打倒・勢羽夏生05
おのれ勢羽夏生。神聖な工房に部外者を連れ込むとは言語道断!
「あの人誰ですか?」
なまえは勢羽と話している金髪の男に視線を向けつつ先輩に尋ねた。
「暗殺科の編入性らしいぜ。えーと確かシン……だっけ?」
「……なんでいるんですかね?」
「さあ……。なんかナツキと一緒に入ってきたんだよな」
「そうなんですね」
見たところ勢羽とは親しそうだ。何を話しているのか気になるが、話に入っていく勇気はない。なまえはおとなしく自分の作業スペースでネジを回しながら聞き耳を立てた。武器科以外の男子とはどうやって話せばいいのかわからないのだ。
二人の会話から辛うじて聞き取れたのはデータバンクという単語だった。
データバンクにはJCC自体の情報や、これまでの全学生の詳細な記録が保管されている。JCCに在籍していれば誰しも一度は聞いたことのある噂だ。しかしこれまでデータバンクをみたという人間は一人もいない。所詮は都市伝説レベルの話だった。勢羽がそんなものを本気で探しているとは思えないが……。
しばらくすると二人は工房を出ていった。勢羽は台車を押していたからきっとゴミ捨てにでも行くのだろう。
なまえが工房の出口をジッと見ていたら、ニヤニヤと先輩が近づいてきた。
「気になってんのか~?」
「だって知らない人がいたら気になるじゃないですか……」
「まーそうなんだけど。っていうかナツキ、今日は全然お前に絡まなかったな。なんか最近セットみたいになってたから違和感あるわ」
「セットとかやめてくださいよ!」
「はは、悪い悪い」
これは全く悪いと思っていない顔だ。先輩は勢羽のいないうちにと、作った武器を隠しに行ってしまった。
それにしても、勢羽が全然帰ってこない。もうすでにチャイムが二回も鳴った。あの金髪のシンとかいうやつと一緒にサボっているのだろうか。なんだか面白くない。勢羽はなまえが倒すべき相手ではあるが、サボりなどというしょうもない理由で落ちぶれたところに勝利したってなんの意味もないのだ。
少し休憩を挟もうと、なまえが立ち上がる。購買に行くため廊下に出ようとしたところ、突然ドアが勢いよく開いた。
「……っ勢羽?」
と、その後ろからシンが入ってきた。「ただいまー」と我が物顔のシンに先輩がこめかみに青筋を立てる。
「おいナツキ!あんま頻繁に部外者いれんなよ! 工房は神聖な……」
いいぞ先輩その調子だ。なまえは心の中でエールを送った。しかし当の勢羽は面倒くさそうな顔をして真面目に聞いているのかもわからない。
「あ……すみません。私、武器科初めてでちょっと見学したくて……」
かわいい女の子の登場で、先輩は急に言葉を失った。
工房は静寂に包まれた。しかしそれも一瞬のことで、先輩たちが女の子をワッと取り囲む。
「あ、大丈夫ッス……」
「あの、全然ゆっくり……はい」
「あ、そこ汚いんで……」
なぜか敬語だった。しかも声が小さい。女の子は怯えていてかわいそうだった。
この異様な光景にシンは驚いているようだ。一方で勢羽は先輩たちに呆れた視線を向けていた。
「武器オタク女子耐性ねーから」
「え、でも女子って……そこいるじゃん」
シンがなまえのほうを見る。思わぬ飛び火になまえはびっくりして何も言うことができなかった。そしてなぜか顔が熱くなってくる。
「まあコイツも武器オタクだし。つーかお前もなに赤くなってんだよ」
「ちが……これはびっくりしただけで、」
「びっくりすると赤くなんのか~」
勢羽にまじまじと見られて顔にいっそう熱が集まってくる。勢羽とならいつも話しているはずなのに、なんか今日はおかしい。
「……あ」
突然思い出したように勢羽がフードを被る。そして、
「コイツ心読んでくるから気をつけたほうがいいぜ」
シンを見ながら言うのだった。脳波遮断フードはこのために作っていたらしい。ということは、前回勢羽に怪我を負わせたのはこの人だということになる。それでどうして仲良くしているのが、不思議でならない。
「いや……もう今ので大体わかったっつーか」
シンは呆れ顔で勢羽となまえを見比べた。
「……えっと、シンくん?」
「ん?」
「さっき勢羽は何考えてたの?」
「あー……いや?」
「どうでもいいだろ。それよりお前の超音波銃、貸してくれ」
勢羽はシンを遮るように立った。
「……いいけど何に使うの?」
「佐藤田先生に一撃入れなきゃなんねーんだよ」
「え……無理じゃない?」
佐藤田先生はJCCで合気道を教えている先生だ。若いときは任務で傷一つ負ったことがないというほど強かったそうだが、今でも生徒が太刀打ちできるような相手じゃない。その先生に一撃入れるなんて無謀も無謀だ。
「だから色々対策考えてんだろーが」
「……もしかして本気でデータバンク探そうとしてる?」
データバンクが仮に実在するとして、情報をあたるなら一番古株の教師からだ。だがこの様子だと突っぱねられたのだろう。
「まあそんなとこ」
「うーん……」
正直なところ、超音波銃が佐藤田先生に通用するとは思えない。撃つ前に仕留められてしまいそうだし、撃てたとしても五メートル以上距離を取られてしまえば終わりだ。佐藤田先生なら瞬時に距離を取ることなど容易いだろう。
「役に立たないかもしれないけど、それでもいいなら」
「物は使いようだろ」
「……なんか私の使い方が悪いみたいに聞こえるけど?」
「気のせいじゃね?」
「……ぐ」
勢羽の勝ち誇ったような顔が本当に腹立たしい。しかし本音として、銃の使用感を他人に聞けるのは有難いことだった。しかも相手はあの佐藤田先生だ。せめて撃つ前に勢羽がやられないようにと祈りながら、なまえは銃を手渡した。
勢羽は他にもいろいろな武器を持っていくようだった。今はシンが使えそうな武器を探しているみたいだが、傍から見ればシンを使って実験しているだけのようにしか見えない。
(……あ、)
そう言えば購買に行こうとしていたのだった。
なまえは勢羽たちを横目に工房を出た。実験に夢中な三人は、ドアが開いても気づく様子はなかった。
(なんか戻りたくないな……)
ジュースの紙パックがベコッと音を立てる。戻ったところで勢羽たちがうるさくて集中できないし……とか何とか考えていたら結構な時間が経ってしまった。さすがにもう工房にはいないだろうか。
紙パックをゴミ箱に入れ、イヤホンを着ける。これは勢羽のヘッドホンから学んで購入したものだ。主に音波系の実験をしているときに使っているのだが、たまにこうして音楽を流すこともあった。
しかし流行りの音楽は、けたたましいサイレンの音によって阻害される。
『コード37564コード37564。セキュリティシステムが強制停止されました。復旧には十秒ほどかかります』
(え、誤作動だよね……?)
アナウンス通り十秒後にはセキュリティシステム復旧の知らせが流れた。周りにも慌てているような人はいない。だが、なんとなく嫌な予感がする……。
なまえは急いで工房に向かった。その途中で武器を担いだ先生二人とすれ違う。いつも以上にピリッとした雰囲気を纏っていた。やっぱり侵入者がいるのかもしれない。
こういうとき、生徒はどうすべきなのだろう。迷っていたら次は校内放送が流れた。
『コョチリベロトスキーケ……』
内容が聞こえづらかったため、なまえはイヤホンを外そうとした。しかし放送内容を聞いて再び耳の奥まで押し込む。明らかに通常の放送ではなかった。すでに敵が放送室を占拠してしまったのかもしれない。……となれば、音による攻撃に備えておいたほうがいいだろう。なまえがノイズキャンセリング機能をオンにした途端、周りの生徒の目つきが変わった。
間一髪のところで間に合ったようだ。様子のおかしくなった生徒たちは口をパクパクと動かしながら、同じ方向にノロノロと進んでいる。そして教室からも次々と同じような状態の生徒が出てきて、大行列となってしまった。
なまえは放送室を目指して走った。工房に戻って武器を調達することも考えたが、今の場所からだと放送室のほうが近い。戻ったところで大行列に阻まれて身動きができなくなるかもしれないなら、近いほうに行くべきだと判断したのだ。
放送室付近までやってきたところで、なまえは慌てて足を止めた。勢羽と見慣れない男が二人で歩いていたのだ。彼らが遠ざかるのを確認しつつ、窓から放送室を覗く。放送室内では生徒が二人、座り込んでいた。
なまえは二人に駆け寄った。一人はわんわん泣いていたので、もう一人に事情を聞くことにした。
「何があったの?」
「わからない……いきなり変な男が入ってきて、そいつが拍手したら体の自由がきかなくなったんだ」
「それって髪の長い派手な服着た男?」
「たぶん……」
おそらくさっき勢羽と一緒にいた男だ。勢羽も操られてしまったのだろうか。
「アイツを追いかける! 何か武器持ってない?」
「銃ならあるけど……」
「貸して!」
返事を聞く時間も惜しかった。モタモタしていたら勢羽を見失ってしまう。なまえが放送室を出たときには、すでに二人は遠くまで行ってしまっていた。
急いで、だけど気づかれないようにしながら二人の後を追う。二人が入っていったのは、武器科の資料庫だった。