傷になりたい04
彼女の弟は南雲の後輩だった。ORDERに入れるほどとまではいかないが、そこそこ強いほうだった。
南雲が彼と話すようになったのは、彼の任務中に偶然手を貸したことがあったからだ。それから事務所で顔を合わすたびに南雲は彼に絡んだ。先輩だから一応敬ってますよという雰囲気を隠しもしないところが気に入っていた。
「かわいい財布だね~」
彼のスマホを覗き見ながら南雲がそう言うと、彼はムッと眉を寄せた。姉の誕生日プレゼントを選んでいるのだと、聞いてもないのに教えてくれた。
「お姉さんとは仲いいの?」
いいほうだとは思います。そう言いながらも彼はどこか歯切れが悪かった。追求すれば「殺し屋って知らないんで」と、拗ねたような顔をする。
聞けば両親ともに殺し屋のライセンスを持っているそうだ。それでどうして姉だけ何も知らずに生きているのかというと、両親の方針だということだった。まあ、それもそうか。親が殺し屋なら子供も殺し屋になることが多いが、子供には殺しをしてほしくないと願うタイプもいる。今回の場合、弟は殺しをしているのだから当てはまらないが。単に姉のほうには才能を見いだせなかったのかもしれない。南雲には知るよしのないことだった。
「隠してるのがつらい?」
彼は首を横に振った。知られて嫌われるほうがつらいと、南雲からは諦めているように見えた。
それから南雲は彼にたびたび姉の話題を振った。心なしか言葉が多めに返ってくるのだ。彼は姉のことを慕って大切にしているけれど、そんな中にも嫉妬心がチラチラ見え隠れしている。何も知らずに生きることを許されている姉を羨んでいるようだった。「ちょっかい出したら殺しますよ」南雲は彼に満面の笑みを向けた。
彼が反殺連を目論んでいるという理由で抹殺命令が下った。南雲は彼を追う立場となった。そうして間もなく彼が死んだという知らせが入る。
(うわあ上手くやったな……。協力者がいる? 誰も気づいてないのかな~)
多分、ほぼ、99.9%彼は生きている。殺連は特に騒ぎ立てていなかったから、もしかしたら気づいたのは南雲だけだったのかもしれない。南雲はこのことを誰にも言わなかった。彼を協力者として使えるかもしれないと思ったからだ。
どうにか彼と接触できないかと考えて、一番に思い浮かんだのが彼の姉の存在だった。都合よく一人暮らしを始めるそうで、これまた都合よく隣の部屋が空いていたから迷いもせず契約した。しかしこれは空振り。彼女は弟が死んだと信じているし、弟のほうから彼女にコンタクトを取る気配もない。当たり前と言えば当たり前である。
それなら彼女に接触してみるかと南雲は餌を撒いた。わざと見えるところで「仕事」をすれば、弟の死に不信感を持っていたらしい彼女はまんまと引っかかった。けど、それでも彼は姿を見せなかった。ちょっかい出したら殺すと言っていたのに、嘘じゃないか。
南雲としてはここまでのつもりだった。彼女は本当に何も知らない一般人だし、泣かせてしまったし。それでも最後に彼女の財布を抜き取ったのは、確かめたいことがあったからだ。
(よかったね、財布ちゃんと使ってくれてるみたいだよ)
財布を返したときの彼女のぎょっとした顔は、なかなかに傑作だった。
結果的に南雲の行動は彼女を焚きつけてしまったようだった。殺しの現場で聞き込みをしようとする彼女を見かけて手を伸ばす。知らんふりしてもよかったのだが、少し責任を感じてしまったのだ。
彼女は弟の死に殺し屋が絡んでいるんじゃないかと疑っている。まあ、間違いではない。間違いではないけどまだ遠い。これはどうしたものか。今のままで彼女が納得できないことは明白だ。少し真実を話してあげれば諦めさせることができるかもしれない。
……というのが半分。もう半分は、弟の秘密を知ったときの彼女の反応を見てみたいという、好奇心とも言えないような何かが南雲の中をうごめいていたのだ。
彼女は花の形のケーキの見た目を極力そこなわないようにフォークを入れている。
「きみの弟、僕と同じ殺し屋だよ」
彼女がぱっちり目を開いて硬直しているあいだに南雲はケーキを食べ終えてしまった。「食べないなら僕がもらってもいい?」彼女はケーキの乗った皿を静かに南雲に差し出した。
「ここまでにしとく?」
「……まだ続きがあるんですか?」
「あるような? ないような」
「……」
彼女の目の焦点は合っていなかった。食べかけのケーキに南雲はぶすりとフォークを突き立てる。彼女がチマチマ食べていたケーキの残り半分が一口で消えた。
やっぱり言わないほうがよかったかなあと思わなかったわけじゃない。だけどここまで来てしまったのだから、聞かない手はなかった。
「弟くんのこと嫌いになっちゃった?」
ぐしゃりと彼女の顔が歪む。彼女は力なく首を横に振った。
(嫌われてないみたいだよ! よかったね~!)
ぽたぽたと彼女が涙をこぼしている。甘いケーキをたくさん食べたから、今度は塩気がほしくなってきた。