友達だから06

 インターフォンを連打するな。
 ドアを開けたらブランドの袋を両手に下げた南雲が機嫌よさそうな顔で立っていた。早く着替えてと急かされ、服のデザインもよく確認しないまま袖を通して部屋に戻ると、きれいにドレスアップした美女が一人私のベッドに座っていた。……誰?
 美女はゆったりとした動作で私を見上げて、にこりと微笑む。ちょっとドキッとしてしまった。そんな場合じゃないのだが。
 南雲の連れだろうか。でも、そんな話は一言も聞いてない。というか、連れがいるなら私なんていらないはず。ぐるぐる考えていると、美女がプハッと吹き出した。
「僕だよ」
「あ、え……南雲さん? なんで?」
「今日はね~女友達と二人でパーティに参加して、いい男がいないか探してるって設定」
「そんな細かい設定いります? 普通は恋人とかじゃ……」
「恋人ほったらかしてフラフラしてたら変でしょ? 今日はなるべく離れておきたいしね~」
「……なるほど?」
 つまり、私を仕事に巻き込まないためだと……。そういうことなら納得できるような、できないような。
「それなら一人で女装して参加すればいい話では」
「まあ最悪そうするつもりだったけど。でも女一人でパーティって目立たない?」
「んー……本気で婚活するなら女性は一人で参加すると思うんですよね」
「え、そうなの?」
「だって友達にそういうところ見られたくないじゃないですか」
「へ~、そうなんだ~。それって実体験?」
「いや、想像ですけど」
「友達いないもんね」
「……目の前にいるし」
 余計なことを言ってしまったかもしれない。南雲がきょとんとした顔をしているからさらに恥ずかしかった。また馬鹿にされるんだろうなと思っていたら、急に腕を引かれる。
「やっぱり似合うね。かわいい」
「ど……どうも」
 至近距離に美女。しかもなんだかいい匂いがする。彼女が南雲だとわかってはいるけど、緊張せずにはいられない。
「髪とお化粧は僕がやっていい?」
「……じゃあ、おまかせします」

 鏡の前に座ると、ようやく自分の着ているドレスが目に入る。上品な紺色で、露出も少なく文句なしのデザインだ。何なら南雲のドレスのほうが胸元を開けさせているので、気を使われたのかもしれない。
「もー、どこ見てんの?」
「よくできた胸だなあと」
「触ってみる?」
「……いいんですか?」
「いいよ~」
 どういう原理でできているのかわからないから、崩さないようにちょこんと人差し指でつついてみる。ふわふわしていた。でも、なんだかいけないことをしているみたい。一歩間違えたら変な雰囲気になってしまいそうだったから、
「これは本物ですね」
 と冗談っぽく言ってみた。南雲は白けた顔で「いや偽物だし」と、自分の胸を鷲掴みにしている。すごい絵面だ。
「すごくふわふわしてました」
「君のだって似たようなもんじゃないの」
「えっ……あ、」
 チラッと自分の胸を見てしまって、南雲も多分それにつられたんだと思う。南雲の視線が私の胸元に向けられて、別に谷間が見えているわけでもなければ布が透けているわけでもないのにカッと頬に熱が集まってくる。
 何やってるんだろう。自分で変な空気にしてどういうつもりだ。でも、恥ずかしくて顔をあげられない。
「ごめーん」
「いえ……」
「でも心配だなあ。パーティで男に声かけられたらどうするの?」
「設定に忠実に……ニコニコしておこうかと」
「君のドレス、もっとダサいやつにすればよかった~」
「……それは嫌」
「女の子って複雑だよね~」
 一人で納得したような顔をして、南雲は私の髪に手を伸ばす。変装するみたいにパッと終わらせられるのかと思いきや、彼が手にしたのはヘアアイロンだ。
「あの~……」
「何?」
「パッて終わらないんですか?」
「それじゃつまんないし」
「意味わかんないです……」
 南雲はにこりと笑うだけでそれ以上は答えようとしない。なんか怪しいな……。
「あ、かわいくしてくださいね?」
 本気で男を探しに行っているわけではないけど、変な格好でパーティに参加するのは嫌だ。ダサいドレスにすればよかったとか言われちゃってるぐらいだし、釘を刺しておかなければ。
 すぐ後ろで南雲がため息をつく。そうしている間にも作業は進み、彼はすでにアイロンを終えてクルクルと髪をねじったり編みこんだり、私にとっては未知の世界に突入していた。
「そんな心配しなくてもちゃんとかわいくしてあげるって」
「……お願いしますよ」

 それからわずか五分程度の時間で私の髪は仕上がった。普通にかわいい。
 髪が終われば次はメイクで、普段使っている道具を出せと言われたから出したのだ。そしたら南雲はなぜか嬉しそうに
「それだけしか持ってないの?」
 と言う。
「元がいいので」
「なるほどね~」
「そこは突っ込んでいいんですよ」
「ごめんね気が利かなくて」
 そう言いながら南雲は自分の荷物をごそごそと漁る。出てきたのは口紅とアイシャドウで、美女は妖艶に笑った。
「僕とおそろいにしよっか」
 不意打ちはやめてほしい。コク、と頷くことしかできなかった私はさぞ滑稽だっただろう。

 他人に化粧をしてもらうことなんてそうそうないし、しかもそれが知り合いであればなおさら意識してしまうものじゃないだろうか。南雲と目が合わないように鏡のふちを見つめているけど、仕上がりが気になってつい視線を向けたら、鏡越しに目が合ってしまう。
「すーぐ赤くなる」
「チーク塗りすぎでは」
「まだ塗ってないんだよな~」
「……」
「ねー約束。かわいいとか言われても変なやつについて行かないでよね」
「私のことなんだと思ってるんですか」
「……それはちょっと言いづらいな~」
 何よそれ。睨みつけてやりたいのに目を閉じるように言われる。さっきからチマチマとアイラインを引いているみたいだけど、妙にくすぐったい。自分ではこんなに丁寧にやったことがなかったからだろうか。
「はい、できた」
 鏡で見る自分は心なしかいつもより小顔な気がした。派手なメイクではないけど、よくみるとキッチリ仕込まれている感じだ。
「……器用ですね」
「元がいいからじゃない?」
「はいはい」
「あれ、これは照れないの?」
「まあ、」
 明らかにお世辞っぽいし。とは言わなかったが、つまりそういうことだ。南雲は「よくわかんないなあ」と首を傾げていた。