打倒・勢羽夏生03

 勢羽夏生にお昼をせびられるようになって二日目。ステーキ定食を食べる勢羽の隣でなまえは塩にぎりを咀嚼していた。寮の朝食のご飯の余りをわけてもらっておにぎりにしたのだ。本当に全くお金がない……というわけではなく、こうでもすれば勢羽が明日からは遠慮してくれるのではないかと考えたのである。
 しかし勢羽は「ダイエットでもしてんのか」というデリカシーゼロ発言を繰り出す。節約だと言っても、「節約するより稼いだほうが効率的じゃね」と、申し訳ないという気持ちを一切出してこない。
「つーかたまに治験のバイトやってんだろ。金ねーわけないんだよな~」
 げえ、全部バレてるし。っていうかなんで知ってんのよ。
 なまえは確かにちょくちょく毒殺科のお世話になっているが(金銭的な意味で)それを研究室の人間に教えたことは一度もなかった。
「で……これいつまで続くの?」
 こうなったら女子のあざとさってやつで勝負してやる。不安そうな表情で上目づかいをしてみたが、勢羽には冷めた視線を向けられた。……おのれ武器オタク。急に恥ずかしくなってきたので、なまえは勢羽から目を逸らした。

 お昼だけに飽き足らず、なまえは未だ勢羽の実験にも付き合わされていた。怪我が治ったんだからいいだろとでも言うように、勢羽は危険な品ばかりよこしてくる。
 今日はダンシングナイフ(三本の刃が勝手に動き出して指が切れそうになった)、レーザーゴーグル(目から200度のビームが発射されるけどめちゃくちゃ眩しい)、追跡機能付きハンドガン(獲物を追わず、なまえのほうに弾が飛んでくる失敗品)と、散々だった。
「じゃあ今日は次で最後な」
 飴玉くらいの大きさの白っぽい物体を渡される。ころんとしていて落したらどこかへ転がっていってしまいそうだ。
「……なにこれ、爆弾?」
「殺傷能力はないけど中に蓄電させてある。痺れて立てなくなるかもしんねーから使うのは寝転んでからな」
「……え、私が電流くらうの?」
「他に誰がいんだよ」
「一人しかいないでしょ」
 なまえは勢羽に向かって電気爆弾を放り投げた。避けようと思えば避けられる速度にしたのだが、もったいない精神なのか好奇心が勝ったのか、勢羽は真正面から被弾していた。バチバチバチッとかなり痛そうな音がしている。そして、勢羽はどさりと床に倒れこんだ。
「大丈夫?」
 声を掛けても返事はない。なまえは勢羽を仰向けにして、頬を軽く叩いた。
(え……もしかしてヤバイ?)
 脈を図るために首筋に触れる。よかった、生きてはいるようだ。
 なまえが手を離そうとしたところで急に勢羽が目を開く。なまえは勢いよく手を引っ込めた。
「……クソ、飛んでた」
 ぐしゃぐしゃと頭を掻きむしりながら勢羽が起き上がる。ちょっと悪いことをしたような気もするが、そもそもこれを他人で実験しようとしていた勢羽が一番悪いのだ。
「立てる?」
「お前のせいだからな……」
 立ちあがろうとした勢羽の膝がガクッと折れる。咄嗟になまえは彼を抱きとめてしまった。
「歩けねー。寮まで運んでくれよ」
「台車持ってこようか?」
「やっぱいい」
「……っていうか」
 どうすればいいんだ、これ。なまえの力では勢羽を持ち上げることはできない。傍から見たらただ抱き合ってるだけのように見えるだろう。
 勢羽は忘れているのかもしれないが、これでも男と女だ。しかも部屋に二人きり。それなのに何かが起こるような気配は一切感じられなかった。
 勢羽の上着からは今日も焦げたようなにおいがした。それに今日は金属の風味も混じっている。決していい香りとは言えないけれど、工房にいるみたいで落ち着く。鼻先を押し付けようとしたら、勢羽が身を引いた。
「……おい、また嗅いでんだろ」
「な、何の話」
「バレバレなんだよ」
「自分で立たないのが悪い」
「立ってんだろ」
「……」
 もうさっきのことは忘れてしまったらしい。勢羽はしゃあしゃあと試作品を片付け始めた。
「ねえ、たまには私の実験にも付き合ってよ」
「無理。お前が作ったやつ殺意高すぎて危ねーし」
「殺しの道具なんだからいいじゃん」
「ま、そーだな」
「……勢羽はこだわりとかあるの?」
「あー……別にこだわってるとかは」
「なんで透明スーツ作ろうって思ったの?」
「……楽してーから?」
「らく……?」
 あのヨツムラ賞を取った透明スーツがそんな理由で? なんか意外だ。
 だけど、そういう視点も重要なのかもしれない。殺傷能力に重きを置いた武器じゃなくたって、使いようによっては便利な殺しの道具となる。透明スーツは殺すための道具じゃないけれど、使えばターゲットに気づかれず楽に殺せると勢羽は考えたのだろう。なんていうか……
(悔しい……)
 またしても格の違いを実感させられてしまった。勢羽のように柔軟な発想ができていたら、なまえにも違うものが作れていたのだろうか。
 立ち尽くすなまえの前にダンボールが差し出される。……まさか持てと?
「さっきの痺れのせいで途中で落としそうなんだよなー」
 おのれ勢羽夏生。本当なのかどうか怪しいが、言い返すのも面倒だったのでおとなしく引き受けた。別に重くはなかったけれど、思ったより箱が大きくて腕が下まで回らない。指が滑ってこれじゃ本当に落としてしまいそうだ。
「……治ったわ」
 試作品の危機を感じたらしく、勢羽はダンボールをなまえから取り上げた。やっぱりさっきのは嘘だったのだ。腹が立ったので前に立って進路妨害してやった。
「うぜ~」
 勢羽が肘で押しのけてくる。もしかしてこうやってウザ絡みを続けていれば、もう手伝わなくていいという話になったりするのでは。
(いや……ダメージのほうが大きすぎる)
 どう考えても先輩たちに揶揄われる未来しか思い浮かばない。それに勢羽のことだから、もっとひどい仕打ちをしてくるようになるかも……。
 考えているうちに勢羽との距離はずいぶん遠くなってしまった。このままお別れしたいところだが、残念ながらなまえも工房に用事があるのだ。

 工房に戻ると勢羽はさっそく電気爆弾をいじり始めていた。気になってチラチラと見ていたら、ロクに作業が進まないまま時間だけが過ぎていく。
――いけない、集中しなきゃ。
 そう思ったところでバチバチバチッと聞き覚えのある音が響いた。さっき実験していたときよりも大きな音だ。
「大丈夫?」
 勢羽の丸まった背中に呼びかける。ピクッと肩が動いたりしているから、多分あんまり大丈夫じゃなさそうだ。
 さすがに放置するわけにもいかず、なまえは勢羽に近づいた。クセのある髪の毛が静電気で逆立っている。指先で触れるとピリッとした痛みが走った。
「起きてー」
 肩を揺さぶると頭がガクガクと前後する。彼は完全に気を失っていた。
「……もう」
 勢羽の頭からシールドを外してやる。よく見ると前髪の一部が焦げていた。……まあ、見てるだけで鬱陶しい長さだったからちょうどいいんじゃないだろうか。
 このままだと倒れそうで危ない。床に寝かせてやろうと、なまえは勢羽の脇に腕を差し込んだ。ずるずると椅子から引きずり下ろして、あともう少しというところだった。
「……あっ」
 なまえは背中を床に打ち付けた。そしてその上に気を失った勢羽夏生が。背中も痛かったけれど、彼の頭が勢いよく胸に直撃してこちらも結構な痛さだった。
 勢羽もそれなりに痛みを感じたのか、意識が戻ったみたいだった。しかしこの状況が理解できなかったらしく「は?」と目を見開いている。
「ちが……ちがうから!」
 床に寝かせてあげようとしていただけだ。変な誤解をされてはたまらない。今の状況だとまるでなまえが勢羽によからぬことを企んでいたかのようにも見えてしまう。慌てたら一層怪しまれるかもしれない。だけど、押し倒されているような体勢で落ち着いてもいられなかった。
 勢羽が静かに身を引いて、なまえも起き上がった。どうしよう、顔が熱い。なまえはじっと自分の膝を見つめていた。
「……お前って前からそんなんだっけ」
「え、どういう意味?」
「いや、なんつーか……」
 勢羽はたっぷり時間を置いたあと、視線を逸らして「やっぱいい」と言った。
「……そういえば前髪焦げてるよ」
「まじ?」
 指で触ってチリチリになった髪を確認した勢羽は顔を歪めた。
「切ってあげようか?」
「いや怖えーし自分でやる」
 そう言って工具用のハサミを手にする勢羽に、なまえはスマホのインカメラを向けた。ジョキッと豪快な音がする。
「……ふふ」
「何だよ」
 笑っちゃいけないけど、パッツン気味になった勢羽はとてもかわいらしかった。
「似合ってるよ」
「笑ってんじゃねーか」
「だって顔にいっぱいついてるから」
「あー……」
 勢羽は雑に髪を払った。しかしそれでもまだついている。なまえが残りを取ってやろうと手を伸ばしたら、勢羽は急に後ずさった。後ろに椅子があったせいで腰を打ち付けていて痛そうだ。そんなに顔を触られるのが嫌だったのか?
「ごめん」
「……いや、」
 なんか怪しい。でも確かにちょっと近すぎたかなという自覚はあったので、ここは静かにしておいた。
 校内放送が流れて、もう帰らなければならない時間だったことに気づく。
 二人で工房を出ると、ちょうど見回りの校務員のおじいさんと出くわした。
「二人とも遅くまで頑張っとるねえ。窓が閉まってるか確認するから鍵はそのままでいいよ」
「……っす」
「ありがとうございます」
 ついでに鍵も返しておいてくれるということだったので、お言葉に甘えて二人はそのまま寮に帰ることにした。
「じゃあまたね~」
「おー」
 手を振って、ハッと気づく。いやいや何を親しげに挨拶してるんだ。勢羽夏生は倒すべき相手であり、決して友達なんかじゃない。控えめに言ってもただの同期である。
 なまえは勢羽に向けて振った手を胸元でぎゅっと握り締めた。何かがおかしい。勢羽と一緒にいて楽しいなんて、絶対あるはずないのに。