武器オタク(♀)は男子耐性がない03
昨日は勢羽のおかげで無事に課題を提出することができた。そして今日は次に作る武器の設計図を引く予定だった。ところが……
「あー、やっぱ最新式はちげーわ。まじ楽だー」
独り言なのか疑わしいレベルで勢羽がうるさい。そのせいで周囲もざわついている。そして勢羽が使っている「最新式」というのが、なまえが貸した溶接機なのだ。
なまえは工房を出るべきか迷った。だけど出て行ったら出て行ったで変な噂話をされそうで、それに昨日「アイツに遠慮しない」と決意したばかりだ。でもこの空気は地獄。そんな中、勢羽に近づく男がいた。
「おいナツキ……それ勝手に使ってんじゃないよな?」
「まさか。ちゃんと許可取ってますよ」
そうして勢羽がなまえのほうを見るから、今度はなまえが注目を浴びてしまう。だがなまえと目が合った瞬間、男子生徒たちは気まずそうに目を逸らした。
(どうしろっていうわけ!?)
残念ながら、陰キャ同士では何も話が進まない。かといって勢羽が手助けしてくれるわけではなく、彼はしゃあしゃあと溶接を続けている。
「俺も使ってみたい……」
溶接の音に混じりながらもその音はしっかりと響いた。誰が言ったのかはわからなかったけど、確かにハッキリと。武器オタクとしての好奇心がそれまでの葛藤を乗り越えたのだろう。なまえも同じ武器オタクとして、その心には応えなければならなかった。
「お昼までなら使っていいよ」
辺りがしんと静まる。何なら勢羽の出していた溶接音すら消えた。寿命が三年くらい縮まった気がした。
しかし数秒後には、わっと声が上がる。「マジで?」「俺も触りたい」「ナツキどけよ」
「しょーがないですね……」
そう言って勢羽が溶接機の前から退く。……が、今度は誰も動こうとしない。なまえにも痛いくらい気持ちがわかる。誰も一番手にはなりたくないのだ。今回の場合は勢羽の次の二番手なのかもしれないが。
「誰も使わないなら使いたいんすけど」
勢羽が再び溶接機の前に座ろうとすると、なまえの同期の一人が勢羽を押しのけた。やれやれといった顔つきで勢羽は自分の机に戻っていった。
「……サンキュー」
肩のあたりを見ながら言われた。
「や、全然」
同期のつむじを見ながら言った。
それから彼らとの少し距離が縮まったような気がしていた。目が合えばおはようと言う。だけど相手がこちらを見ていなかったら、気づかなかった振りをして通り過ぎる。貸すばかりでなく借りたこともあった。作業に少しゆとりが出てきた。だけど相変わらず物はよくなくなる。それを勢羽に問い詰めようとしたら、周りが味方になってくれたこともあった。
「なんか」
なまえが座っている椅子の背もたれに片手を乗せて、勢羽が言った。「なんか」の続きを言うのにずいぶんと時間がかかっている。しびれを切らしてなまえが勢羽を見上げると、ふいと目を逸らされた。
「なんか……何?」
「いや……最近よく喋ってんなと思って」
「まあ、前よりは……おかげさまで?」
「俺のおかげってわかってんならいいんすよ」
「はあ、」
話は終わったのかと思ったが、勢羽はいっこうに動こうとしない。
「ていうか」
「なんか」の次は「ていうか」か、となまえは思った。そしてまたも続きを言うのに時間をたっぷりとかけている。もしかしたら本当は何も話したいことがないのかもしれない。もしくはその逆。本題を切り出しづらくて適当に話している、とか。
「昼メシ食わないんすか?」
「んー……もうちょっと」
はあ、と勢羽がため息をつく。どう考えてもこれが本題なわけがない。
「勢羽くんはまだ食べないの?」
「だから先輩のこと待ってるんですって」
「……?」
だから、とは。勢羽があまりにも突拍子もないことを言うものだから、なまえは手を滑らせてしまった。ドライバーが床に落ちる。勢羽はそれをゆったりとした動作で拾い上げた。
「つーか今日、二時で食堂閉まるの忘れてるでしょ」
「……あ!」
そういえばそんなメールがきていたような。どうりで今日はみんな一斉に工房からいなくなるわけだ。それなら早く言ってくれればよくない? なまえは思ったが、忘れていたのは自分なのでぐっと耐えた。
食堂が閉まるまであと三十分。もはや諦めてもいいような気もしてくる。
「カップ麺にしようかな……」
「あーあ、昼も夜もカップ麺すか」
「そっか、今日は夜も閉まってるんだ……」
「売店すっからかんでしょうね」
「昼は抜いて夜はカップ麺……」
「いいから行きますよ」
勢羽に腕を引かれる。
「え、痛」
「照れてんすか?」
「怖い」
なまえが言うと、勢羽はパッと手を離した。
「怖くはないでしょ」
「……」
まあ、確かに怖いは違うかもしれない。でも何か得体の知れない恐怖を感じたのだ。せめて勢羽が何を考えているのかわかればまだマシなのだが、本当に何がしたいのかわからないからいから困っている。
「俺、今日は親子丼食べないとこのあと作業できなくなりそうです」
「そうなんだ」
「なまえさんが代わりにやってくれるならいいですけど」
「……とりあえず食堂行こう」
なんで急に名前を呼ばれたのかわからなかったし、一緒に食堂へ行く理由もわからなかった。例えばここで「ナツキくん」と呼び返したり、「なんで急に名前」と言えるような度胸がなまえにあればまた違ったのかもしれない。
一歩先を行く勢羽を追いかけながらも、どうしてとばかり考えてしまう。名前を呼ばれた声を思い出したらなんだか恥ずかしくなってきた。
「勢羽くん、私も親子丼がいい」
「透明スーツあれば余裕っすね」
「着てなくない?」
「……外しても文句言うなよってことです」
「まあ勢羽くんなら大丈夫でしょ」
「……」
ズルもするけど実力がないわけじゃない。銃の扱いは武器オタクの名に恥じないレベルだというのはよく知っている。ところが勢羽は、一発目を大きく外した。カレーライスの食券が券売機から出てくる。
「……」
「え、緊張してる?」
「……」
「代わろうか?」
勢羽は返事もせずに二発目を撃った。今度はちゃんと親子丼のど真ん中に当たっている。
「私カレー食べるよ」
「……ここ来たら急にカレーの気分になったんで」
「親子丼食べないと作業できないって言ってた……」
「そこはスルーしてくださいよ」
勢羽は親子丼の食券をなまえに押し付けてカレーを受け取りに行った。そしてなまえも無事に親子丼を受け取ったのだが……。
(……これ隣に座るべき?)
勢羽の隣の席は空いている。そこしか空いてなければよかったが、他にも空席はあった。ここまで一緒に来てわざわざ別の席に座るのはおかしい気がする。しかしこういうとき、陰キャは悩んでしまうのだ。
「何ぼーっとしてんだい! 片づけたいんだからとっとと食べなァ! アタシ今日は二時半であがりなんだよ!」
「すみません!」
食堂のおばちゃんに急かされ、なまえは勢いのまま勢羽の隣に座った。
「何やってんすか」
「……ぼーっとしてた」
勢羽はカレーを食べながらちらりと視線をなまえに向けた。
「どうせどこ座るか悩んでたんでしょ」
(……なぜ)
「なんでわかるかって? まー俺も同じだったんで、わかりますよ」
何が同じなのかはまるでわからなかった。だがなまえはそんなことよりも、図星を突かれたことに焦っていた。
「……わかってもそこはスルーしてよ」
「俺のマネ?」
「悪い?」
「全然」
勢羽は額に浮かんだ汗を拭いながら「辛っ」と呟いた。何か言い返したいという気持ちはあったが、時間がないのでおとなしく親子丼を食べる。勢羽はとっくにカレーを食べ終えていたが、なまえが完食するまで席を立たなかった。