打倒・勢羽夏生04
勢羽夏生の姿が見当たらない。朝イチ工房で見かけなかったときは実験でもしているのかなと思ったが、丸一日会わないとは何事だ。
ともあれ、なまえとしては平和そのものだった。お昼は静かに食べられるし(奢らされるのは一週間で終わったけど、なぜか今も一緒に食べている)、危険な実験にも付き合わなくて済む。しかしどこか物足りないような……。次の日も勢羽のいない工房を目の当たりにしたなまえは、先輩に事情を聞いてみることにした。
「勢羽は風邪でも引いてるんですか?」
「いや、なんか短期バイトがどうこうって言ってた気がするけど」
「そうなんですね」
バイトは申請して許可証をもらえば誰でもできることになっている。研究生はとくに授業が少ないから、数日くらいバイト漬けになったとしても問題はないのだ。
(これはチャンスなのでは!?)
勢羽がバイトにうつつを抜かしている間に、何かすごいものが作れるかもしれない。なまえは意気揚々とドライバーを手にした。しかし二日後……。
「あの、勢羽がいつ帰ってくるか聞いてますか?」
なまえの問いに、先輩はうっすらと笑みを浮かべた。
「な、なんですか!」
「いや~最近ナツキと仲いいよな~」
「そんなことないです! めっちゃムカついてます!」
「誰がムカつくって?」
(げ)
振り向くと、やはりそこには勢羽夏生が立っていた。もうちょっとゆっくりして来てくれてもよかったのに。
「ナツキ~お前バイトのことなまえにも話しとけよ。風邪でも引いてんのかって心配してたぞ?」
「へ~」
ニヤッと笑った勢羽に、無性に腹が立った。「心配はしてないけど」ちゃんと訂正もしておく。
いつもの定位置に向かう勢羽の動きがどことなくおかしかった。動き……というか姿勢だろうか。
「勢羽、上着脱いで」
「は?」
なまえの発言に驚いたのは勢羽だけではなかった。ざわざわしていた周りが一斉に静かになって、なまえはハッとする。
(ヤバ、変な言い方しちゃった)
「……いや変な意味じゃなくて、怪我してるのかなって思って」
「あー……まあ、そうだけど。なんでわかんの?」
「え、だっていつもより肩が浮いてる」
「怖え~」
「なんで! 先輩たちも気づいてましたよね?」
「まあ、そういうことにしておくか」
先輩が意味深な笑みを浮かべながら、うんうんと頷く。なまえはなんだか恥ずかしくなった。これじゃあずっと勢羽に注目していたみたいじゃないか。
「怪我してるなら無理せず休んでたほうがいいんじゃない?」
「そんな大した怪我じゃねーよ」
「……そう」
「……今日は軽い作業しかするつもりねーし」
そこまで言うならもうなまえに口を出せることはなかった。しかしどうしても気になってしまう。一時間もすればなまえは勢羽の背後に立って「今度は何作るの?」と、彼の図面を覗き込むのだった。
「脳波遮断フード」
「え……? 何のために?」
「心読んでくるやつがいた」
にわかには信じ難いが、勢羽の様子を見る限り本当なのだろう。しかしそこですぐに対策しようとする勢羽も勢羽だ。そんな敵、滅多にいないだろうに。
だがその脳波遮断フードというのには、なまえも興味があった。
「それ完成したら私も試していい?」
「……いいけど何に?」
「これ……昨日作った超音波銃。防がれちゃうかなって思って」
「射程は?」
「発射口から九十度に広がって、距離は五メートルくらい」
いつもと視点を変えて、射撃がヘタクソな人でも使えるように作ってみたものだ。逆に言えば無差別攻撃してしまうという弱点があるから、対策として何かできないかと考えていたところだった。
「当たっても死にはしねーんだよな?」
「うん。立てなくなるくらいかな。もっと離れてると軽く頭痛がする程度」
「へー。結構よさげ」
「……え」
勢羽夏生に褒められてしまった。……いやいや、何を喜んでいるんだ。コイツは倒すべき相手であり、切磋琢磨するような仲間ではない。
「けどそれならフードよりノイキャンじゃね?」
「のいきゃん?」
「ノイズキャンセリング」
勢羽はそう言って、首にかけていたヘッドホンをなまえに装着した。そして彼はなまえから銃を奪って容赦なくトリガーを引く。
ハッとなまえは身構えたけれど、予想していた衝撃は訪れなかった。それこそ軽く頭痛がする程度で、しかしヘッドホンをずらせば背後から先輩の悲鳴が聞こえる。先輩は頭を抱えて背中を丸めていた。
「あ、すんません」
勢羽からは絶対に見えていただろうに、この態度だ。
「お前らイチャつくなら外でやれ!」
「イチャついてません!」
「あーうるせー! 頭ガンガンするんだよ!」
先輩がわりとガチギレしていたので、なまえと勢羽は工房から逃げるように脱出した。
なまえはチラチラと後ろを気にしていた。先輩を怒らせるのは勢羽にとってよくあることなのかもしれないが、なまえとっては恐ろしい行為だったのだ。
「これすげーな」
勢羽はそんななまえを気にすることなく超音波銃を見ている。いろんなところを触っていて、このままじゃ分解されてしまうかもしれない。
「返して」
「ん」
勢羽は銃を渡し、その手でなまえの首からヘッドホンを取った。それがまた勢羽の首に掛けられて妙に恥ずかしい。
イチャつくなと言われてしまったわけだが、勢羽は何とも思わなかったのだろうか。そういうところがまた腹立たしい。何を考えているのか全然わからない。まだ男同然だと思われているのだろうか。
なまえはブンブンと首を振った。これじゃまるで女として意識してほしいと思っているみたいじゃないか。
「……お昼奢って」
「はあ? なんでだよ」
「バイト行ってたんだからお金あるでしょ」
「老後の金にするから無理」
「けち」
勢羽は大きなため息をついた。
「……今日だけな」
「えっ」
「何だよ。いらねーのか?」
「……いる」
勢羽の貴重な老後の資金で醤油ラーメンを食べていたら、さっきの先輩が遅れてやってきた。怒られるかと思ってビクビクしていたのだが、先輩は「お前らマジ何なわけ?」と、むしろ呆れ顔だった。そんなのこっちが聞きたい。
「さあ、何なんすかね~」
勢羽が答えを言ってくれたらいいのに。はぐらかす彼を見ながら、そう思った。