傷になりたい09

 とんでもなく投げやりな告白に対する返事はまさかのOKだった。さすがの南雲さんも驚いていたようだけど、しばらくの沈黙のあと「いいよ」と言われたのだ。ふーん、いいんだ。そっか、亡くなったっていう女の人のこと調べるために私と弟のこと利用してるんだもんね。それなら私だって弟の身の安全のために南雲さんのこと利用させてもらうから。そうして私はようやく南雲さんの連絡先を知るのだった。
 だが、恋人になったからといって特別なことは今のところ何もない。私から連絡できるようにはなったけど、連絡する気にもなれないし、南雲さんのほうも忙しいみたいで会う回数は少ない。キスやセックスを求められることもなく、だけど私はどこか安心していた。誰かの代わりにされるのは嫌だ。好きになってくれないならしたくない。でもそれで他の人のところに行かれるのはもっと嫌。ある意味これはキープだ。一般的に言われるキープとはちょっと意味が違うかもしれないけど。

 週末の夜、かわいらしいパッケージが印刷された度数の低いお酒を飲んでベッドにごろんと寝転がった。弟がこの現状を知ったらなんて言うだろう。幻滅されるかもしれない。というか、すでに南雲さんのほうから聞いたってのもあり得る。まさか弟も自分が自覚させたとは思ってもないだろう。私もなんであんなことで気づいちゃったのかな。亡くなった女の人って何よ。亡くなってるなら急いで告白しなくたってよかったのに。馬鹿じゃないの。
 とっくに既読がつかなくなった弟とのトーク画面にメッセージを送る。「ちゃんと食べてる?」返事が来るはずもないからすぐに画面を消した。
 適当に投げたスマホが振動している。表示されているのは南雲さんの連絡先だった。
「……もしもし?」
「やっほー。今から会える?」
「予定はないけどご飯はもう食べちゃいました」
「じゃあ食べてからそっち行くね~」
 有無を言わさずプツンと通話が切れる。私はのっそりとベッドから起き上がり、お酒の缶を片付けて後回しにしていたシャワーを浴びた。ドライヤーで髪を乾かしてる途中でインターフォンが鳴る。南雲さんの手には有名な洋菓子店の袋が下げられていた。
「あ、もしかしてお風呂入ってた?」
「はい。今はドライヤーしてました」
「……のぼせてない?」
 南雲さんの手がぴたりと頬に触れる。なんだかこそばゆい。
「いえ……多分、お酒飲んだから」
「赤くなるタイプなんだ~」
「南雲さんは?」
「僕らは毒で死なないように訓練してるからね~」
「毒って」
「アルコールだって毒だよ。……あ、飲むなって言ってるわけじゃないからね」
「飲み過ぎには気をつけます」
 私の答えに満足したのか、南雲さんはにこっと笑った。

 部屋に上がった南雲さんはテーブルの上に洋菓子店の袋を置いて、私のすぐ横で胡坐をかいた。なんだか今日は近いような。もたれかかってくる頭がずりずりと落ちてきて、私の太ももに着地する。膝枕だ。南雲さんはしばらく頭をずらしたり角度を変えてみたりと、ちょうどいいところを探していた。そしてすっぽりと収まったところで、私のことをじっと見上げてくる。
「そろそろさ~……」
 あ、今日するのかな。シャワーを浴びておいたのは正解だったのかもしれない。私ってば全然拒否する気ないじゃんか。あの袋の中はなんだろう。生ものだったら先に冷蔵庫に入れておいたほうがいいんじゃないかな。と、あれこれ考える私の気持ちなんていざ知らず……南雲さんが口にしたのは全く見当違いのことだった。

「なんで拗ねてるのか教えてくれない?」
「え……あ~……」
 私としては普通に振舞っているつもりだった。つまり全くできていなかった。ダメダメだったのだろう。南雲さん、今までよく我慢してくれてたな。私はよくわからないところで感心していた。
 だけど、素直に嫉妬していたと言うには抵抗があった。なんとか誤魔化せないかと考え、ついさっき私がそういうのが苦手なことを証明されたのだと思い出す。もうはぐらかすのは無理かもしれない。アルコールの勢いに任せて全部ぶちまけてしまおうか。
 だけど私はずるいので、ちょっとだけ回り道をさせてもらった。
「南雲さんは私に弟のこと忘れて日常に戻れって言ったじゃないですか」
「え、そんなこと言ってないよね?」
「言ってない……けど、なんかそんな感じだった。話の流れが」
「うん。まあ、そうしたほうがいいとは思ってたよ」
「でも、会わせてくれて嬉しかったです。ありがとうございました」
「……え、終わり?」
「……」
「終わりってことはないでしょ?」
 ねえねえと下からほっぺをつつかれる。しまいには一番やわらかいところをつままれて、むにーっと伸ばされてしまった。
 やられっぱなしで悔しかったので私も南雲さんの頬をつまむ。化粧もしてないだろうに毛穴一つ見えない美肌だ。
「……自分だってずっと死んだ人に捕らわれてるくせに」
「ああ、弟くんに聞いたんだ。でもそれってきみに関係ある?」
「ないよ。だから言わなかったのに。しつこく聞いてきたの南雲さんじゃん……」
 ……だめだ、失敗した。「関係ある?」と言われて心が折れないわけがない。ひぐ、と喉から情けない音が出て、両手で口と鼻を覆った。
「え、待って待って違うってば~」
 南雲さんは勢いよく起き上がって私のことを抱きしめてきた。よしよし落ち着いて、と背中を撫でられる。
「……怒ったんじゃないの?」
「怒ってないよ~。さっきのは、きみに関係ないことでなんで拗ねてるのって意味で~」
「……さすがにそれは無理がある」
 だってあのときの顔、怖かった。触れてほしくないって顔だった。しばらく沈黙が続いて、南雲さんはとうとう認めた。
「うん……ごめん。今のは後付け」
「……ごめんなさい。詮索みたいなことして」
「いや詮索っていうかさ……きみにそのつもりがないのはわかってるんだけど、もうやめとけって口出しされたような気分になっちゃって。でもごめん、僕もきみに同じことしてたね」
「あやまらないで。南雲さんは悪くない……」
 私は人に頼ることしかできなくて、だけど南雲さんは違う。南雲さんは力を持っているから許されるのだ。私には大事な人がいなくなたって、それを追いかけるだけの力がない。簡単なことだ。
「謝るよ。だってこんなに怯えさせちゃってさあ……。そりゃ弟くんもいい顔しないよね」
「弟に話したんですか? その……付き合ってるって」
「もちろん話したよ~。殺されるかと思った。……でも、意外と最後は静かだったかな」
「……さいご?」
「変な意味じゃないからね? 最終的には納得してくれたってこと~」
「ふーん……」
 ちょっと怪しい気もするけど、言及しないことにした。なぜって南雲さんがまだ納得していないのがわかるからだ。
「僕って鈍いのかな」
「……なんでそうなるんですか」
「だってまだきみが拗ねてた理由がわかんないんだよー。こんなに話してるのに」
 それは確信を言わない私が悪いだけだ。……言ったら呆れられるかな。だけど不思議なことに、最初よりは言っても大丈夫なんじゃないかと感じている自分がいる。
「嫉妬」
「え、嫉妬……ええ? 赤尾に?」
「赤尾さんっていうんだ。羨ましい。私もその人みたいになりたかった」
「……ねえ、死にたいって意味じゃないよね?」
「違う……南雲さんは赤尾さんのためなら何でもするでしょ」
「何でもはしないよ」
「でも、好きなんでしょ」
「……え、僕が赤尾を好きって?」
「違うの?」
「ないない」
 私としては大真面目に話していたのに、南雲さんは大笑いだった。誤魔化してるわけではなさそう……だけど、私の感覚はあまり当てにはできない。
 ようやく私が落ち着いたからか、南雲さんは私を腕の中から解放してくれた。ただし今度は正面からじっと見つめられている。笑いすぎたせいか南雲さんは涙目になっていた。
「友達だよ」
 目尻の涙をぬぐいながら南雲さんは言う。
「あーあ。きみのこと赤尾に紹介したかったな~。絶対からかわれるけど」
「……でも、赤尾さんは南雲さんのこと好きだったかも」
「ないない」
「そうなの?」
「信じられないなら坂本くんにも聞いてみなよ。僕ら学生時代、坂本くんと赤尾の三人でつるんでたんだ~」
「そう、なんだ……」
 南雲さんに失礼な話ではあるが、坂本さんの名前が出てきた時点で一気に信憑性が増してくる。そして本気で坂本さんに南雲さんと赤尾さんの仲を問いただそうとまでは思わなかった。学生時代の話というのは聞いてみたい気もするけれど。
「それで赤尾に嫉妬して僕に告白してくれたの?」
「……そんな感じです」
「まあ、いろいろあったけど誤解は解けたってことでいいのかな?」
「あの……」
 私はごくりと唾を飲み込んだ。今なら何でも話せる気がする。逆に言えば、今を逃すといつまでたっても言えない気がした。
「私たち……別れますか?」
「いやなんでそうなるの?」
「だって南雲さん、私のこと好きではないですよね」
「……だからなんでそうなるの?」
 もしかしたら全て私の早とちりだったのかもしれない。南雲さんの反応を見て私はそう感じたわけだが、当の南雲さんからは困惑の色が感じ取れる。

「南雲さんって私のこと好きだったんですか……?」
 南雲さんはがっくりと項垂れたのち、私の両肩をガシッと掴んだ。話し合いはもう少し続きそうだ。