前世の記憶を思い出したら殺せなくなって、南雲に目を付けられる話03
「へ~、殺し屋がいない世界かー。そしたら僕、何して働こうかなー」
学食のど真ん中の席で南雲に当ててもらったオムライスを食べながら、私は憔悴しきっていた。さっきからずっとこの調子なのだ。午前の授業はとっくに終わっていて、周りには昼食をとりに来た生徒が大勢いる。南雲がわりと大き目の声で話すせいで(多分わざと)周囲からの視線が痛い。JCCでの人間関係なんてどうでもいいと思っていたけど、これはあんまりじゃないだろうか。
「あ、坂本くーん」
(げ)
南雲がひらひらと手を振り、坂本が近づいてくる。南雲が何を言うかは大体想像がついた。
「この子、退学するんだってー」
「そうなのか」
坂本と目が合う。坂本は特に興味がないようで、そのまま南雲の隣の椅子を引いた。
「坂本くんまたレーション? 飽きないの?」
「別に何でもいい」
「じゃあJCC丼にしなよ」
「それは嫌だ」
「なんでもいいって言ったじゃーん」
……これはチャンスか? 二人が話しているうちに逃げよう。
しかし私が席を立とうとすると、すかさず南雲が話を振ってくる。
「坂本くんにも前世の話してあげて~」
「……嫌」
「なんで? 僕には話してくれたのに」
「後悔してる。話さなきゃよかった」
置いてけぼりの坂本には少し申し訳ない気がしたが、私は勢いのまま席を立った。さすがに南雲も、友達の前だし追いかけてはこないだろう。
(……って、また食べるもの買ってないし)
戻るのは面倒だけど、明日は寮の外に出たくないという気持ちのほうが強かった。げんなりしながら出たばかりの食堂を振り返ると、入り口のところに南雲が立っていた。
何か言いたそうにしている南雲を無視して横をすり抜ける。後ろからついてきているのはわかっていたけど、私はあえて振り向かなかった。
「……ごめん」
「……」
「泣いてる?」
「安心して。これくらいじゃ泣かない」
「……そっか」
なんで急に謝ってくるの。そんなことされたら無視してる私が悪いみたいじゃない。
カップラーメンを腕の中に積み上げていたら、その一番上に南雲がポッキーを置いてきた。
「ねえ、反省してるんじゃなかったの?」
「これからどうするつもり?」
いや私の質問は無視かい。
「退学はもう少し考えてって親に言われてるから、来週また連絡しようと思ってる」
「うん……それもだけど、退学したあとは?」
「決めてない」
「ちゃんと考えないと~。まあ、どうしても決まんなかったら……」
南雲は私からカップラーメンを取り上げて、ドサッとレジのカウンターに置いた。
「え、なに?」
「…………僕んちで雇ってあげてもいいかなーって」
ぼそっとした声で南雲は言った。
(……ええ?)
そういえば、南雲の実家はかなり太いと聞いたことがある。確かスパイの名家だったか。でも得体の知れない人間を雇うスパイなんて聞いたことないし、怪しすぎる。そもそも南雲にそんな権限があるのかも疑問だ。
沈黙が流れる中、「お会計1497円です」とレジの人の声がする。その時すでに南雲がお金を出していたせいで、払いそこねてしまった。
ずい、と南雲がレジ袋を差し出してくる。まず何から言えばいいんだろう。お金払う? この際、迷惑料として奢ってもらう? そもそも何の話してたっけ?
「いや殺せないって言いましたよね」
「だよねー、あはは」
「お金払います」
「払わなくていいから、明日学食奢って~」
「明日は寮から出ないので」
「なら明後日。毎日三食カップ麺は体に悪いよ」
「……朝は食べないし」
「じゃあ明後日のお昼ね、約束~」
(はああああ!?)
またも私の返事を聞くことなく、南雲は姿を消した。絶対行くもんか。そう思っていたのに……。
二日後、三連続でカップ麺を食べた私の胃は限界を迎えようとしていた。しかも顔に大きなニキビができている。せめて半分はレーションを買っておくべきだった。
しかも全く運動をしていないせいで身体も鈍った気がする。……いや、殺し屋にはならないんだから今までのトレーニングを続ける必要はないんだけど、なんか嫌なのだ。この筋肉のほとんどが脂肪になるんじゃないかと考えたら恐ろしい。
決して南雲と約束したからではないと自分に言い聞かせながら寮を出る。何かまともなものを食べたいなら誰かにレーザー銃を撃ってもらう必要があるわけで、友達のいない私にとっては頼れる人は一人しかいなかった。そう、「私が」南雲を利用しているのだ。
「今日は何にする~?」
「野菜……」
「え、豚骨ラーメン?」
「たっぷり野菜のビビンバ!」
二人分の代金を私が払って、二人分の食券を南雲が撃ち取る。向かい合わせで席に座ったとき、ちらっとニキビを見られた気がした。とっさにうつむいてしまったけど、むしろ隠そうとしてしまったことを恥ずかしく思う。南雲はニキビについては何も言ってこなかった。私が気にしすぎだったのかもしれない。
「南雲くんの言う通り、毎食カップ麺はやばかった」
「じゃあ明日何食べるか決めといてよ」
「……うん」
今日の南雲は、前世についての話題は振ってこなかった。単に飽きたのか、もしかしたら本当に反省していたのかも……考えすぎだろうか。
翌日、今日は海鮮丼にすると決めて寮を出た。そして食堂に入ってすぐ目に付いたのは、坂本と赤尾と三人で楽しそうに話している南雲の姿だった。
ショックを受けている自分にショックを受けている。私ってこんなだっけ、とびっくりもした。南雲が悪いわけじゃない。もちろんあの二人もだ。ただ、「私ってダサいな」って思ってしまった。
自分の感情に気づかない振りをしながら南雲たちに近づく。引き返そうかとも思ったけど、それが何かを認めてしまうことになるような気がしたのだ。
「南雲くん、今日は海鮮丼がいい」
「はーい」
南雲が席を立って券売機のほうへ向かっていく。赤尾と目が合ったけど、彼女の視線はすぐに南雲の背中を追いかけた。坂本に関しては、こちらを見向きもせずに食事を続けていた。
無事に海鮮丼を受け取った私は、空いている席を探す。
「待って、僕もトレー持ってくる」
「いや大丈夫。ほら、あそこちょうど一席しか空いてないし」
「んー……そっか」
「今日もありがとう」
「どういたしまして~」
これなら殺し屋を目指していた元の私のほうがよかった。人生二周目ってなんだよ。馬鹿みたい。
その日、寮に戻った私は父親に電話を掛けた。きっと母から話は聞いているだろうし、我が家の最終的な判断をするのは父だ。まだ一週間経っていなかったけれど、もういいだろう。授業も受けない訓練も受けないただ学食を食べているだけの自分がここにいることがおかしいって、ようやく気づいたのだ。
「やっぱり無理です」
通話が始まってすぐ、私はそう言った。
「ここまでいくらかかったと思ってる?」
「お願いします。無理です」
父はなかなか許してくれなかった。だけど何度も同じ文言を繰り返す私に呆れたらしい。これまで何度も聞いた大きなため息が、電話口から耳を通り抜けていく。
「わかった。ただし条件がある」