友達だから03
南雲から連絡がこない。
二日連続で連れまわされて、三日目は何をさせられるのだろうと思っていたところにこれだ。なんで私がアイツからの連絡待たなきゃいけないの。逆でしょ、私がアイツのこと監視してるんだから。
「今どこですか」
メッセージを送ってみても既読にならない。本来なら南雲がどこにいるかなんて自分で調べなければならないことだが、それでも腹が立つ。
このまま二度寝してもいいかもしれない。南雲とは協定を結んでいるのだから、しばらくは猶予がある。だけど上も「何も怪しいところはありません」という報告にいつまでも納得してはくれないだろう。
私はベッドの上で大の字になった。そして目を瞑る。落ち着かない。なんだか気持ち悪い。モヤモヤする。
(あーもう……)
気が小さいと、こういうときに損だ。安いスーツに着替えて出社して、前任について調べることにした。
諜報部は他よりも閲覧できるデータの範囲が広い。しかしORDERの南雲を監視するという任務はやはり、すぐ閲覧できるようなところには登録されていなかった。というか、どこにも登録されていないのだろう。私の経歴にだって南雲を調査しているとは一切書かれていないのだ。
それで代わりに調べることにしたのは、ここ最近で死んだとされる諜報部のリストだ。ここには本当に死んでしまった人や、死んだことにされている人の情報が記載されている。
諜報部は人数が少ないこともあってか、死者数はそこまで多くない。しかし一つ一つ確認していったところで南雲とのつながりはみつけられなかった。やっぱ無駄足だったか。
何も収穫がないままは帰りたくなかったので、ついでに南雲のこれまでの仕事についても調べてやることにした。ここで閲覧できるのは私たちが見てもいいとされるデータだけだが、それでもまあ数の多いこと。ORDERの仕事は、元・連盟員を相手にすることが多いと聞いている。私の名前がここに載らないことを祈るばかりだ。
(あ……)
一番下までスクロールしたところ、みつけてしまった。今、彼がどこで何をしているのかを。
知ってしまったからには無視できない。今日の南雲の仕事は特に何も問題のないようなものだったが、一生懸命仕事してますアピールはしておかないと。私にだって監視の目はついている。そんなに厳しいものじゃないからまだやっていけているけど、いつまでこの状況が続くのかもわからない。
ある飲食店で行われている武器の違法な売買の元締めを始末するのが今日の南雲の仕事だった。わざわざ彼が出るような仕事ではないような気がするが、殺連は万年人手不足である。上に行けば行くほど楽できるのかと思いきや、夢のない話だ。
今日は正式にお呼ばれしていないので、巻き込まれない距離から南雲の仕事ぶりを眺めていた。お手本のような殺しっぷりだった。私が到着して五分も経たないうちに決着がついて、なぜか南雲は私のほうに向かって手を振っている。そしてスマホが鳴った。
「来てたの~?」
「仕事なんで。っていうかメッセージ無視しましたね。いつどこで何をするのかちゃんと報告してください」
「束縛激しいタイプ?」
「そうかもしれません」
「困っちゃうなあ」
「私に言えないようなことしてたんですか?」
「別に~。今日は表向きの仕事だったし君も疲れてるかなーと思って」
「お気遣いどうも」
いきなりブツッと通話が切れたかと思えば、すぐ隣まで南雲が来ていた。もはや驚きも何もない。慣れてしまった自分が憎い。
「南雲さん」
「うん?」
「今日は食事、誘ってくれないんですか」
「え?」
「回転寿司、行きたかったのに」
「え~っ!」
南雲はキラキラした目で私のことを見てきた。おい、断るなよ。断られたら二連敗だ。その揶揄うような顔をやめろ。
先に耐えられなくなったのは私のほうだった。「やっぱりいいです」半分言いかけたところで南雲がわざとらしく遮ってきた。
「じゃ行こっか~」
「……はい」
少し時間が早いこともあってか、寿司屋は空いていた。タッチパネルで注文を済ませて寿司が来るのを待っていると、南雲に突然スマホを奪われる。
「え、ちょっと」
「束縛激しい君には~……これ!」
返却されたスマホには位置情報共有アプリが入れられていた。これで僕がどこにいるかいつでもわかるよ~って……何考えてんのコイツ?
「なに勝手に……」
「え~。だめだった?」
「……いや、」
冷静に考えてみると、だめどころかこちらに好都合な気がしてきた。フェイクを入れられることもあるとは思うけど、これである程度は南雲の動向が掴める。私の居場所なんてなぜか最初から完全に把握されているようなものだし、ここは素直に感謝すべきなのか……? 試しに起動してみたら、南雲の位置はちゃんと表示されていた。
「束縛は嫌なんじゃなかったんですか」
「まあ友達だしこのくらいは?」
「何か企んでます?」
「え~酷い」
「っていうかどうやってロック解除したんですか」
「内緒~」
「……はあ、」
なんかどっと疲れた気がする。今日はほとんど何もしてないのに。とりあえず、寿司が来たので食べることにした。
焼肉のときは私から質問するばかりだったけど、今日は南雲のほうがお喋りだった。しかし内容がまったくないというか、どうでもいいようなことしか聞いてこない。「寿司ネタは何が好き?」とか「先週の金ロー見た?」とか。しかも私が返事をせずとも「ちなみに僕は~」と、会話が途切れないのが恐ろしかった。
こんな話を延々と聞かされるためにここへ来たわけじゃない。話の流れを変えなければ。
「南雲さんの明日の予定は?」
「明日はオフだよ~。特に何も予定はないかな」
「ではずっと家に?」
「うん」
位置共有したばかりでそれは怪しすぎないか。スマホを自宅に置いて出かければアリバイ完璧ってやつじゃないか。連絡して繋がらなくても後から「寝てた」とか適当に言い訳するつもりだろう。
私のじっとりした視線に気づいたのか、
「もしかして怪しまれてる?」
と、南雲が首を傾げる。
「……まあ、そうですね」
「ふーん。でもさあ……本当に僕のこと監視してるわけじゃないんだし、僕が休日何してようが君には関係ないよね」
「……」
急に真っ当なことを言ってくるから困る。私は南雲が何をしようが「問題なし」と上に報告することになっているのだ。ちゃんと監視してますのポーズさえ取っていればいい話で、南雲からしてみれば、私に付きまとわれる理由はない。仕事に連れて行かれたり位置情報を共有してくれたりと、普通ではありえないようなことばかりしてくるから感覚が麻痺しかけていた。今考えてみれば、あの高額な振り込みも本当に買収のつもりだったのかも。……やば、私のほうが怪しまれてる。
謝ったほうがいいだろうか。自分が疑われないために必死だったとか言って。嘘は言っていないし。
さっきまであんなにうるさかったのに、急に空気が凍った。いつの間にか店内の客が増えていたらしく、周りの話声がやたらと耳につく。静かに寿司を食べる南雲を前に「何でもいいからはやく謝っとけ」と思うのに、口が縫い付けられたみたいに開かない。
「……なんてね~!」
目の前の男はニコ、と笑った。だけどそれで安心することはできない。「冗談だった」というより「冗談だったことにしてあげる」と、これは私の考えすぎかもしれないが、そういう風に見えたのだ。
「そんなに言うなら僕の家くる?」
「え」
「明日休みだし泊まっていいよ」
「いや……」
「監視しなきゃいけないんでしょ? いいよずっと監視してて」
ターゲットの家に招かれるなんて普通に考えたらチャンスだ。だけど、どうもそうは思えない。何も情報を与えない自信があるのだろう。もしくは罠……。南雲の笑顔が怒っているように見えるのも相まって、不安が増してくる。
自分が諜報部に向いていないとつくづく実感した。罠でも飛び込んでやろうという気概が私にはない。
「……ごめんなさい」
「うん?」
「……行くの、ちょっとだけこわいです」
諜報部のくせにと思われるだろうか。それとも初心な女を演じていると疑われるだろうか。今のは嘘じゃないどころか、ほぼほぼ本心から出た言葉だった。
南雲は箸を持ったままポカンとしている。さっき注文したあさりの味噌汁が流れてきていたような気がするが、取りそこなってしまった。
「ごめん、怖がらせちゃった?」
「……いえ」
「なんで君なんだろうね」
「?」
「前の監視の人たちとは全然タイプ違うから」
「……話したことないって言ってませんでしたっけ」
「なんとなくわかるじゃん」
「違うタイプで攻めようとしたのかも」
「なるほどね~」
南雲の視線が動いたと思ったら、取りそこなった味噌汁を店員さんが運んでくる。「すみません気づかなくて」愛想よく南雲が言った。
居心地が悪くて早く食べてしまいたかったけど、汁が熱くてそうもいかない。南雲と目を合わせないように注文用のタブレットを見ていたら、焦がしキャラメルプリンの画像が目に入る。おいしそう……。でも今日は我慢だ。
「デザート注文しとく?」
「もうお腹いっぱいです」
「じゃあ僕の分だけ頼むね~」
いや頼むんかい。私の早く帰りたいオーラを無視したな。どうせ待っとかなきゃいけないなら私も食べたかった。
「……あの」
「なに?」
「やっぱり私の分も」
「はーい」
プリンは味噌汁を食べ終わったタイミングで提供された。表面でぷつぷつ弾けるキャラメルからいい香りが漂ってくる。
(おいし~!)
口当たりもなめらかで、甘さもちょうどいい。恥を忍んで頼んでよかった。
「かわいいね」
「……はい?」
聞き間違いだろうか。まさかプリンがかわいいと言ったわけじゃないだろう。だけど私に対して言うような言葉でもない……いや、好きにさせようとしているならあり得るのか。あれだけビビらせておいて今さらな気もするが……。
南雲はにこりと笑った。
「早く帰りたいのに食欲に負けちゃうとこ」
「……」
これは単におちょくられているだけだ。深く考えるだけ無駄。悔しかったのでプリンはしっかり味わいながら食べてやった。
「今日は私が払います」
殊勝な態度は継続しておくべきだろうと言ってみたら、
「え~、いいの? ごちそうさま~」
この笑顔である。まあ、もとは南雲に入るはずだった金を貰っているのだから、このくらいなら痛くない。
店を出ると当然のように南雲が私と同じ方向に歩き始めたので先手を打っておく。
「今日は私が勝手に来ただけなので、送ってもらわなくて大丈夫です」
「僕も同じ方向なんだよね~」
「……そうでしたか」
勝手に勘違いして恥ずかしいなんて思いながら歩いていたけど、いつまで経っても南雲との別れ道が来ない。本当にこっちの方向なのかと聞きたいが、二度目はなかなか聞きづらいものがあった。
とうとう私の家の前までついて、南雲はいつもと同じように手を振った。そして「またね」と言って来た道を戻っていく。少しも偽装する努力をせず、堂々としたものだ。
私は家の中でしばらくスマホを眺めていた。位置共有アプリで示された場所はどんどん遠ざかっていって、三十分経過したところで移動が止まる。……全然同じ方向じゃないし。