人魚は魔女に恋をする
「……つまり、ジーナさんにマジカメで店の宣伝をしてもらっていたと」
「はい。僕たちのアカウントだけではどうしても偏りが出てしまうので」
アズールの鋭い視線に怯むことなくジェイドは言った。ジェイドはにこにこしているが、心臓に悪い。
ジーナはマジカメを開いて先ほどの写真を確認した。正直、今すぐ消してしまいたい。反応してくれたのはジェイドと学校の友人だけで、何の宣伝にもなっていないのだ。
「まあ確かにジェイドの言うことも一理……フォロワー10?」
しかもそのうち一人はジェイドだ。アズールの呆れたような視線が刺さる。
「い、いいでしょべつに」
「僕は悪いだなんて一言も言ってませんよ」
やっぱり写真、消してしまおうか。そう思っているとアズールのアカウントから反応が届く。それに続いてぽこぽこと通知が増え「ひ」と声を上げてしまった。
アズールはスマホをポケットにしまうと、ジェイドに偵察の報告を始めた。
出店はドリンクなどの手軽なものが多く、その中でも写真映えするようなものが人気らしい。他にもかき氷やタコ焼きなどの単語が上がり、聞いているだけでお腹が空いてしまいそうだった。
「ジーナさんならどういったものを買いたいと思いますか?」
「え、私?」
まさか話を振られるとは思っていなかった。何というか、アズールは本当に商売人のようだ。
「えーと、冷たいものがいいかなあ」
冬が近くなってきたとは言え、まだまだ暑い。特に今日は人が多く熱気がこもっている。冷たいものだったらいくらでも食べられそうだった。
「そう言えば、揚げアイスというものが売っていましたね」
「えっ、美味しそう! アズールくん買わなかったの?」
「……ええ、僕は栄養バランスに気を使っているので」
アズールがそう言うと、ジェイドがなぜかくすりと笑った。「ジェイド」アズールが睨みつけてもジェイドは涼しい顔をしている。
「すみません。ですが今日ぐらいは食べてもいいんじゃないですか?」
「僕は結構です。……それよりジーナさん、試合は見に行かなくていいのですか?」
アズールに言われてようやく思い出す。今日は大会を見に来たのだ。アズールに会えたらいいなと思っていたのは確かだが、マジフトの試合もせっかくだから見ておきたい。ただ、ほぼ無計画にここまで来てしまったため、どこに向かって行けばいいのかも分からない状態だ。「会場ってどっち?」と聞けばアズールの視線が冷ややかになる。
「……あなたって人は。ほら、行きますよ」
「え、連れて行ってくれるの?」
「会場付近のリサーチをしなければいけませんので」
アズールが歩き出して、ジーナも慌ててその後を追った。彼のすぐ後ろを歩いていたが、あいだに他の人が入ってきてしまう。だが、はぐれてしまうんじゃないかと不安になるたびアズールは足を止めて待ってくれた。それが嬉しかった。
「この辺、ポテト持ってる人が多いね」
外はカリカリ、中はホクホク。そんな宣伝文句を掲げた店の前ということもあり、たくさんの人がフライドポテトを片手に歩いている。おいしそうだ。他人が食べているのを見ると、いっそうおいしく見えてしまうものだ。「はい?」とアズールは眉をつり上げた。
「え、そういうリサーチじゃないの?」
「……ああ、いえ、それで合ってます」
「買ってきてもいいかな」
「……どうぞ」
「ありがとう」
ジーナは列に並び、迷ったすえポテトを一つ購入した。アズールの分も買おうかと思ったが、彼にもこだわりがあるようなので迷惑かと思ったのだ。しかし一人だけ食べるというのも、それはそれで抵抗がある。
はい、とポテトを差し出すとアズールは渋い顔をした。食べたくないのか、もしかしたら借りを作りたくないのかもしれない。さすがにポテト一本で貸しなんて言うつもりはないけれど。
「いらない?」
「……いえ、いただきます」
アズールは一本だけポテトを取った。ジーナも続いて口に運ぶ。強めの塩気が舌を刺激しておいしい。ポテトのおかげでさらに汗をかいてしまったが、それも醍醐味なのだろう。
「……美味しいですね、悔しいぐらい」
アズールはそう言ってため息をついた。なかなか複雑なようだ。
「ジーナ!」
「え?」
声のした方向を見てみると、校門で別れた友人が手を振っていた。隣には男の人が立っている。たぶん彼氏だ。友人はにやりと笑ってウインクしてきた。そのまま二人はどこかへ行ってしまう。ウインクの意味がわからなかったけれど、ふと隣のアズールを見て一つ想像してしまった。もしかしたら誤解されてしまったかもしれない。一度意識してしまうともうダメだ。顔に熱が集まってくるのがわかる。両手を頬に当て熱を逃がしていると、不審に思ったのかアズールが顔を覗き込んできた。
「どうしたんです?」
「あ……えっと、友達が誤解しちゃったかもしれないと思って」
「誤解?」
「私たち……その、付き合ってるように見えるのかな」
「……」
アズールは言葉を失ったようだ。文句でもいいからせめて何か言ってほしい。アズールはずいぶん時間をかけて口を開いた。
「あなた、よくそんな恥ずかしげもなく言えますね」
「……恥ずかしいよ」
「……行きましょう。試合が始まってしまいます」
後ろ姿のアズールの耳がわずかに赤い。もしかしたら暑いだけなのかもしれないけれど、自分と同じ理由であればいいのにと思う。
スタンドはさらに人が多かった。ちょうど日陰になる場所は人気のようで、どこも空いていない。仕方なく日差しの当たるところに座ったが、じりじりと頭から焼かれているような感覚になる。長くここに居座ると危険だ。
「一試合見たら休憩しましょう」
「え……」
「あなたもわかるでしょう、僕たちがこんなところに長時間いたら倒れますよ」
「うん、それはわかるけど……」
まさかアズールも試合を見るとは思っていなかったのだ。しかし言ってしまうと彼が立ち上がってしまいそうで「やっぱり何でもない」と首を振っておいた。
試合はちょうどアズールの所属する寮の先輩たちが出場するものだった。ああ、と納得する。アズールは先輩たちの試合だから見るのだ。わざわざ一緒に試合を見てくれるとか、一瞬でも変な想像をしてしまったのが恥ずかしい。どうして急にこんなことを考えてしまったんだろう。……何もかもあのウインクのせいだ。ジーナは持っていた残りのポテトをかじった。さっきよりも少し、しなびている。
ルールもあいまいなままぼんやりと試合を眺める。アズールの先輩たちは劣勢のようだ。アズールが所属するオクタヴィネル寮は人魚が多く、陸での運動は全体的に弱いらしい。その代わり、筆記テストは上位だという。
「……ねえ、アズールくんのとこも期末テストってあるよね」
「あるに決まっています」
何を言い出すんだ、とでも言わんばかりの表情である。この分だとアズールは余裕があるのだろう。
「まさかもう勉強始めてるとか」
「当たり前です。ですが、まだ時間は必要ですね。あと10年分の過去問が残っていますので」
「……え?」
10年分の過去問。聞き間違いかと思ったがそうでもないようだ。アズールは過去100年分のテストを分析して、いわゆる虎の巻を作っているらしい。そこまでしなくてもアズールなら高得点を取れそうな気もするが。
「虎の巻は僕が使うのではありません。テストに困っている人はたくさんいるでしょうから」
にやりとアズールは笑う。
「えー……売るってこと?」
「ええ。対価はお金でなくても構いませんがね」
魔法、美しい声、運動能力。相手に契約書を書かせることによって何でも自分のものにできるらしい。聞いただけでもゾッとする。
「……でも虎の巻はちょっと見てみたい」
「あなた今までの話、聞いてましたか?」
「だって私は学校違うし、ダメ?」
「ダメに決まっています。もちろん対価を頂けるというなら話は別ですが」
「残念」
そう言ったところでピーッと笛のような音が鳴る。話をしている間に試合は終わってしまったようだ。後半はアズール喋っているばかりでほとんど試合は見ていなかった。
結果はオクタヴィネルの負け。自分の寮が負けたというのにアズールは全く気にしていないようだった。
「僕は店に戻りますが、あなたはどうしますか?」
「うーん、もう帰ろうかな」
「ご友人は?」
「先に帰っていいって」
「そうですか。決勝戦が終わったら交通機関も混んでしまいますし、それがいいでしょうね」
「うん、今日はありがとう」
アズールが虚を突かれたように目を見開く。何もおかしなことは言ってないはずだけど。「どうしたの」と聞いてもアズールは答えてくれなかった。
「アズールくんのおかげで楽しかった」
「……よかったですね」
ジーナはアズールと店まで戻り、そこで別れた。少しだけ寂しいと思ってしまった。「またね」と言ったのは、次を望んでしまったからかもしれない。
本当ならジェイドにもお礼を言いたかったが、彼はどこかへ行ってしまっていたようだった。アズールに手を振ると、彼は控えめに手を振り返してくれた。
帰りの電車でマジカメをチェックする。いつの間にかフォロワー数が11になっていた。写真への反応に通知が埋もれていたようだ。まさかと思って11の数字をタップしてみると、本当にアズールのアカウントが表示されていて。嬉しくなったジーナはすぐにフォロー返した。