友達だから05

 念願の隠居生活を初めて数カ月が経ち、もしかしたら暇すぎて死にそうになるんじゃないかと思ったけど、案外まだ楽しめている。一つ誤算だったのは、思ったよりも税金を払わなければならなかったことだ。
(でもまあ、払えない額じゃないし極端に贅沢しなければ大丈夫なはず……)
 月イチで旅行はやっぱだめかな~なんてベッドでごろごろしながら悩んでいると、久しぶりにスマホが鳴った。
「ラーメン行かない?」
 南雲から連絡がくることなんて二度とないと思っていたから、目を疑った。見間違いではなかったので、次に考えられるのは……罠。だけど今の私を罠にはめようとする人なんていないだろうと冷静になる。
「行きます」
 もう一カ月以上は人と話していない。そんな私には魅力的過ぎる提案で、すぐに返事は決まった。

 久しぶりなことを感じさせない雰囲気だった。とくに積もる話もなく普通にラーメンを注文して、どうしても気になったので聞いてみる。
「今日は急にどうしたんですか?」
「んー? 普通に友達とラーメン食べたいなって思っただけだよ~」
「へー……。まあ、私も最近人と全然喋ってなかったから、誘ってもらって嬉しかったです」
「ついでにお願いしたいことがあってさ~。この人のこと調べてほしいんだよね~」
 そう言いながら南雲は私のスマホに画像を送信してきた。やっぱ仕事の話じゃないか騙された。
「私に南雲さん以上の仕事ができるわけないんですよね」
「それはわかってるけど僕も忙しいからさ~」
 懐かしいこの感じ。銃をこめかみに突きつけてやりたくなる。
「平穏な生活の邪魔しないでくれます?」
「僕と会ってる時点でだめでしょ」
「……ぐ」
「ライセンス返納してないよね?」
「……まあ」
「ちゃんと報酬も払うよ?」
 さてはこいつ、莫大な金額を振り込んだことで私が高額納税しなきゃいけなくなったのわかってて言ってるな。あーもう本当、腹が立つ。
「そうですね……じゃあ、今回だけ特別に。友達なので」
 南雲は満足気に目を細めた。
「ほんと、断れないよね~」
「じゃあ頼むのやめてもらっていいですか?」
「あ、ラーメン来たよ。伸びないうちに食べよ~」
 目の前に置かれたラーメンは、南雲が同僚におすすめを聞いてきたらしく普通においしかった。見た目よりもさっぱりしていて食べやすい。味変に紅しょうがを入れるといいと言うからその通りにしてみた。箸が進む。周りの客がどんどん入れ替わっているのもあって、私たちはほとんど話もせずにラーメンを食べ進めていた。

「それじゃ詳しいことは後で連絡するから」
 そう言ってあっさりと帰っていく南雲の後ろ姿に、なんか楽だなと感じた。あのときはいろんなことを考えていたから疲れていたのだと思う。そして南雲から回された仕事というのも、普通にできる範囲のもので完全に力が抜けた。本当に人手不足で誰でもよかったのだろう。振り込まれた金額を眺め、臨時収入ラッキーと目元がにやけた。

「お好み焼き食べ行こ」
「映画見ない?」
「今日は中華の気分」

 二、三カ月に一度、こんな誘いが続いた。また仕事を頼まれるつもりで行ったらそんなこともなく、本当にただ友達と会っているみたいだった。
「最近どう?」
 鍋を小皿に取り分けながら南雲が言う。私の分はきれいに盛りつけてくれていたのに、自分のとなると適当になるらしい。それがおかしくてくすりと笑うと、彼は不思議そうな顔で私を見てきた。
「そろそろ暇になってきました」
「もう一年だっけ~。復帰したいなら推薦するよ?」
「殺連はもういいです。体も鈍ってきたしジム契約しよっかなーとか考えてました」
「へ~。なんかすぐ行かなくなりそう」
「そうなんですよね~」
「否定しないんだ」
「まあ、契約して満足するタイプというか」
「僕と組まない?」
「は?」と、聞き返したつもりもないのに言ってしまった。そういう話だっただろうか。……いや、そういう話だったのかもしれない。私が暇だから、一緒に仕事をしないかと誘ってくれた。そう考えれば自然な会話の流れだ。
「……荷が重すぎます」
「初めて会ったときもそんなこと言ってたね」
「もうちょっとマシな人と組んでください」
「んー……」
 南雲は口元に笑みを浮かべながらじっと鍋を見ていた。ノリで言っているのかと思ったけど、案外本気だったのかもしれない。でも、わざわざ私を誘ってくれる理由ってなんだろう。殺連にはもっと優秀な人がたくさんいるだろうに。
「君は僕を裏切らないかなって」
 私の思考を読んだかのように、ぽつりと南雲が言った。殺連の人間は信用できないということだろうか。確かに私が辞めたときもそうだった。南雲を陥れようとする人がいて、それが私の上司だったというのが一年前。今もまた、私の知らない世界で何かが起こっているのかもしれない。だけど、私は彼に信用してもらえるような人間ではなかったはずだ。
「……裏切りますよ」
「えー! ショック~」
「ぜんぜんショック受けてなさそう」
「ひどいなあ」
「だって私、上司を裏切ってるし……そうじゃなくても南雲さんを売るか最後まで悩んでたんですから」
「そうだったの?」
「……気づいてたでしょ」
「賢明な判断だったよね~」
「……」
 大体予想はついていたけど、いざ聞かされるとゾッとする。返す言葉もなく、肉団子を箸で割って口に運んだ。話が長くなってしまったせいで少し冷めているが、ふわふわしていておいしい。
「じゃあこの話は一旦保留にして、今度の仕事でパーティに潜入するからそれだけ付き合ってくれない?」
「危ないやつですか?」
「今回は護衛だから、ターゲットの近くにいなければ大丈夫だと思うよ」
「……日程は?」
「どうせ毎日暇なくせに~」
「一言多いんですよ」
「明日だけどいいよね?」
「は~~」
 わざとらしく大きなため息をつく。本当にこの男は人を舐めているとしか思えない。実際は明日だろうが来週だろうが予定は空いているのだが、ここですんなり「いいよ」と言ってしまうのが悔しかった。南雲は私に断られるとは思っていないらしく、「ドレスは僕が決めてもいい?」と勝手に話を進めている。
「潜入用のドレスなら何着か持ってますけど」
「大丈夫? 体型変わってない?」
「……わかります?」
 南雲は何も言わずニコッと笑った。そこは気を使うんだ。今さらな気もするけど。
「やっぱジム契約する……」
「でも明日には間に合わないでしょ~? ここは僕に任せてよ」
「……じゃあ、お願いします」
「やったあ」
 何をそこまで喜んでいるのか。空になった小皿に具材を継ぎ足していると、ふと最悪のパターンが思い浮かんだ。
「……あの、パーティって健全なやつですよね?」
 いざ当日になってものすごく布面積の少ないドレスを渡されたらたまったもんじゃない。やけに楽しそうにしてるのはこれが理由か? ……と思いきや、南雲は目を丸くして固まっていた。そして肩を震わせ、しまいには吹き出す。
「……なにっ、想像してんの……あは、もー笑わせないでよ~」
「だって太ったとか言うから!」
「そんなこと言ってないじゃん」
「ち、ちがうならいいんですよ別に」
 南雲にムッとした視線を向けながら、ウーロン茶に口をつける。彼がいっこうに箸を進める気配がないから、鍋の半分以上を食べてやった。だから太るんでしょ、と店を出たあとで気付く。