幼馴染未満04
浮くクレープと聞いても最初はピンとこなかったけど、いざ実物を前にして思う。なんかこういうの見たことあるな、と。クレープを売っている人もどこか見覚えがあると思ったら、この前の怪しいバイト先にいた人だ。これはもう夏生くんで間違いない。透明人間からバナナホイップを受け取った私は近くのベンチに座って夏生くんにメッセージを送った。返事はすぐに来た。
「夏生くんでしょ」
「人違いじゃね」
本当に人違いならこんな返事来るはずないんだよなあ。とぼけるにしたって雑すぎる。
「こっち来るとき連絡してくれるって言ったのに」
「お前の記憶どうなってんの」
「何時に終わる? 今日も家に行っていい?」
すぐに既読はついたけど、今度は返事がこない。もう少しでクレープを食べ終わってしまいそうだ。
「お前さあ」
隣から突然聞こえてきた声にビクッと肩が跳ねる。透明人間の夏生くんはいつの間にか私の隣座っていたようだ。
「びっくりした……いいのこっち来て」
「いいって田中さんが」
夏生くんはこう行っているけど、一人取り残された田中さんは遠目にも困っているように見える。夏生くんと話せるのは嬉しいけど、これは早いとこ話を終わらせたほうがいいかもしれない。
「家行っちゃだめだった?」
「……」
てっきりこの話をしに来たのかと思っていたが、違ったのだろうか。夏生くんが今どんな顔をしているのかわからないのが不便だ。
「今日、俺しかいねーけど」
「うん」
「……襲われてもいいなら来れば」
「えっ」
「じゃ、そういうことだから」
「ちょ、ちょっと待って!」
夏生くんはすでに行ってしまったらしく、返事はない。……ちょっと一回冷静になろう。
聞き間違い……ではなかったと思う。襲うと、確かに夏生くんはそう言った。襲うって言っても殺人的な意味じゃないだろうし……え、夏生くんって私のこと好きだったの?
いやいや、そんなわけあるか。好きなら四年も無視しないだろ。……でも、この前久しぶりに会ったときに好きになったって可能性も無きにしも非ず。どうしよう、全く何もわからない。
もう少し簡単に考えてみよう。私が今日中に答えを出さないといけないのは夏生くんの家に行くか行かないか。夏生くんに襲われてもいいなら家に行く。たったこれだけの話だ。
ゆるくなったクリームがたらりと手をつたう。私は急いで残りのクレープを食べた。
ベンチにいると夏生くんに見られているような気がして落ち着かない。考えるのは家に帰ってからにしよう。
帰り道は散々だった。水たまりに足を突っ込むし、段差では転びそうになるし。考えないようにしても頭の中は夏生くんのことばかり。せめてあのとき夏生くんの表情が見えていればまだ考えようはあったのに。揶揄われているわけではないと思うけど、どういう気持ちで受け止めていいかもわからないのだ。そもそも襲うってなに。いきなりそんなこと言われたって、わかんないよ。
どうにかこうにか家にたどり着いて、最後の気力で着替えだけ済ませた。それからベッドの上で屍となった私は天井を見上げ、ただ時間だけが過ぎて行く。行くか行かないか。ベンチで考えていたときも、帰り道も、そして今も、ずっと頭の中で「無理」という単語がグルグル回っている。
夏生くんのことは好きだけど、それはあくまで幼馴染としての感情だ。私のこういうところがだめなのかもしれないけど、夏生くんと付き合えるかということより、今後気まずくならないかという心配をしていた。
……だというのに私は、夏生くんに連絡すら入れず一夜明かしてしまった。馬鹿だ、大馬鹿。次にどういう顔して会えと。
「付き合ってみれば?」
このまま一人で考えていてもどうしようもないなと思って、高校の友達に相談することにした。そしてこのお言葉。あまりにあっさりと言われて私も拍子抜けだが、向こうからしたら何をそんなに悩んでいるのか不思議でならないらしい。
「でも、いきなり襲うって……いろんな段階飛ばしてない?」
「それ段階踏んでほしかったってことなんじゃないの?」
「え……そうなのかな。今まで幼馴染としか思ってなかったから、よくわかんなくて」
「じゃあそのナツキくんが他の女と付き合っても平気?」
「それは……」
嫌かもしれない。想像したら胸が苦しくなった。でもこれは幼馴染としての独占欲もあると思う。
「お、揺れてる?」
「んー……」
「顔赤いよ。いいじゃん素直になれば」
べつに意地を張っているわけではないのだ。だけどどんなに言ってもハイハイとわかったような返事しか返ってこない。ちょうど予鈴が鳴ったせいで会話はそこで中断された。
「あの、キャラメルブラウニーを一つお願いします」
あれから二週間。ズルズル悩み抜いた私はようやく夏生くんと話す決心をした。学校帰り、駅前の本屋で時間を潰したりなんかして、閉店間際のクレープ屋で注文をする。いつものように田中さんにお金を払って、透明人間の夏生くんからクレープを手渡しされた。
どうしてこんなにドキドキしているんだろう。やっぱり友達のこと言っていたことが正しかったのだろうか。今まで夏生くんを前にしたってこんな風にはならなかった。今、夏生くんの目に自分がどう映っているのかすごく気になる。考えれば考えるほど、顔に熱が集まってきた。
「……夏生くん」
田中さんがギョッと目を見開いて、視線を隣に向ける。
「今日、一緒帰ろ」
たぶん二、三秒はその場にいた。けれどどうしても耐えられなくなって、この前と同じベンチに向かう。今日はメッセージも送らないし、隣に夏生くんが座ってくることもなかった。そうして私がクレープを食べ終わるころには、むこうも片づけを始めていた。さすがに機材が浮いていたらまずいのか、夏生くんはすでに透明ではなくなっている。田中さんがチラチラとこちらを見てくるのに対して、一度も夏生くんは私のほうを向いてくれなかった。