ポイズン・キス05
どうして毒殺科なのに銃を扱わなければならないのか。という不満は今に始まったことではないが、実技のテストを控えて私は焦っていた。これを落したらマズイ。先生も温情で単位をくれるような人ではないから、ちゃんと対策しておかなければ私の進級が危ういのだ。
普段は滅多に足を運ばない射撃場に行ってみたら、南雲がいた。南雲と坂本と赤尾、三人仲良く訓練だろうか。ちょっと気になりはしたけど正直今はそれどころじゃない。運よく空いていた一番奥の的で私は練習することにした。
下手くそが一人で練習するのはなかなか辛いものがある。友達も別の課題に追われていたりして、誘えるような雰囲気ではなかったのだ。誰も私に興味なんてないとわかっているのだが、こうも的を外していると恥ずかしくなってくる。ようやく的の真ん中に命中したと思えば、その周りにはすでに十発以上の弾痕が残っていた。
「頑張ってるね~」
「南雲くん、私ね今すごく真剣にやってるから邪魔しないで」
「ハ、フラれてやんの」
「……?」
後ろから南雲が声を掛けてきたと思って返事をしたら、今度は別の声がした。振り向いてみるとそこには南雲と赤尾の二人が立っていた。坂本はすでに行ってしまったらしい。南雲はジトッとした目線を赤尾に向けている。
私は混乱しながらも銃を下ろした。赤尾がニッと笑って近づいてくる。
ひょいと銃を取り上げられたかと思えば、的に向けて発砲している。弾は見事ド真ん中に命中した。
「教えてやろっか?」
「え……えっと」
いったい何がどうなっているのか。困り果てた私は南雲に視線で助けを求めた。
「ほらあ、怖がってるじゃん」
「なに、怖がってんの?」
「ううん……なんで教えてくれるのかなって」
「なんでって、なあ?」
赤尾が南雲の背中をバシンと叩く。南雲は迷惑そうにしていた。こんな南雲を見るのは新鮮だ。仲がいいんだなと少し落ち込みもしたけど、何度も言うように私は今それどころではなかった。
「射撃演習のテストが来週あって、なんとか合格ラインまで行きたいんだけど」
「あー……組み立てから的撃ちまで一分ってやつ? 合格ラインって何発当てりゃいーの?」
赤尾はくせ毛を片手でかき上げながら言った。さすが成績上位者は違う。テストの上位者一覧に赤尾の名前があったことを私は思い出していた。
「……一発でも当てられたらいいって」
「組み立て時間は?」
「五秒くらい余る感じ」
「じゃ何とかなりそうだな」
てっきり馬鹿にされるものと思っていたら、意外にも赤尾は真剣に話を聞いてくれた。その少し後ろで南雲はムスッとした顔で立っている。ただこれは私がどうというより、赤尾に何か言いたいことがあるように見えた。赤尾は南雲なんて気にも留めない様子で話を続けた。
「五秒でいつも何発くらい撃ててんの?」
「一発だけ」
「二発は? いけそう?」
「……やってみる」
二人に見られながらというのは緊張するが、言われた通りに二発撃ってみた。ただし五秒以内に撃てていたかどうかまではわからない。的の中心からもわずかに外れている。撃ったあとでチラッと赤尾を見ると、彼女はにやっと笑っていた。
「三発はいけそーじゃん。一発で決めようとするから無駄に力入るんだよ」
実践なら一発外した時点で死ぬけどな、と赤尾は言った。確かにその通りだ。しかしテストなら合格できれば何でもいいというのが赤尾の考えのようだった。
赤尾はその後も私が撃つのを見てくれていた。しかし十分くらい経過したところでどうしても南雲のことが気になって、こそっと彼女に告げたのだ。
「南雲くん放っておいて大丈夫?」
「ああ、いいって」
「なんか怒ってない?」
「怒ってるっつーか拗ねてんだよ。後で理由聞いてみ」
「うーん……」
私も私で余裕がなかったため練習を続行した。合計で三十分くらいだっただろうか。最後のほうは五秒で三発撃つのも余裕がでてきて、その中でも一発が的に当たっていることは少なくなかった。何なら二発命中していることだってあった。
「ありがとうリオンちゃん。なんか行けそうな気がしてきた!」
私が言うと、リオンはびっくりしたみたいで大きく目を見開いていた。
「リオンちゃんて、カワイーな」
それは私に向けてでなく、南雲に向けられた言葉だった。
「あ、ごめん……。馴れ馴れしかったかな」
「全然、テスト頑張れよ」
「うん。じゃあ、またね」
ひらひらと手を振って去っていく後ろ姿までもがかっこいい。リオンに憧れている女子生徒がいるというのは風の噂で知っていたが、私もその一人になってしまいそうだった。
そして私は南雲と二人になった。……いや、なんで? いつもと違う雰囲気を漂わせているからというのもあるけど、対応に困る。でも二人になれたのは嬉しかった。あのままリオンと二人で歩いて行ったなら、たぶん私は落ち込んでいたと思う。
「南雲くん、もしかして体調悪いの?」
「え? そんなことないよ~」
「ならいいんだけど……」
本当は「機嫌が」悪いんじゃないかと聞きたかったけど、もしそうなら地雷を踏み抜きかねないと思って慎重に行ったのだ。だけど南雲はいつもの感じに戻っているし、もうわけがわからない。
「……リオンちゃんと喧嘩でもしてたの?」
「べつに~」
……この反応は本当にそうかもしれない。二人は付き合ってたりするのかな。考えたら辛くなってきた。でも、こういうのって早めに聞いておいたほうがダメージが少ないような気がする。気軽に聞いていいような関係かどうかは微妙なところだが。
「…………ふたりは、つきあってるの?」
「え?」
南雲はしばらく固まっていた。慌てているとかじゃなくて、本当にびっくりしているみたいだ。
「ないない、友達だよ」
「そうなんだ」
「付き合ってるように見えた?」
「……あんまり」
南雲が急に顔を近づけてくるので、私は一歩後ろに下がった。
「僕たちのほうがよっぽど恋人みたいじゃない?」
「……それって噂の話?」
「ん~。まあ、それも含めて」
「よく、わかんないけど……」
恋人みたいだったら、どうだというのだろう。彼の言いたいことがいまいちわからない。もしかしたら意味なんてないのかもしれない。
そして私たちはなんとなく二人で食堂へ行った。てっきりリオンや坂本もいるのかと思ったけれど、見当たらない。
南雲はおそらく狙ってオムライスの券を出して、私は飲み物だけ買って席に座った。射撃場に行く前に食事は済ませていたのだ。それで食堂に行くのは不自然じゃないかなあと思いもしたけど、つまるところ欲に勝てなかった。もう少し彼と話していたかった。頑張って練習したんだから、このくらいは許されたっていいはずだ。
南雲は大きめの一口を食べて、ため息をついた。
「あいつさ~、話した女の子ほぼ全員惚れさせてるんだよ~」
「リオンちゃんのこと?」
「そう」
「気持ちはわかる」
「もう好きになっちゃった?」
「うん。内緒にしてね」
「え~」
「南雲くんだって……」
言いかけて、止めた。「南雲くんだって話しかけた女の子ほぼ全員惚れさせてるんじゃないの」って、下手したら自爆だ。彼は「うん?」と首を傾げている。
「……なんでもない」
「気になるなー」
「忘れちゃった」
我ながら無理のある言い訳だと思う。しかし彼は引き下がってくれた。
「思い出したら教えてね」
私は頷くことしかできなかった。
週が明けて、私はリオンのことを探していた。テストに無事合格できたから、お礼が言いたかったのだ。
校内でも目立つその姿はすぐにみつかって、私は後ろから声をかけた。振り返った彼女は「お」という顔をして、立ち止まってくれた。よかった、忘れられてはいないみたいだ。
「リオンちゃんのおかげで合格できたよ。本番でも二発当てちゃった」
「よかったじゃん。……で?」
続きを促されるようなことが何かあっただろうか。もしかしてお礼の品を要求されているとか。品物はないけど昼食ぐらいは奢るつもりだった。食堂に行こうと提案すると、彼女はケラケラと笑った。
「ちげーよ。あいつが拗ねてた理由、聞いた?」
「聞いたけど、わかんなかった。ほんとに拗ねてたのかな……。あのあとは普通だったよ」
「フーン……」
リオンはにやにやと笑っている。その表情すらもかっこいい。実は彼女のファンクラブがありますと言われたって今の私なら驚かない。
「告白は?」
「えっ……」
一瞬、背中がヒヤッとした。告白って何を。と言っても心当たりは一つしかなくて、どうしてあの数分で気付かれてしまったのかと私は気が気でなかった。そんなに私ってわかりやすいだろうか。
「わかりやす。赤くなっちゃってカワイー」
これは牽制なのかと考えもしたけど、どうもそうではないようだ。リオンは「よかったじゃん」と言ったのだ。もしかして私が告白したと思ってる? しかも成功したって? これはちゃんと否定しておかないと今の噂よりももっと大変なことになりそうだ。
「してないよ、告白なんて!」
「……『して』ない?」
「うん、してない。言えないよ……絶対無理」
「……あいつ馬鹿だろ。自覚してんのかも怪しいもんな」
「え? 南雲くんのこと?」
「ああいや、こっちの話」
リオンが言うと、ちょうどそこに南雲があらわれた。「めんどくさ」と言い残してリオンが行ってしまう。私は私で熱くなった顔をどうしようかと焦っていたら、よほどだったのか南雲にも指摘されてしまった。
「まさか本気で好きになっちゃったの?」
「えっ」
さっきの会話もあって、もうおしまいだと思った。だけどよく考えてみたら「私がリオンに惚れた」という意味で言われているのだと気付いた。
「こ、これはさっき飲んだ毒の作用で」
「え、大丈夫なの?」
「大丈夫!」
南雲は不思議そうな顔をしていたが、何とか誤魔化せた……と思う。毒殺科に通っていてよかったと思った瞬間だった。