陣内左衛門の場合>

 高坂陣内左衛門が後輩忍者の指導をしていたところ、尊奈門がげっそりとした顔で戻ってきた。
 どうしたのかと聞けば「組頭が」と返ってくる。あの娘と煎餅を食べていたら、睨まれたらしい。
 そりゃそうだろ、と高坂は思った。結婚すると決める前からあの人はああだった。それが正式に婚約することになって、遠慮しなくなったんだろう。
「高坂さんも気をつけたほうがいいですよ」
「私は元よりそうしている」
「え、そうなんですか?」
「まあ気をつけていてもどうしようもないときもあるがな」
 例えば忍術学園の文化祭のときのように。あのときは朝から大変だった。娘に集合時間を伝えていなかったというから、誰かが起こしに行かなければならない。高坂としてはそんな役目は御免だ。しかし雑渡も自分が行くとは言い出さない。どうせ行くことになるというのに。だから高坂は「自分が行く」と言ったのだ。そうすれば雑渡も動き出す。そして本当に高坂の狙い通りになった。
 しかし今度は雑渡がなかなか帰ってこない。尊奈門は「遅いですねえ」と呑気に言っていたが、高坂と山本は大体の事情を察していた。結局は三人で先に出発することになり、これで平穏に終わるかと思ったのだが……。
 極めつけは高坂や尊奈門と一緒に保健委員の模擬店を手伝うとあの娘が言い出したときだ。高坂はまず雑渡の顔色を伺った。あれはどう見ても堪えている。それなのに彼女の背中を押すようなことをするから、後から後悔することになるのだ。
 だが高坂はこの流れを以ってしても雑渡を悪く思うことはなかった。どうか幸せになってほしい。本当にそれだけだった。高坂は雑渡のことを人一倍慕っていると自負している。狼隊に入りたいからと親に勘当された自分を温かく受け入れてくれた。雑渡は高坂の憧れだ。好いた娘に対してああもなるのかと驚きはしたものの、新たな雑渡の一面を知れて嬉しいと思ったくらいだ。
 娘に全くの嫉妬がなかったかと言えば嘘になる。最初はタソガレドキを害する怪しいやつだと思っていた。だが彼女は自分にできることを一所懸命やっていたし、高坂が足を負傷したときは懸命に治療をしてくれた。認めないわけにもいくまい。
「あ、そういえば組頭から言われたんですけど、今度から交代で護衛をしてほしいということです」
「……まあ、そうなるだろうな」
 組頭の妻ともなれば、敵に狙われることだってある。一人で城を出ることは難しくなるだろう。しかしずっと城の中に閉じ込めるわけにもいかないから、外出の際は護衛が必要となる。別に驚くことはない。そしてその仕事が高坂に回ってくることも、当然予想できることだ。
「おい、おまえも覚悟しておけよ」
「え、何がです?」
「全く呑気なものだ」
 雑渡が護衛に嫉妬しているところを娘に咎められるのは、もう少し先の話になる。いついかなるときも雑渡の味方であった高坂であるが、このときばかりは心の中で娘を応援するのだった。