一途じゃなくて何が悪い!02
四ツ村が生きている。……これって神々廻が危ういのでは。殺連という組織を知っている人間なら、おそらく、簡単に想像できることだ。でも、四ツ村が生きていてよかった。こんな風に頭がぐちゃぐちゃになるから、離れたところにいたいのに。彼らが死んでしまったとして、その情報が入ってこない場所にいるなら死んでないのと同じだ。何も知らないまま平和に過ごしていたい。まあそんな願いも、南雲のせいで台無しになってしまったわけだが。
なまえは未だ、四ツ村をまともに見ることができずにいた。彼はどう思っているのだろう。どうして、南雲ばかりが喋っているのだろう。
「……さっき、神々廻が不法侵入してきたんです」
「え~、それは困るね」
「でしょう。ここで匿うのは、ちょっと無理があるというか……」
「どうしよっかなあ。四ツ村さんが生きてるって、知られちゃったしなー……」
南雲はテーブルに肘をついた。断ったら殺されてしまうのだろうか。しかしさっきまで神々廻がここにいたというのは紛れもない事実なのだ。
「ねえきみって再就職とか考えてるの?」
「まあ、いずれは……?」
「だよね~。働かないと食べていけないもんね~」
「そうですね……」
「でさあ、ここにあるんだよね。お金」
南雲はテーブルの上に札束をドンと置いた。おそらく百万……。金を払う気はあるらしい。無職になったばかりのなまえにとって、それは甘い誘惑となった。相手が四ツ村というのも、なまえを惑わせた。
「ほんとにちょっとの間だけでいいから、お願い~」
「でも、」
なまえが言いかけた瞬間、空気が変わった。突き刺すような冷たさを含んだ、これが本物の殺気というやつなのかもしれない。
なまえが気づいたときには、四ツ村の背中が目の前にあった。南雲から庇うように立ってくれている。またこれで、四ツ村にときめく理由が増えてしまった。
「脅しはしない約束だっただろう」
「僕まだ何もしてませんよ?」
四ツ村が振り返ってなまえを見る。
「悪いなあ、お前さんを巻き込むつもりはなかった」
ここでなまえの理性は崩壊した。
「あ、あの! 隣の部屋、空いてるんです! だからそのお金で契約して……一緒に住むのは無理ですけど、食事は毎日運びます!」
「そうなの? 僕はそれでもいいよ~」
「じゃあ管理会社に問い合わせしてみます!」
そこからはびっくりするくらいに話が速かった。鍵もすぐに渡してもらえることになって、明日の昼には部屋に入れるそうだ。よほど空き部屋が痛手になっていたのか、短期の契約でも構わないということだった。普通ならおかしいと思うのかもしれないが、今のなまえにはそんなことを考える余裕すらなかった。
……そしてもう一つ、問題がある。一晩だけ、四ツ村と同じ部屋で過ごさなければならない。
「あの、南雲さん」
部屋を出て行こうとする南雲の服をそっと掴む。四ツ村には聞こえないよう、小声で言った。
「二人だと緊張するので今日は南雲さんも泊まってくれませんか」
なまえにとっては死活問題だったが、南雲は大笑いだった。静かに、とジェスチャーしたけど南雲の笑いは止まらない。
「そんな心配しなくても、四ツ村さんが何かしてくるようなことはないと思うよ?」
「……それは、そうなんですけど」
自分で言っていて悲しくなる。同じ部屋で一夜共にしたって、何も間違いなんて起こらない。わかってはいたけど、初めて客観的な意見をぶつけられた気がした。
なまえが口を噤んでいたら、南雲がその顔を覗き込む。そのとき、ピンポーンと今一番聞きたくない音が鳴った。
どうしようかと慌てていたら、今度はスマホが鳴った。……これはもう間違いない。
なまえは無言でスマホの画面を南雲に見せた。神々廻という文字を見て、さすがに南雲も焦ったようだ。
玄関とスマホを交互に見る。南雲はスマホのほうを指差した。
「もしもし、どうしたの?」
「開けろや」
「なんで」
「メシ、買ってきたんやけど」
「えっ……」
「どうせ何も食べてへんのやろ」
「……食べてるし」
これ以上の時間稼ぎは無理な気がする。南雲に助けを求めようとしたら、あろうことか彼はドアを開けてしまった。
「は?」
そのときの神々廻は、なまえが見た中で一番恐ろしい顔をしていた。
「なんでお前がおんの」
「なんか退職したって聞いてさ~、大丈夫かなって心配になっちゃって」
「で?」
「付き合うことになったから、邪魔しないでもらえると嬉しいな~」
「……そうなん?」
じとりとした目がなまえに向けられる。違うと言いたかったけど、それが悲惨な結果を招くことはわかっていた。
なまえはこくりと頷いた。「あっそ」と神々廻が踵を返す。ドアが閉まると滝のように涙が流れてきた。
「えーと、僕のせいでこじれちゃった?」
「……はい」
ズズッと鼻を啜りながら答える。南雲はもう百万円用意すると言ってきた。
ここで「本当に付き合っちゃおうか」と言ってこないあたり、本当に腹が立つ。殺連の男は総じてクソだ。……嘘、四ツ村は何も悪くない。
「つぎ神々廻に会ったらもう別れたよって言っとくね」
「どうでもいいです」
「またまた強がっちゃって」
「……神々廻は一途じゃない女は嫌いみたいなんで」
「そんなことないと思うけどな~」
じゃあよろしくね。南雲は無責任に笑って出て行った。なまえはスマホを確認したが、着信も通知も来ていない。
なんとか涙を止めて部屋に戻ったのに、四ツ村の顔をみたらまた泣けてきた。どうしよう、とてつもなく気まずい。
なまえがぐずぐずと泣いていたら、四ツ村が上着を手渡してきた。そういえば、ヨレヨレのタンクトップしか着ていないのだった。誰も何も言ってこないから、なまえはすっかりそのことを忘れていた。
「四ツ村さん、再婚する気とかありませんか?」
「……お前さん、ヤケになるんじゃあないよ」
どうして男はこうなんだろう。四ツ村にはなまえが神々廻に一途であるように見えたらしい。全くそんなことなんてないのに。
例えばさっき、南雲が本気で付き合おうと言ってきたならなまえはそれを受け入れていた。今まで南雲のことはそこまで意識していなかったけれど、付き合ったら好きになるかもしれない。そう考えるのは悪いことではないはずなのに、これまで上手くいった試しはなかった。誰も彼も、なまえが誰かに一途であると勘違いしているのだ。