マッドΨエンティストを攻略せよ!08
僕の名前は斉木空助。超能力者の弟を持つこと以外はいたって普通の凡人だ。
今日もまた、あの子から電話がかかってきた。
学校で楠雄の制御装置を抜こうとしたが、だめだったらしい。それで今、斉木家に向かっているそうだ。しかし今日から二日、楠雄が海藤瞬の家に泊まることを僕は知っている。ついさっきママが嬉し泣きしながら報告してきたのだ。逃げたな楠雄。いつもなら進んで友達の家に泊まりに行ったりなんてしないのに。……まあそう来ると思ってたよ。どうせ夜になったら瞬間移動で部屋に戻って自分のベッドで寝るんだろうけどね。
「楠雄なら友達の家に泊まるから帰ってこないよ。しかも二泊だって」
「そんな……土日何もできないんだ……」
「もう諦めて別れる?」
「え……」
僕の提案に彼女は驚いているようだった。
「別れるの……?」
「だってそういう約束でしょ?」
「でも、」
「あれ? もしかして僕が絆されるとでも思った?」
ハッと息を呑む音が聞こえた。
「私のこと……好きになってくれたわけじゃ、なかったんだね」
「ごめんね。勘違いさせちゃったみたいで」
「ううん……。私が、勝手に勘違いしただけだから」
電話がプツリと切れた。だけど仕込んでおいた遠隔操作ウイルスのおかげであちらの音を拾うことはできる。てっきり泣いているのかと思ったけど、静かだ。
(あーあ。もう暇潰しも終わりかなあ)
ウイルスを削除しようとアプリを開いたタイミングで彼女からまた電話がかかってくる。
(……まあ、今はまだ彼氏だしね……出てあげるよ)
「ごめんね空助くん! いきなり電話切っちゃって!」
思いのほか元気なようだ。
「それで? まだ何かあった?」
「あのね、私たちが付き合い始めたのって月曜日の夕方だったよね?」
「ああ、うん。まあ……」
もう展開が読めてしまった。まだ諦めないのかこの子は。
「だからまだチャンスはあると思うの!」
「……そうだね」
ほら、僕の思った通り。電話の向こうでキャッキャと喜ぶ声が聞こえてくる。
「じゃあ月曜日! いい報告を待っててね!」
言いたいことは言ったとばかりに電話が切れる。まあ何にせよ、土日は静かに過ごせそうだ。今から楠雄が何回家に帰ってくるか、予想でもしようかな。楠雄に見せびらかす用のコーヒーゼリーも買っておこう。
土日は彼女からの連絡はなかった。何かあったと言えば、瞬間移動で帰ってきた楠雄と何度かすれ違ったことぐらいだ。
「楠雄。お泊り会、楽しんでる?」
テレパスキャンセラーのおかげで楠雄がなんて言ったかは聞こえないけど「帰れ」ってところかな。
「じゃあ帰るからおばあちゃんちに連れてってよ。さすがに飛行装置だと目立つからさ」
楠雄の視線が僕の手元のコーヒーゼリーに行く。
「わかってるよ。楠雄の分は冷蔵庫に入れてあるから」
と見せかけて、罠を仕掛けておいた。ママ以外が冷蔵庫を開けると爆発する仕組みだ。まあ楠雄のことだしこんな単純な罠に引っかかるとは思えないけど……あれ、すごい爆発音だ。でもさすが楠雄。服はボロボロになってるけどちゃんとコーヒーゼリーは死守してる。
「じゃあよろしくね、瞬間移動」
楠雄に睨まれながらも肩に手を置くと、一瞬でおじいちゃんの目の前にワープした。
「あれ? おじいちゃんびっくりして気絶しちゃった?」
楠雄は倒れたおじいちゃんを見下ろしながらコーヒーゼリーを食べている。
「気絶するところがそっくり? いや似てないでしょあの子には」
まあ、確かによく気絶はするけど。別にこんなツンデレでもないしね。むしろデレしかないよあの子は。
「何? 楠雄。テレパシー通じないんだから言ってくれなきゃわかんないよ」
三分のインターバルが終わる。楠雄は海藤瞬の家に戻ってしまった。
月曜日。彼女からの報告を待っていたら、ピースサインの絵文字だけが届く。だけど楠雄の制御装置や起爆スイッチが抜かれた気配はない。起爆スイッチはとっくに解除しているとはいえ、抜けたらわかるようにはしているのだ。
今日はインターホンもならずに玄関のドアが開いた。「空助くーん」と大きな声で呼ばれて出迎えに行くと、彼女が楠雄を引っ張るようにして連れてきている。そして彼女は満面の笑みで僕にチュッパチャップスを二本差し出した。
(ああ、そういうこと)
僕は一瞬ですべてを理解してしまった。
楠雄の頭にはちゃんと二つ、あるべきものがついている。だけど彼女は取った気でいるのだ。楠雄の催眠能力で。
彼女にはチュッパチャップスが楠雄の制御装置に見えているのだろう。そして僕はこれを指摘できない。なぜならこんな形で楠雄の超能力をばらすわけにはいかないからだ。ばらしてしまえば僕と楠雄の勝負に水を差してしまうことになる。楠雄は全部わかった上で彼女に催眠をかけたのだ。これで楠雄は彼女に付きまとわれることもなくなる。全部、楠雄の思い通りじゃないか!
「負けたよ……ふふっ、ふふふふ!」
ああ、催眠能力にはロンドンでもやられたのに! なんでまた同じ手に引っかかってしまったんだ! 楠雄、お前はやっぱり天才だよ!
「よかった空助くんとの約束が守れて。一週間ありがとう。楽しかったよ」
「え?」
「今日、楠雄くんのピンが取れても取れなくても、ちゃんと空助くんと別れなきゃって思ったの」
「なんで? 約束だし、別れなくていいけど……」
「ううん。好きでもない人と無理に付き合う必要ないよ。今まで私のワガママに付き合わせてごめんね」
「は……?」
彼女にこっと笑って行ってしまった。
「ねえ楠雄、どういうこと?」
楠雄が左手に提げているビニール袋には、コーヒーゼリーが二つ入っている。
「僕、振られた? 女の子に振られるなんて初めてなんだけど」
楠雄は靴を脱いで家の中に入っていく。
「おめでとうって酷くない? お兄ちゃんを売って食べるコーヒーゼリーはおいしい?」
そりゃおいしいか。この上なくおいしいだろうね。っていうか勝ったんだから、もうちょっと嬉しそうにしたら?
むずむずと、胸の奥がくすぶっている。この気持ちは何だ? 楠雄に負けたときの、いつもの感じとは少し違う……。
(ああもう、なんであの子はあんなにバカなんだろう。おとなしく僕と付き合っとけばいいのに……)
これはあの子にも負けたことになるのか? いや、僕は負けてないはず。楠雄の催眠で彼女が勝ったと思い込んでるだけだ……。
「え、うるさい? わかったよ。もう静かにするって」
『いやキャンセラーは外すな』