傷になりたい06
店舗改装のため休業させていただきます。スーパーの入り口の張り紙を見てがっくりとする。面倒だからとアプリを入れていなかったからこういうことになるのだ。……いや入れてても気づかなかったかもしれない。仕方なく来た道を引き返していると、「坂本商店」と書かれた看板が目に入った。
通りすがりにちらっと中を覗いて、次の曲がり道で足を止める。
前々からここに個人商店があるのは知っていた。いま見た限り日用品や食料品の取り扱いもあるようだ。それで家から近いこの店をどうして避けていたのかというと、「なんか入りづらい」のである。お客さんがたくさんいればいいのだろうけど、そうでもないから店員さんからの視線が気になってしまう。でも、さっき見えたのはやる気のなさそうなバイトっぽい女の子だった。悩むこと数秒、ゆっくりと店のほうへ戻る。冷やかしじゃないし、ちゃんと買い物するつもりだし、と自分を励ました。
「いらっしゃいませヨ~」
静かに入店して認知されない作戦は失敗に終わった。だけど店員さんは私に興味なさそうだしレジで中華まん食べてるし……え、中華まん? 他に店員さんはいないみたいだけど、怒られたりしないのかな。あまりにも堂々としているから私のほうがおかしいんじゃないかという気持ちになってくる。私はなるべくレジのほうを見ないようにしながら食品コーナーへ向かった。
なぜかカップ麺だけ種類がやたら多いのが気になるところだ。しかしそれを抜きにしても品揃えはいいほうだし、コンビニに行くよりは安く済む。意外とアリかもしれない。
私がレジに行ったとき、店員さんは中華まんを食べ終わっていた。内心でホッとする。そしてバーコードを読み取ってもらっているあいだ、すぐ横に置かれた中華まんのケースに目が行った。この子が食べていたのは肉まんだったようだ。ふっくらしていておいしそう……。
「肉まんおいしいヨ~」
「……じゃあ一つお願いします」
そんなに物欲しそうな目で見てしまっていただろうか。考えたら恥ずかしくなってしまって私は足早に店を出た。肉まんも温かいうちがおいしいだろうし、早く帰らないと。
(……うま)
生地ふわふわだし肉汁たっぷりだし具は多いしこれで100円ってどういうこと?
……とまあこんな感じで、一週間もしないうちに私の足は再び坂本商店のほうへ向かっていた。
その日は休みだったから、遅めの時間に起きてご飯も食べずに外へ出た。だって今から肉まん食べるんだもの。
この前と違ってレジにいたのはメガネの男の人だった。男の人は新聞を読んでいるしカウンターにはカップ麺が置いてある。ここは従業員にやさしい職場なのかもしれない。……それより大変なのが、肉まんが一つもないということだ。
「肉まん食べたかった?」
「えっ」
またもや店員さんに指摘されてしまった。私ってそんなにわかりやすいのだろうか。
店員さんが新聞を置いてスッと立ち上がる。
「ごめんね~。肉まん仕込んでる子が遅刻しがちだから、買うなら午後からのほうが確実だよ」
「そうなんですね……」
「朝ごはんもう食べた?」
「……いえ?」
なんでそんなことを聞かれるのかと戸惑っていたら、カウンターに置いてあったカップ麺を差し出される。私はますます困惑した。
「お湯入れちゃったんだけどさー、よく考えたらあんまりお腹減ってなくて。よかったら食べてくれない?」
そんなことってあるだろうか。それにこんなところでカップ麺を食べる勇気はない。
「あの「あ、三分経った」
店員さんはカップ麺と割り箸を店の外にあるテーブルの上に置いた。椅子を引かれ、なんだか断れなくなって座ってしまった。
「お菓子もあるよ」
どこからかポッキーの箱まで出てくる。店員さんはにこりと笑って店内へ戻って行った。
(どういう状況?)
そうは思いながらも、伸びないうちにとラーメンを啜る私も大概な気がする。
食べている途中で若い金髪の男の子が来て、ぺこっと私に頭を下げて店の中に入っていった。さっきの店員さんと同じエプロンをしていたから、ここで働いている人なのだろう。
この前の女の子の店員さんが来たのはちょうど私がラーメンを食べ終わったときだった。私もそろそろ帰ろう。
私はラーメンのカップを持って立ち上がった。汁はさすがに持って帰ったほうがいいかなと考えていたら、突然カップがするっと抜き取られる。
「捨てておく」
「……あっ、ありがとうございます」
ゴミを受け取ってくれたのはカップ麺をくれた店員さんだったけど、なんだかさっきと雰囲気が違う。不思議に思いながら彼が店内に入っていくのを見ていたら、同じ顔が二人いた。それでなぜかナイフと銃を突きつけ合っているし、片方がスラッっとした男の人になるしで頭が追い付かない。
(……あ)
ちらっと後ろを振り返った彼が、ずっと私の探していた人の顔をしている。目が合うとあのときと全く同じ笑顔を向けられた。急に心臓がドクドクと鳴って、指先が震える。
そうしているあいだに彼は店員さんたちによって縄でぐるぐる巻きにされてしまった。けっこう殴られたり蹴られたりもしていたみたいだけど、彼はケロッとしている。中に入って話しかけたいけど、この中に割っていくのはかなり度胸がいる。意を決して自動ドアの前に立つと、ちょうどピザ屋さんが来たので一緒に店内へ入った。
「南雲さん!」
「久しぶり~。元気そうでよかった」
よかった人違いじゃなくて。しかし安堵するのと同時にチクリと胸に棘が刺さった。南雲さんは特に他意なく「元気そう」と言ったんだと思う。それでも責められたような気持ちになってしまうのは、やっぱりどこかで引っかかるものがあったからだ。
私はあれから弟のことを調べるのをやめた。あまり考えないようにした。間違ったことはしていないと思う……けど、「弟のことを忘れて元気そうにしてる」と責められたって、私は何も反論できない。
「おい邪魔だどけ!」
びっくりして言われるがままどいてしまったことを後悔した。南雲さんがピザカッターをつきつけられている。ピザ屋の人は殺し屋だったみたいだ。
「やめてください!」
多分、南雲さんより私のほうが焦っていた。彼が殺し屋なのも忘れて助けに行こうとして、結果何もできないままカッターを投げつけられて目を瞑る。……痛みは襲ってこない。恐る恐る目を開くと、メガネの店員さんがピザを片手にカッターを受け止めてくれていた。
「南雲、待て」
店員さんが言うのと同時にピザ屋の殺し屋が床に倒れる。いつの間にか縄抜けした南雲さんが首を絞めていたのだ。ピザ屋の人……死んではいないみたいだけど、気を失っている。
「坂本くん……もしかして君、まだ殺さずに乗り切るつもり?」
「……」
「そんなんで相手していくの? 僕や……それ以外の殺し屋を?」
南雲さんと店員さんたちのあいだにピリッとした空気が流れた。だけどすぐに南雲さんが「うそうそ!」と笑顔で手を振る。
「僕は今回参加しないよ。『僕ら』は対殺し屋専門の殺し屋だから。ま、坂本くんならよくわかってるよね」
南雲さんが私たちに背中を向けたところを「坂本くん」と呼ばれた店員さんが呼び止める。
二人の会話を聞く限りでは、坂本さんは引退した殺し屋のようで、何者かが坂本さんの命を狙っているということだ。南雲さんは坂本さんに忠告するためにここに来たらしい。
南雲さんが気絶したピザ屋の人をひょいと持ち上げる。今度こそ本当に行ってしまいそうで、私は慌てて彼の後ろ姿を追いかけた。
「南雲さん!」
そんなに時間差はなかったはずなのに、すでに南雲さんの姿は見えない。それでも諦めきれなくて私は走った。
「……っはあ、」
こんなに走ったのは学生以来かもしれない。……いいや学生時代だって街中を走ることなんてなかった。人目は気になるしすぐに息はあがるし全然だめだ。
もう引き返そう。そもそも追いついてどうするかも考えていなかった。もっと話をしたかったと漠然と思っているだけで、そんなんじゃ相手だって困惑するだろう。
「僕に何か用だった?」
「……え」
振り返るとすぐ後ろに南雲さんが立っていた。担いでいたはずのピザ屋の男はいない。
「……特に、用があったわけではないんですけど」
「そう」
馬鹿だ。せっかくのチャンスなのに気の利いた言葉の一つも思いつかない。それどころか目を合わせるのも怖くなって下を向いてしまった。本当に私は何がしたいんだろう。
「僕は言いたいことあるんだよね」
つんと指でおでこをつつかれた。びっくりして顔を上げると南雲さんがムッと口を結んでいる。怒っているのかもしれないけど、わざとらしい表情であまり緊張感はない。
「危ないことしちゃだめだよ」
「……何かしましたっけ」
「僕のこと助けようとしたでしょ~」
「ああ……」
「ああ、じゃないんだって。坂本くんがいなかったら死んでたよ?」
「……すみません。南雲さんが殺し屋なの、忘れてたって言ったら変かもしれないですけど」
南雲さんはスッと目を細めた。そして、子供に言い聞かせるような優しい声で言う。
「僕が殺し屋じゃなくたって助けなくていいんだよ」
「はい……」
ああ、今度はなんだか情けなくなってきた。だけどこんなことでも話せるのは嬉しい。話せば話すほど終わりの時間が近づいてくるような感覚だった。
「今日は仕事休み?」
「はい」
「いいな~」
南雲さんはこれから仕事があるそうだ。何をするのかは聞かなかった。すっぽかして帰っちゃおうかなあと、南雲さんは笑っている。
「また会いたいです」
気づけばそう言っていた。南雲さんは目を真ん丸にしている。私はだんだん返事を聞くのが怖くなって、「でも忙しいですよね」と、しょうもない先回りをした。
「……そうだね、わりと忙しいかな」
「やっぱり、」
ダメだったかあ。でも、今日言えたからこれから二年も三年も引きずったりはしないと思う。今は苦しいけどいつの間にか忘れてしまうのだ。好きだったのか、好きになりかけていたのか、それすらもわからない。
じゃあまた、と手を振ってお別れした。もう二度と会うこともないのかなと思っていたりもしたけど、案外再会のときは近かった。会社帰りの私の前に突然現れた南雲さんが、これまた突然「ご飯行こ!」と誘ってきたのだ。