ポイズン・キス06
今日が誕生日だと言われたから、おめでとうと返した。温室で毒草の手入れをしていたときのことだ。それでも南雲がいっこうにその場を動こうとしないものだから、私は仕方なく作業の手を止めた。
「あれ、もう終わり?」
「いや、まだだけど……」
なにかあげられるようなものでも持っていればよかったのだが、あいにく今は毒または毒入りのものしかない。ただ、南雲はプレゼントがほしいとも言わないのだ。いったい何なんだ。
「えっと、私のこと待ってたりする?」
「うん」
うんって言われてもなあ。用事があるなら先に言ってほしい。そこで私は「何か用?」と聞いた。会話のテンポ悪すぎでしょ。言葉は通じているはずなのに、違う世界の生き物と話しているみたいだった。
「それ終わったらお祝いしてもらおうかな~と思って」
「お祝い……」
「うん」
「いま毒しか持ってない」
「うーん、プレゼントがほしいってわけでもないんだけど。あ、でも毒はもらえるならもらっとこうかな」
ますますよくわからない。ただこの状態で作業を続けられるほど私は図太くなかったので、先に南雲の希望を叶えることにした。
誕生日を祝ってほしいって、私なら何とも思ってない人相手には言わない。……いやでも、友達なら言うかもしれない。だけど南雲には私よりも仲のいい友達がいるわけで。
なんで私、と聞くにはちょっと勇気がなかった。だって相手は南雲だ。私の常識なんて通用しないだろうし、意識しているのがバレたらそれこそ大惨事になってしまう。
「何の毒がいいの?」
「きみが作ったやつなら何でも」
「……用途は?」
「自分用~」
毒耐性をつけたいというところだろうか。聞いてみたら「そうかも」と、なんだかはっきりしない。
これで明日にでも南雲が死んだなんて言われたら、私はどうすればいいのだろう。まあさすがにそれはないと思うが。
私はポケットに入れていた錠剤を渡した。効果は眠くなるというもの。まあこれは毒というより薬に近いかもしれない。ただ、その辺に出回っているものよりは何倍も効果がある。
「これ何回分?」
「一回分」
「え~」
「……一気飲みされたら困るし」
「それって僕のこと心配してくれてる?」
「私が困るの」
「そっかそっか~」
南雲は錠剤の包みを剥がしてポイと口の中に放り込んだ。
(……え、嘘でしょここで?)
「これどんな効果があるの?」
「ね、眠くなる……」
「あー……ごめんちょっとここ座って」
よくわからないまま、私は南雲に指示された通り花壇のレンガに座った。そして隣から南雲が寄りかかってくる。
「え、ちょ!」
声をかけても肩を叩いても返事はなかった。最初は私の肩に頭が乗っかっていたけど、やがてずるりと落ちて膝枕をしているような体勢になってしまった。
これじゃ動けない。授業が終わっているとはいえ非常に困る。何せここは人が通るし……。
「あ? 何やってんの?」
言ったそばからこうだ。よりによってどうして温室なんかにいるのか、リオンは私たちを見てにやりと笑った。
「リオンちゃん助けて!」
「なに、寝てんの?」
「誕生日だから毒薬ちょうだいって言われて、あげたら飲んじゃったの!」
「へー」
リオンはつかつかと歩いてきて、南雲の寝顔を覗き込んだ。そしてひと言、
「タヌキじゃん」
「……へ?」
次の瞬間、リオンはナイフを南雲の喉元めがけて真っ直ぐ振り下ろした。そのとんでもない迫力に悲鳴を上げることすらできず、私はただ呆然としていた。
しかしナイフが南雲に刺さることはなかった。リオンの腕をがっちりと掴んでいる、刺青だらけの手――南雲は私の膝の上で寝返って「もー」と声を上げる。おそらくリオンのことを大して怖くもない顔で睨んでいるのだろう。
「残念だったなあ?」
「なんで温室?」
「近道なんだよ。じゃ、ごゆっくり」
リオンはそれだけ言って姿を消した。南雲がまた私の膝で寝返りを打つ。真正面で目が合った。
「な、」
なんで、と言いたかった。しかし目が合っているのが存外恥ずかしく、私はすぐに顔を逸らした。
何か言ってほしい。言い訳なら聞いてやる。そのくらいの気持ちでいたけど、南雲は何も言ってこない。恐る恐る視線を南雲に向けてみたら、あろうことかコイツ、また目を閉じていた。
「ちょっと、起きてるんでしょ!」
言えば南雲はうっすらと目を開いた。
「ん~……でも全く効いてないわけじゃなくてさあ。立ってられそうにないんだよね~」
じゃあさっきのナイフを止めたときの動きは何だったのか。南雲の頬をつねってみたら、思っていたよりやわらかくてびっくりした。
「いひゃい」
南雲の抗議を無視して、つねって口が開いたところに解毒剤を流し込んだ。その際に少し口から零れてしまって、私の服についたら嫌だったから指で拭ってあげた。
南雲は一瞬ポカンとしていたけど、解毒剤が効いてきたのかのそりと起き上がった。しかしまだ目は半分しか開いていない。
「顔真っ赤だね。恥ずかしかった?」
「当たり前でしょ!」
「当たり前なんだ」
南雲はまだぼけっとした顔をしていて、しかも私にわりと近い距離で言う。私が後ろに体を反らせば、なぜかその分だけ南雲も近づいてきた。
「……ねえ、寝ぼけてるの?」
「んー……どうかなあ」
「離れてくれないなら誕生日のお祝いはしない」
そう言えば、南雲はぱっちり目を開いた。やっぱりタヌキだコイツ。
「えー、それはずるいじゃん」
「ずるくない。早く立って!」
「お祝いって何してくれるの?」
「決めてない!」
「じゃあキスして」
「…………っはあ?」
もしかしてバレてる? それともただの気まぐれ? どっちにしたってチャラすぎる!
考えているあいだにも、南雲の顔がどんどん近づいてくる。このまま流されてたまるかと、私は彼の額をグイと押した。
「いや! しない!」
「嫌なの?」
「だって普通、お祝いでキスとかしない!」
「それは人によるんじゃない?」
もっともらしいことを言っているように見えるが、めちゃくちゃだ。最初からキスするつもりでここに来たわけではなかっただろうに。
「もともと私に何させる気だったの?」
「特に考えてなかったな~。でもほら、毒飲んだらなんか……したくなっちゃって」
「……私は毒飲んでもキスしたくなったりとか、ないし」
「じゃあ食堂行こっか。ちょうどお腹空いたし」
「ええ……?」
やけにあっさり南雲は引いた。もうキスのことなんて忘れたみたいな顔してスタスタと歩き始める。助かった……はずなのに、私はどこかモヤッとしていた。例えば「好きだから」なんて言ってくれたら、私だって……。
食堂で私は食券一枚とお菓子を一つ南雲に奢った。毒なんて渡さず最初からこうしていれば、それだけで済んだのかもしれない。私はいつまでもさっきの温室でのことを考えているのに、南雲はきっともう忘れている。恋って不毛だ。これだけ振り回されて、それでもまだ好きなのだから。