ポイズン・キス04

 JCCの外へ出ようとしたところで南雲に出くわす。どこ行くのと聞かれて「バイト」と答えたら、彼はわざとらしく首を傾げた。
「バイトしてたの?」
「今日が初めて」
「何のバイト?」
「フローター」
「えー」
 何が「えー」なんだ。文句を言われる気配を察知して私が行こうとすると「僕も行こうかなあ」って。そんな飛び入り参加みたいなことできるわけないだろうに。
 暇なのか急がしいのか南雲は携帯をカチカチ操作しながら私の後ろをついてきている。やめてとは言わないけど、現場行きのヘリに乗れなかったとしても私は知らない。
「あ、まだ募集してた。申し込んじゃお」
「え」
「ってことで一緒行こ~」
 そんな流れで私は南雲と一緒にバイトに行くことになってしまった。彼の考えていることはよくわからない。まあ、日当は決まっているから人手が多いほど楽できていいんだけど。
「なんでバイト?」
 さっきから質問が多いのは、私が聞かれたことにしか答えないからだろうか。私だってこんなに会話が下手なはずないのに、付き合っているんじゃないかという噂のせいで、南雲には「気持ち」冷たく接してしまうのだ。ただ、噂は南雲のせいではあるけど……南雲が悪いわけじゃないから、私だけが悪者になったような気分になる。
「毒草買うお金が欲しいのと、自分で調合した薬で一回死体を溶かしてみたいから。溶かす許可は出ないかもしれないけど、ダメ元で」
「なるほどねー」
 南雲はやけに嬉しそうにしていた。「そうでなきゃ」ってどういう意味だろう。
「……南雲くんは暇なの?」
「そうでもないよ~」
 これのどこが暇じゃないのか教えてほしい。……でも、実はちょっと不安だったから南雲がいるのは心強かった。

 現場は高層ビルの一室だった。残念ながら私たちが中に入ったときにはすでに死体が片づけられていて、残っているのは大量の血痕とぐちゃぐちゃになった部屋の備品だけだった。
 フローターの現場には指示役というものがいるそうで、今回も例外ではなかった。南雲は壊れた備品の運び出しを、私は壁紙を剥ぐようにと指示される。
 早く終わらせて帰りたいのはみんな同じなのだろう。基本的にテキパキと動いている。ただし口は悪い。早くしろとか、そこ邪魔とか。私はそういう雰囲気が苦手だから、フローターのバイトは今回限りかもしれない。でも時給換算するとけっこういいんだよな。どうしよう……。とにかくみんなの邪魔にならないように、迅速に私は手を動かした。
 壁紙を剥がし終えたら、次は薬品での消毒を命じられる。内心でヤッタと私は喜んでいた。薬品のツンと鼻を突くような香りは大好きだ。これ、何の系統の薬なんだろう。
 私が消毒スプレーを噴射する傍らで、南雲は新しい備品を運び入れていた。なんだ、意外と真面目にやってるじゃない。いつもふざけてる印象だけど……。そこで私は「あれ?」と思う。実習でペアになったときは、わりと普通だったような。そもそも成績もいいらしいし、本当はすごく真面目なの?
「おいそこ! ボーッとするな!」
「すみませんッ!」
……怒られてしまった。ぼーっとしてたのは事実だから仕方ない。これも全部、南雲のせいだ。
 仕事は二時間くらいで終わった。これで一万五千円。ここまでの往復時間を含めてもけっこういい時給になる。
 ビルの出口で南雲を待っていたら、後ろから首にヒヤッとしたものが当てられた。
「ッ!?」
 振り向いて、立っていたのは南雲だった。彼はスポーツドリンクの缶を両手にニコッと笑った。
「おつかれー」
「おつかれ」
「自販機あったから買っちゃった。一個あげる~」
「ありがと……」
 プルタブを開けようとして、じっと見られていることに気付く。
「なに?」
「大丈夫?」
「え、何の話?」
「怒られてたから」
「べつにあのくらい……っていうかそんな言われると恥ずかしい」
 苦手は苦手だが、あれはまさにJCCのノリだ。授業中に怒られたことは何度かあるし、落ち込むほどじゃない。
「何か考えごとでもしてた?」
「南雲くんが真面目に働いてるなーと思ってた」
「えっ、僕のこと?」
「いや、」
 私としては「南雲くんのせいだ」という意味で言ったつもりだったが、普通にやらかした。これじゃバイト中ずっと見てましたと言ってしまったようなものだ。
 これ以上余計なことを言わないためにも、この話は終わらせよう。グイとジュースを飲んで歩き出したら、後ろから南雲がついてきた。彼はすぐに私の隣に並んだ。
 帰りのヘリに乗るまでの時間で外を歩き回ってみたら、そこは平和そのものだった。ランドセルを背負った子供とすれ違い、カフェの脇に植えられた花を信号待ちのあいだ眺める。すぐ近くが殺しの現場だったなんて信じられないくらい、ゆるやかな時間だ。
「そういえば毒草ってなに買うの?」
「特になにかあるわけじゃないけど、温室で育ててないものが必要になったときに探す感じ」
「へえ~。意外とお金かかるんだ」
「暗殺科は?」
「武器にこだわらなければそんなに。選ばなきゃ銃弾だってタダだし」
 南雲は通りすがりの自販機のゴミ箱に缶を捨てた。私も捨てておきたかったけど、まだちょっと残りがある。
「私も選ばなきゃタダなんだけど、半分は趣味でやってるから」
「物騒~」
「それ南雲くんが言う?」
「今日も薬品のにおい嗅いでたね」
「え、見てたの?」
「おあいこでしょ」
「……」
 いつのまにか話がもとに戻っている。手にぎゅっと力をいれたらほとんどカラの缶が音を立ててへこんだ。
「死体溶かせなくて残念だったね~」
「まあそれは別の機会に……」
「またやるの?」
「考え中」
「行くときは僕も誘って」
 なんでこの男はこういうことばかり言うんだろう。もし彼が死ぬとしたら痴情のもつれが原因なんじゃないだろうか。そう考えたら笑える……はずなのに、全然面白くない。
 この気持ちの正体に心当たりがなかったわけではないが、認めたくない気持ちもあった。だってそうだとしたら、私チョロすぎる。
 ジュースの残りを飲み干そうとして、すぐ近くに南雲の顔があることに気づく。
「な……!」
「また考えごと?」
 違う。違う違う! 頭で何度言い聞かせても体温が上昇していく。もう放っておいてと叫びたかった。
「何でもない……」

 結局、ヘリに乗るまで一つも自販機をみつけられなくて私の手にはカラになった缶が残ったままだった。
 見慣れたJCCの敷地に入り、南雲が大きな手を差し出してくる。
「食堂行くからそれ捨てとこうか?」
「あー……じゃあお願い。ごめんね」
 本当は私も食堂に寄ろうかと思っていたけど、また行き先が同じなのは気まずかった。時間帯的に食堂に行くのは何も不自然じゃないのに、意識した途端にコレって馬鹿みたい。
 私は一度寮に戻ってお風呂で時間を潰した。それから着替えて食堂に行ったのに、まだ奴がいたのだ。
 南雲は赤尾と一緒だった。こちらに気づいた南雲が手を振ってくる。私が手を振り返すと、彼はまた赤尾と話し始めた。
 私があのまま一緒に食堂に行っていたらどうなっていたんだろう。考えても無駄なことばかり頭に浮かんでくる。そんな気持ちで撃ったレーザー銃じゃ、やっぱりJCC丼しか引き当てられなかった。