ポイズン・キス12

 ホワイトデーだからとポッキーをもらって食堂でお昼ご飯を奢ってもらった。そこまではよかったのだが、どうやら私の実家に興味を持ったらしい南雲から、色々と質問を受けている。店の名前、場所、一般人でも入れるのか、などなど。私もただの世間話と思って最初は普通に答えていたけど、ふと気づいた。もしかして、行くつもりなのでは。私の実家は殺連関東支部のわりと近くにあり、フローターとして呼び出しされる範囲も当然その辺りが多い。つまり、行こうと思えばわりと気軽に行ける場所なのだ。想像したら頭が痛くなってきた。
「ねえ南雲くん」
「んー?」
「バイトついでにちょっと行ってみよっかな、とか思ってたりする?」
「そうそう。挨拶しておこうと思って」
「あいさつ?」
 それは、付き合ってます的な……? 聞いてみたら南雲は笑顔で頷いた。気持ちはとても嬉しいんだけど、ちょっと気が早すぎやしないだろうか。だけどそんなこと言って温度差があるとも思われたくない。
 手土産は何がいいかなあなんて、南雲の中で行くことはほぼ決定したようだ。普通に入ったら薬屋にしか見えないような店だから、こっそり見るくらいなら構わないのだが。
「あ、お土産は毒入りのほうがいいかな?」
「いや……ってういうか、そうだよ!」
「え?」
 そう、毒である。百パーセントではないにせよ、おそらく南雲は毒を飲ませられることになる。私がいつも飲ませているようなかわいい毒の比にはならないほどの、猛毒を。……まあ、私も家族に彼氏を紹介するなんて初めてだから全部想像だけど。
「猛毒入りのお茶とか出されるかも。死んじゃうレベルの」
「挨拶に行っただけで殺されちゃうの?」
「対策すれば大丈夫!」
「そんな試験対策みたいに言う~?」
「一緒に頑張ろうよ」
「それはいいけどさ~……」
 あまり気が進まない様子の南雲に「おや」と思う。毒ならいつも喜んで飲んでくれるはずなのに、何か不満でもあるのだろうか。
「毒飲むの好きなんじゃなかったの?」
「え、なんでそんなことになってるの」
「だっていつも毒入りお菓子食べてくれるし、誕生日も毒でいいから欲しいって……」
「それは違うでしょ~」
「えっ」
「え~、わかんないの?」
「……私が作った毒だから?」
「ん~半分正解かなあ」
 実質、不正解のようなものじゃないか。私が作ったからって、自分で言って恥ずかしくなる。それじゃあもう半分は何。聞いても南雲は勿体ぶって教えてくれなかった。ただ、一応毒の特訓はするということに決まった。実家に行くのが延びたことに安心し、これから南雲がいろんな毒を飲んでくれるということにワクワクする。私は張り切ってたくさんの種類の毒を作った。自分で飲んでみるのもいいけど、やっぱり他の人に飲んでもらうほうが作り甲斐があるというものだ。

 特訓を始めて一カ月。私たちは無事に進級し、新たに後輩を迎えることになった。といっても、やっていることは去年とあまり変わらない。授業を受けて実習をこなして試験を受ける。その一日のサイクルの中に南雲に毒を飲ませるというのが増えただけだった。
 毒は南雲の様子を見ながら徐々に強くしている。万一のときのために解毒剤も準備はしているが、今のところそれを使うに至ったことはない。びっくりするくらい順調に南雲の毒耐性は強くなっていた。

「今日の強すぎじゃない……?」
 顔を青くした南雲が私の部屋の机にぐったりと伏せている。確かにちょっとやりすぎたかもしれない。
「ごめん。解毒剤飲む?」
「……」
 喋るのもつらいのだろうか。解毒剤のビンを手に南雲に近づく。このままでは飲ませられないから、顔を上げてもらおうと後ろから抱き起こそうとした。しかし体格の差のせいか、南雲はびくともしなかった。
 これは注射器で直接入れたほうがいいかもしれない。準備のため立ち上がろうとしたら、その腕をグイと引かれる。
「え……?」
 どういうわけか、南雲に押し倒されている。これは「キスより先」の続きなのだろうか。毎日ではないにせよ、南雲は私の部屋に来るたび何かしらの変化をつけて「そういうこと」をしてきた。耳は早々にギブアップして、その次は首。この前は服の上から胸を触られた。今日は何が来るのかと身構えていたが、今のところ何の感触も襲ってこない。毒のせいで思うように体が動かないのだろうか。
――カシャッ。
 南雲の手にある携帯を見て、私はギョッとした。
「消して!」
 手を伸ばしたが、携帯には届かなかった。南雲は私に馬乗りになったまま携帯をいじっている。
「……なんで写真撮ったの?」
「自覚してもらったほうがいいかなーと思って」
 南雲はそう言って、携帯の画面を見せてきた。私は反射で目をつぶった。そんなの見たくない。押し倒されてどんな顔してるかなんて、考えただけでも恐ろしい。
「見たくないの?」
「やだ、恥ずかしいよ」
「恥ずかしいって言ってもさあ、普段みんなに見られてるんだよ?」
「みんな……?」
 みんなってどういうことだろう。南雲にしか見られていないはずなのに。
「僕に対してだけだったらいいんだけど、他のヤツに毒持ったときもこんな感じだから心配なんだよね~」
 ちゅ、と頬にキスをされ、びっくりして目を開けてしまった。南雲はまだ携帯の画面をこちらに向けていて、そこにはうっとりと顔を赤らめる私が写っていた。
「毒盛ったときさあ、興奮してるでしょ」
「南雲くんに押し倒されてるからじゃ……」
「その前からだし、いつもこんな感じだよ~」
「うそ」
「嘘じゃないって。だから本当はきみが作った毒、全部僕が飲んじゃいたいんだけど……まあ無理だしできるだけ貰っとこうと思って」
 これがこの前言っていた「半分正解」のもう半分ということらしい。写真の私は……もう思い出すのもおぞましいけれど、かなり酷い顔をしていたと思う。
 南雲は私の上から退いて、床を這ってベッドに向かっている。すっかり元気になったのかと思いきや、まだ毒の効能がつらいらしい。しかし解毒剤はいらないそうだ。
「ベッド借りてもいい?」
「うん。……ねえ、さっきのって本当なんだよね?」
「信じられないなら外でも写真撮ろっか?」
「いや、いい……」
「やっぱり自覚ないんだね~」
「もう最悪……」
 ベッドに寝ころんだ南雲がアハハと他人事のように笑っている。
「とりあえず写真消して」
「え~」
 ブツブツ文句を言いながらも、最終的には消してくれるところが好きだったりする。……それはそれとして、これは何とかしなければならない問題だ。
「なんでみんな教えてくれなかったんだろ……」
「でも毒殺科の子って大体そうじゃない?」
 言われてみれば確かに、友達もそんな感じだ。毒を盛って思った通りの症状が見受けられるときゃあきゃあと喜んでいる。私はその中でも結構おとなしいほうだと思っていたのだが……。
「僕はその顔好きだけど、他の人には見せたくないな~」
「私だって見せたくないよ。できれば南雲くんにも……」
「でも毒作るのはやめないでしょ?」
「……うん」
「まあ、きみに変な虫がついたら僕が追い払ってあげるけど」
「ありがとう……。私も気をつけるようにする」
「僕の前では遠慮しなくていいからね~」
「もう絶対しないから」

 なんて宣言した翌日、表情を崩さないように力を入れていたら「すごい顔してるよ」と言われてしまった。でもこの前よりはマシなはず。しばらくはこれで行くと言ったら、南雲は不満そうな顔をした。
「んー、これは自覚してもらわないほうがよかったかな~……」
「そんなことない。教えてもらえてよかった。ありがと」
「どういたしまして~……。僕とそれ以外で切り替えてくれたら嬉しいんだけどな~?」
「そんな器用にできない」
「だよねえ。しばらくは様子見かな~……」