幼馴染未満03
クレープ屋でハイサヨナラかと思っていたら、意外なことに夏生くんは私を家まで送ってくれた。というのも、今日は実家に帰る予定だったらしい。送ってくれたというよりは、ただ家に帰っただけとも言う。
そしていざ私の前に着くと、急に寂しくなった。だって四年もまともに会話していないのだ。連絡してもいいとは言ってくれたけど、今日を逃したら次がいつになるかわからない。
「夏生くんの家、行ってもいい?」
「は~? なんでだよ」
「いちいちなんでとか言ってたら嫌われちゃうよ」
「説教うぜ~」
「……次いつになるかわかんないし」
「家族水入らずかもしんねーだろ」
「絶対嘘だと思うけど……そう言われたら引き下がるしかないやつ」
そんなに嫌ならはっきり嫌と言ってくれればいいものを。諦めて家の中に入ろうとすると、
「先に風呂入りてーから来るなら三十分後にして」
夏生くんがデレた。確かに言われてみると、あんな騒動があったしお風呂でさっぱりしてから行くのもいいかもしれない。
「じゃあ私も入っていこうかな。三十分よりちょっと遅くなるかも~」
「お前ほんと……」
夏生くんがジトリと目を伏せる。乱暴に髪をかき上げて、それがちょっとかっこよかった。たぶん私に何か言いたいことがあるのだろうけど、言われなきゃわからない。一向に続きを言う気配がないから、私は自分の家に入った。
お風呂に入って部屋着で夏生くんの家にお邪魔する。「勝手に上がっといて」というメッセージに気づいたのはついさっきのこと。久しぶりの夏生くんの家にドキドキしながら部屋に向かう。ドアは開きっぱなしだった。そして上半身裸の夏生くんと目が合う。
夏生くんは私を見るなりすぐにパーカーを頭から被った。
「あーもうそんな時間か」
なんていつもの調子で言うけど、夏生くんの体に無数の痛々しい傷があるのを私は見てしまった。
「怪我!」
「だから大したことねーって」
「……ごめんクレープとか誘っちゃって」
「話聞けって」
面倒くさそうに言いながら、夏生くんがベッドに座る。特にどうしろとも言われないから私はベッドを背もたれにして床に座った。
「薬塗ろうか?」
「処置はしたからいい」
「痛くないの?」
「そこまで」
夏生くんはこっちを見もしない。特に用事があって来たわけではないけれど、もうちょっと構ってくれてたっていいのに。
私はしばらくスマホと睨めっこな夏生くんを眺めていた。まあこれもこれで楽しいかもしれない。夏生くんはスマホを見ながらたまにニヤッと笑ったりする。昔から笑いのツボがちょっとおかしいのだ。
「……それ、楽しいか?」
五分も経ったところで夏生くんがちらりとこちらを見る。
「うん」
「何しに来たんだよ」
「うーん、お喋り?」
夏生くんはわざとらしくため息をついてスマホを置いた。
「JCCのこととか聞きたい」
「別にフツーだけどな」
「さっきの透明になるやつは? 夏生くんが作ったの?」
「まあ」
「私もやってみたい!」
夏生くんは無言で私を見下ろした。めちゃくちゃ嫌そうだが負けない。私は夏生くんが脱ぎ捨てたであろう上着を拾った。私の見立てによると、この上着に何か秘密がある。
何か言われる前に上着を羽織った。しかし何も起きない。
チャックを上げたり襟元にスイッチがないか探してみたり、思いつく限りの方法を試したけれど透明にはなれなかった。気づけば夏生くんがニヤニヤしながら私のことを見ている。さっきまで嫌そうな顔をしていたくせに性格が悪い。
「これどうしたらいいの?」
「さあ」
「実はもう透明になってるとか!」
「どうだろうな~」
「教えてくれないなら着たまま帰る」
「は?」
もちろん本気じゃない。フリで上着を着たまま部屋を出ようとすると、後ろから腕を掴まれる。くるっと体を反転させられて、夏生くんの手がチャックに伸びてくる。
「……」
「え?」
数センチだけ下ろされたチャックは、なぜか夏生くんの手によってかっちりと首元まで上げられた。何だ何だと思っている間に、カチッと音が鳴る。
もしやと思って自分の手を見てみた。……見えない!
「すご!」
嬉しくなって夏生くんの周りをちょろちょろと動いてみた。絶妙に目は合わないけど私がどのあたりにいるかは分かるみたいだ。
今なら勝てるかもしれない。調子に乗った私は夏生くんの脇腹にパンチをした。ヤバイ怪我人だ、と数秒遅れで思い出す。
「お前ほんとさ~……」
夏生くんの手が私を捕えようとしてくる。そんなに広くもない部屋で中途半端に私が逃げようとしたせいで、手が……胸に触れた。
ピクリと夏生くんの指先が強張る。まるで火傷でもしたいみたいにパッと手を引いて、何だか気まずそうな顔をしている。悪いことしちゃったなあと思いながら、私は透明スーツのチャックを下げた。
私が上着を返すと夏生くんはサッとそれを着て透明になってしまった。
「えっなんで」
「……」
「……いるよね? 夏生くん」
「お前これフローラル臭すげーんだけど」
「え……あー、お風呂上がりにクリーム塗ったからかな」
「……」
「ごめんって」
本当にそこにいるかもわからない相手に話しかけるというのはかなり不安になる。夏生くんは何も言わないどころかずっと透明のままだ。
「あ」
ベッドの上でスマホが浮いた。いるのがわかってちょっと安心。
「そういえば真冬くんは?」
「さあ。もうすぐJCCの編入試験だしどっかで訓練でもしてんじゃね?」
「ああ、」
優秀な真冬くんがなぜわざわざ編入試験なのかというと、それには理由がある。本試験前、真冬くんは夏生くんにインフルエンザを移されたのだ。夏生くんのいない家でしばらく恨み言を聞かされたのが懐かしい。
結局この日の夏生くんは最後まで透明のままだった。理由はよくわからない。ただ私がひたすら話しかけてたまに夏生くんが答えてくれるという謎の時間を気づけば三時間も過ごしていた。そろそろ暗くなってきたから帰るという私に夏生くんは「おー」と聞いているのかいないのかよくわからない返事をする。もちろん玄関まで見送りなんてものもなかった。
自分の家の前で夏生くんの部屋を見上げたら、不自然にカーテンが持ち上がっているのに気づいた。なんて素直じゃない見送り! 私が部屋に向かって手を振ると、カーテンは勢いよく閉められた。