一途じゃなくて何が悪い!03

「なまえちゃんとは別れたよ」
「は?」
 もはやそれは困惑の声だった。南雲がなまえと付き合うことになったと言っていたのは、昨日の話なのだ。
「なんか思ってたのと違ってさ~。ぜーんぜん男慣れしてないし、つまんなくて」
 聞いてもいないのに、南雲はペラペラと喋る。そらそうやろ、と神々廻は心の中で思っていた。ずっと子持ちの既婚者に夢を見ていた女なのだ。これを昨日あの場で言っていたら、南雲の魔の手からは救ってやることができたのかもしれない。そういえばあのときのなまえは、あまり乗り気には見えなかった。思い返せば思い返すほど、不自然だった。何も言わずに帰ったのは間違いだったのだろうか。考えたところで、何もかも遅い。
「……お前がド変態やったんちゃうの」
「え~、神々廻ってばなに想像してるの?」
「何もしてへん。いちいち報告してくんなや、気色悪い」
「気になってたくせに」
 本当にこの男は、どこまでも人のことをおちょくるようなことばかり言ってくる。神々廻は南雲を無視して殺連のビルに入った。出張帰りということもあって、片づけなければならない書類があるのだ。
 書類に向かっている間、神々廻は何度かスマホの画面になまえの連絡先を表示した。せっかく彼氏ができて浮かれていたところをこっ酷くフラれて落ち込んでいるかもしれない。かわいそうだと思わなくもないが……。
(そんなん自業自得やろ。男なら誰でもいいみたいな顔しよって)
 結局、この日神々廻がなまえに連絡することはなかった。

「なまえちゃんとはうまく行ってる?」
 南雲がそんなことを言ってきたのは、あれからちょうど一カ月が過ぎたころだった。
「はあ?」
「あれ? もしかして付き合ってない?」
「なんでそうなんの」
「ええ~!」
 腹立つことには間違いないのだが、ここまでの反応をされると何かあるのかと勘ぐりたくもなってしまう。南雲とは今まで一度も女の話で盛り上がるようなことはなかったのだ。
「えーっと……たぶん今も一人でさみしく引きこもってると思うけど?」
「えらい心配するやん」
「いやあ、心配っていうか……」
 珍しく歯切れが悪い。しかし南雲がこれ以上口を開くことはなかった。まあ、神々廻が問い詰めたらまた違っていたのかもしれない。だがそこまで神々廻はみっともなくなれなかったのである。

(あー……クソ)
 神々廻は頭をガシガシと掻きむしった。南雲が意味深なことを言うから来てしまったのだ。
 なまえの住むマンションはあのときと変わらず静かだった。なんだか踊らされているような気がしなくもない。神々廻は人知れずため息をついた。
 一応の言い訳として、コンビニ弁当がある。そうしてあのときは、一人で二人分食べる羽目になったのだった。思い出しただけではらわたが煮えくり返りそうになった。
 インターホンを押しても応答はなかった。以前のように電話を掛けたらよかったのだろうが、スマホを持つ手が緊張している。もしなまえが出たとして、何を言う。そのために弁当を買ってきたわけなのだが、これが最善ではないと頭では理解していた。
(は、アホらし……)
 なぜか神々廻は四ツ村の言葉を思い出していた。
――欠点まで愛しいと思える奴に出会っちまったら男は負けよ。
 ただのおっさんの惚気だと思っていたのに、今では痛いほどわかる。あっちこっちフラフラして、だらしなくて、既婚者に惚れた挙句、南雲には一日で飽きられた。そんな女がいいなんて、頭がおかしいに決まっている。
 神々廻がグズグズしていたら、ドアが開いた。まず、なまえが外に出られるような格好をしていたことに安心する。すぐにドアが開かなかったのは、もしかしたら着替えをしていたからなのかもしれない。……いや、まずはインターホンで話すやろ普通。
「付き合うて」
 なまえはぱっちり目を見開いて、それからドアを閉めた。
(は?)
 神々廻はヤケになってもう一度インターホンを押した。そろりとドアが開く。
「なんで閉めんの」
「……えっと」
「付き合うて言ってんのやけど」
「……どこに?」
「ボケんなや、好きや言うてんねん」