マッドΨエンティストを攻略せよ!03
僕の名前は斉木楠雄。超能力者である。それで今、僕の部屋で土下座している彼女なんだが……
「楠雄くんお願~い! 空助くんに負けてくれない?」
ちなみに、いま僕が食べているコーヒーゼリーは彼女が買ってきたものだ。それとなくテレパシーを送って誘導させてもらった。最初から何か買ってくるつもりだったようだから、このくらいは許されるだろう。そしてこの家の場所を教えたのも僕だ。まあコーヒーゼリーを買ってきてくれたからな。……しかし、まさかこんなことになるとは。
僕に勝つ方法を教えるという条件で、彼女は空助と付き合い始めたらしい。全く、どうしてできない約束なんかしてしまうんだ。言っとくが、僕は他人の恋路を応援するなんてことは基本的にしない。アイツにわざと負けてやるっていうのも癪だ。しかし困ったな。こんなところを母さんに見られでもしたら……やれやれ。
まあ、空助に恋人ができて僕への興味が薄れてくれるなら願ってもないことだ。可能性は限りなく低い気もするが……。なんと言ってもアイツは人類に興味がないと公言しているくらいだ。テレパスキャンセラーのせいでアイツが彼女のことをどう思っているかはわからないが、一週間も猶予を与えたんだから、嫌いではないのだろう。……単に面白がってるだけな気がするな。彼女には悪いが、やはり僕は関わりたくない。
「こうなったら、私が一週間以内に楠雄くんを倒すしか……」
おい、どうしてそうなる。いや僕の弱点を見つけて空助に教えるつもりなんだろうが、勘弁してくれ。もし教室で彼女と勝負なんてしていたら、それはもう目立って仕方ない。僕は目立たず静かに暮らしていたいのだ。
「ねえ、楠雄くんは好みのタイプとかある?」
なんでこの流れで恋バナが始まるんだ。……もう空助のことしか考えてないな。僕は知らないぞ、アイツの好みなんて。みんな猿と同じにしか見えないとか、そういうことは言っていた気がするが。
「さっき楠雄くんのお母さんに聞いたんだけど、空助くんイギリスに留学してたんでしょ? あっちで彼女とかいたのかな……。むしろ現在進行形でいたりしないよね?」
知らないし、知りたくもない。もしいるなら君は二股されてるってことになるが、それはいいのか?
「もっと大人っぽくしたほうがいいのかな。楠雄くんはどう思う?」
――僕に聞くな。本人に聞けばいいだろ。
「さっき聞いたけど、人類に興味ないって。だから楠雄くんの好みを参考にしたいの! 兄弟だし似たような人が好きかもしれないでしょ?」
知らん。もう帰れ。ちょうどコーヒーゼリーを食べ終わったところだ。早く帰らないと家の人も心配するだろ。
「……あっ、お母さんからライン来てた!」
ほらな?
次の日、体育の授業で五十メートル走があった。憂鬱だが、なんとか僕は平均タイムに着地することができた。しかしそこに彼女がやってくる。
「楠雄くん、いつも幼稚園でかけっこぶっちぎり一番だったよね? どこか怪我でもしてるの?」
怪我はしてない。
……しまった。彼女は超能力を制限する前の僕のことしか知らないのだ。こんなことを言っていたら、来るぞアイツが。
「なんだって斉木君! 君はまだ本気を出してないんじゃないか?」
ほら来た。灰呂杵志。
「やっぱり君はテニス部に入部するべきだよ!」
いやそこは陸上部じゃないのか。どっちにしたって入部する気はないが。
「にしても君、本当かい? 斉木君が神童と呼ばれていたって!」
一言も言ってないだろ。
「そう! 楠雄くんはかけっこだけじゃなくてジャンケンも強かったんだよ!」
逆に恥ずかしいからやめてくれ。
「おいそこ! ふざけてないで真面目にやれ!」
松崎先生のおかげで助かったな。やれやれ。
しかしどうしたものか。彼女の記憶を消すにしても、期間が長すぎて無理だ。過去に戻って幼稚園児をやり直したところでバタフライ効果の影響が計り知れない。一番いいのは彼女に転校してもらうことだが……。
「まさか彼女を転校させようなんて思ってないよね? もしかして怖い? 僕に負けるのが」
なんでコイツが家にいるんだ。昨日も来てただろうが。暇か? 暇なのか? ……おい、僕のコーヒーゼリーを勝手に食べるな。
「恥ずかしいから昔の話はしないでって言えばいいんだよ。楠雄が言えないなら、僕から言っといてあげようか?」
急にまともなこと言い始めたな。まあ確かに空助の言うことも一理ある……が、なんかムカつく。
「ああそれで、なんで僕がここにいるかって話だよね。ほら一応彼女と付き合うってことになったからさ、放っておくのは酷いかなって」
どういうつもりだ? 僕に勝つ方法を彼女が知るわけないだろ。
「そうだね。別に本気にしちゃいないよ」
ならどうして……
「ま、それで勝てたらラッキーだし、何もないならあの子を改造でもすればいっかなって」
――は?
「僕はこの一週間でそこそこの恋人を演じる。そうしたら僕を騙したって罪悪感が沸くだろ?」
そこに付け込むつもりか。
「ご名答。人を改造するのは初めてだから楽しみだな~」
おい待て――
「おっと噂をすれば、彼女から連絡だ……『いま何してる?』って、ハァ……面倒だな」
既読スルーじゃないか。そこそこの恋人を演じるんじゃなかったのか。
「待って違うよ。このくらいでちょうどいいんだって」
何がだ。
「見ればわかるよ。もうすぐ来るから」
……視えた。すぐそこでインターホンを押す彼女の姿が。なんで今日もウチに来てるんだ。
「まあ僕がいるって言ったからね。呼んではないけど」
とか言いながら出迎えはしてやるのか。僕は退散したほうがいいのか? コイツがイチャついてるところなんて見たくないし、二人で僕を倒す作戦会議をするにしても僕は邪魔だろうからな。……いや、本当に放置していいのだろうか。一週間後、改造された彼女に会うのはごめんだ。
「あ、楠雄くん! お邪魔してます」
……やれやれ、考えているあいだに彼女が入ってきてしまったじゃないか。
「それで、楠雄を倒す方法は?」
いきなり本題か。
「えっと、それはまだ……」
「まさか嘘だったってわけじゃないよね?」
「そそそ、それはもちろん!」
とんでもない速度で目が泳いでるな。
「それじゃあ別の話をしよう。学校は楽しい?」
うわ……コイツこんなキザなところあるのか。別に見たくなかったな。兄が女性の頭を撫でているところなんて。というか僕の前でそういうことをするな。僕は普段から父さんや母さんで充分……いやちょっと待て。彼女、気絶してないか?
「ほらね。やりすぎるとこうなるんだよ。だからちょっと雑に扱うぐらいがちょうどいいんだって」
ほらね、じゃないだろ。どうするつもりだ。
「えー……どうしよう」
何も考えてないのかよ。
「とりあえず楠雄のベッド借りていい?」
そんな本格的に目覚めないのか? あと僕を巻き込むな。
「そんなことより楠雄、僕と勝負しようよ」
酷すぎるだろ。……あ、一応ソファに寝かせてあげているのか。僕は一言も勝負するなんて言ってないが、マリオカートは一人で遊ぶつもりなんだよな?
「楠雄が勝ったら、この子を改造するのはやめてあげるよ」
なんでそうなる。
「あ、それとおばあちゃんが近所の人に差し入れでケーキをもらったんだけど、僕が負けたら僕の分を楠雄にあげてもいいよ」
レース開始だ!