マッドΨエンティストを攻略せよ!10
だめ。やらかした。もう終わりかも……。
押してだめなら引いてみろ。楠雄くんに貰ったアドバイスを参考に、空助くんと別れてしまった。もちろん楠雄くんは悪くない。別れるという方法を選択したのは私だ。でも、ちょっとやりすぎちゃったかも……。せめて「少し距離を置きたい」とか、そのぐらいにしておけばよかったのに。
別れたということは、もう気軽に連絡をとらないということだ。これで空助くんのほうから連絡が来るとは思えない。でも私のほうからも身動きが取れない。もうさっさと謝って復縁してもらったほうがいい気がする。でも別れた次の日にそんなことしたら「引いてみた」意味がないし……。
それで肝心の空助くんの反応がどうだったのかと楠雄くんに聞いてみたら「こうかはばつぐんだった」って、ポケモンみたいなことを言われた。でも本当に効果抜群なら何かあってもよくない? と思うのだ。
ここはどうにかして偶然を装って空助くんに会いたいところだ。だけど空助くんはこの近くに住んでないって話だから、やっぱり会うなら斉木家に通わなければならないのかもしれない。
「ねえ楠雄くん、近々おばあちゃんたちに会いに行く予定はない?」
楠雄くんは静かに首を振った。……まあさすがにね、おばあちゃんちにまでついて行こうとは思ってなかったけど!
「やっぱり楠雄くんとマブになるしかないのかな」
今度は楠雄くん、反応すらしてくれなかった。こうなったら旅に出るか。楠雄くんを唸らせるコーヒーゼリー探しの旅に。
……というのは半分冗談だけど、実際この辺りのお店とか全然わからないから、今日は学校の近くを探索してみることにした。何か気がまぎれることをしていないと空助くんのことを考えてしまうというのもある。
授業が終わるとさっそく私は正門を出ていつもと反対方向に歩き始めた。よく考えてみたら照橋さんや夢原さんに声を掛ければよかったのかもしれないけど、今日のところは一人で行けるところまで行ってみよう。スマホがあれば迷子になることはないはずだ。
そしてさっそくフラグを回収するのが私だ。ここはどこ。
「ねえ君、迷子? 俺らが道案内してあげよっか?」
知らない制服の男子に話しかけられた。しかも二人組。せめて一人だったら普通に話せていたかもしれないけど、二人もいると何だか怖い。
しかし、「スマホを見る」「キョロキョロする」「交差点の標識をじっと見る」のトリプルコンボをかましていたため「迷子じゃない」とは言いづらかった。
「えっと……」
ああ、無視すればよかったかも。なんか話す感じになっちゃったし。これってナンパなのかな。いやでも学生ってナンパする? ただの冷やかし? ナンパなら空助くんにされたかったな……。
「この子に何か用かな?」
空助くんの声だった。ついに私のイマジナリー空助くんが喋ったのかと思ったけど、私を庇うように立ってくれているのは紛れもなく空助くんだ。
「あー……なんかこの子が道に迷ってたっぽくて?」
「そっか、ありがとう。目を離すとすぐ迷子になっちゃうから困ってたんだよね」
「あ、イエ。じゃあ俺らはこの辺で!」
二人組が逃げるように去って行く。空助くんはゆっくり振り向いてにこりと笑った。
「ごめんね、邪魔しちゃった?」
私は思い切り首を振った。あの人たちは悪い人じゃなかったのかもしれないけど、怖くてどうしていいのかわからなかったのだ。
「それにしてもこんなところで何してたの?」
「……コーヒーゼリーのおいしいお店を探しに」
「それって楠雄のため?」
「うん……」
まあ楠雄くんのためというよりは、空助くんと会うために楠雄くんに協力してもらいたかっただけなんだけど。本人を前に言うのは恥ずかしいからこう答えるしかない。
「やっぱり楠雄なんだ」
「え……?」
「わかるよ。僕みたいな凡人と違って楠雄はすごいからね」
「待って。別に私、空助くんから楠雄くんに乗り換えたわけじゃないよ?」
「隠さなくたっていいよ。全人類、楠雄に惹かれるのは当然のことなんだから」
「もう、話聞いてよ! 空助くんのバカ!」
「……僕が、バカ?」
……まずい、さすがに言いすぎちゃったかもしれない。しかもよりにもよって空助くんにバカって。空助くんがバカなら私は何? って感じだし。
もう空助くんの顔を見るのも恐ろしくなって、ただひたすら自分のつま先を眺める。空助くんの影がちょうど私の足を覆っていた。
「ごめん空助くん……。言い過ぎました……」
「……」
空助くんは何も言わなかった。少しは何か反応が欲しい。ゴミを見るような目で見下ろされていることも覚悟して、おそるおそる上を向いてみると……
「へ?」
空助くんが、真っ赤になっていたのである。
(これは夢……?)
いやまさか、そんなはずはない。あの空助くんが真っ赤になるなんて。だって私、バカって言ったんだよ? 怒って顔が赤くなることもあるとは思うけど、空助くんのはちょっと違う気がした。だけど照れているという感じでもない。
「空助くん、顔赤い……」
「……君って本当にどうしようもないね」
空助くんが歩き始めたので私も慌てて後を追う。もはやどっちが帰り道なのかもわからないけど、空助くんについて行けば大丈夫だろうという謎の自信があった。
「ごめんね、バカとか言って。全然そんな風に思ってないからね」
「僕にそんなこと言えるの、君と楠雄ぐらいだよ。まあ楠雄が言うならわかるんだけどね」
「本当にごめんね」
「別にいいよ、怒ってないから」
それから私の家に着くまで空助くんはずっと無言だった。私が話しかけなかったからというのもあると思うけど、やっぱり怒っている気がする。
にしても、空助くんはどうしてあんなところにいたんだろう。まさか私を探していたわけじゃないだろうし、だからってこの辺りは空助くんの生活圏内じゃないだろうし。
空助くんは急に振り向いて、私の頬をむにっとつまんだ。
「え、ど……うぇ?」
「なに言ってるか全然わかんないし」
(だって~~!)
空助くんは両手で私の頬をびよんと伸ばした。
「ハハッ。よく伸びるね」
これは何の時間? こういうのって親しい間柄の人とするものじゃないの?
空助くんは満足したのか手を離してくれた。
「空助くん距離感バグってるよ!」
「にしちゃ嬉しそうに見えたけど?」
「それはまあ、すごく……」
「じゃあいいよね」
「いいけど~……」
他の人にもこういうことをしているなら大問題だ。私は大体もうわかってしまっているからいいけど、空助くん初心者の人たちからすればこれは勘違いの元だ。
空助くんにつままれたところに触れてみると、じんと熱くなっている。痛かったわけじゃない。なのにこんなに熱いなんて。
「他の人にはしないでね……」
「うん、しないよ」
「なんか嘘っぽい」
「ひどいなあ」
「……それで、空助くんはあんなとこで何してたの?」
「君が迷子になってたみたいだから、連れ戻しに」
「え~! なんでわかったの?」
「位置情報で」
空助くんはさらっと恐ろしいことを言った。別に位置情報を把握されていても不都合があるわけじゃないんだけど、問題はどうして位置情報がわかるのかということだ。
「ごめんね。君のことが心配でつい……」
私はチョロいので、空助くんからこんな風に言われたら頷く以外の選択肢がない。本当に罪な男だ。
「それで君の部屋にちょっと上がらせてもらいたいんだけど」
「……へ?」
空助くんにはこれまで何度も驚かされてきた。だけど今回は、そんなレベルの話ではなかった。