人魚は魔女に恋をする

 なんとか期末試験を乗り越えたら待ちに待ったウィンターホリデーだ。ただ、実家に帰るのは難しい。ジーナの住む珊瑚の海はこの季節、海面が流氷に覆われる。絶対に帰れないというわけではないが、また戻ってくることを考えるとここに残ったほうがいい。アズールたちはどうするのだろう。気になってアズールのマジカメアカウントを見てみると「カフェ、モストロ・ラウンジ近々オープン」という投稿が最新になっていた。まだ準備中のようだが、海の雰囲気を思い出させるおしゃれな内装の写真がアップされている。オープンしたら行ってみようかと思ったところで目を疑った。カフェはナイトレイブンカレッジの中にあるようなのだ。しかもアズールが経営者ということで、何一つ理解できない。
 アズールは期末テスト対策に燃えていたはずだったのに、どうしてこんなことに。まさか虎の巻でお金を掻き集めてカフェの資金にしたのだろうか。しかし、普通に考えると学校内でそんなことが許されるはずがない。だが同時に、アズールならどうにかしてしまいそうだとも思った。
 どちらにせよ校内のカフェなら部外者が行くのは難しい。できるのはスマホ越しに写真を眺めることぐらいだ。きっとアズールのことだから、新メニューだとか今日のオススメだとか、宣伝は欠かさないだろう。
「アズールくんたちはホリデーどうするの?」
アズールに作ってもらった薬はホリデーの間もじゅうぶん持ちそうな在庫があった。その報告とともに、彼ら予定を聞いてみる。すぐに反応がなかったため、ジーナは部屋の掃除を始めた。年越しまでに部屋を整理しておきたいのだ。
 卒業アルバムを探したときに見つけた服は未だダンボールの中に眠っていた。思い切って中を全部出して、箱を潰してしまう。誰か貰ってくれるような人がいればよかったが、そんなことを言っていたら一生片付けられない。ビニール紐でくくっていると、初めて陸の服を来たときを思い出した。わざわざ海の中に服を取り寄せて、何度も練習したものだ。
 縛った服を玄関の傍に積み上げ、部屋に戻る。ベッドの上に置き去りだったスマートフォンが光っていてドキリと胸が跳ねた。
 アズールたちも実家には戻らないそうだ。ホリデーの間は寮で過ごすらしい。しかもカフェの開店準備もあるということで、わりと忙しいようだ。
「アズールくんが料理するの?」
「軌道に乗れば人を雇うつもりです。今は三人でメニューの考案を」
「うちの近くのカフェの人気は桃をまるごと使ったパフェみたい」
参考になればと思ったが、送信してから男子生徒相手の商売だったことを思い出す。もちろんアズールもそれはわかっていたようで却下されてしまった。
「ですが実際のカフェのメニューを参考にするのはいいかもしれません」
これはチャンスなのでは。そう考えてジーナはハッとした。
――そもそもチャンスってどういうこと?
まるでアズールに会う口実を探しているみたいだ。……いや、実際そうなのかもしれない。マジフト大会のときだって、アズールに会えたらいいなと思っていたのだ。大会の後、友人には「ジーナも彼氏いたんじゃん」と言われてしまった。友達だと否定したけど、本当に彼氏だったら。想像してジーナは一人顔を赤らめた。
「一緒に行ってみない?」「行こうよ」何度かメッセージを送ろうとしたが、すぐに消してしまう。何を書いても下心が透けて見えるような気がして嫌だった。でも、自分から言わなければきっとホリデーは寂しいものになるだろう。
「私も調査いきたい」
送った瞬間に既読がついて心臓がドッと跳ねた。これを送るのにどれほど苦労したかアズールは知らないだろう。そして、今さら気付いてしまった。「じゃあこの店をお願いします」なんて言われたら。だって、どう考えても二人で行くよりそれぞれ別の店を調査したほうが効率がいいのだ。アズールなら本気でそう言いかねない。
 しばらく待つと「いつにしますか」とメッセージが更新された。よかった、考えすぎだったみたいだ。これってデートになるんだろうか。考えるだけでも頭がどうかなってしまいそうだ。本当はいつでもよかったけれど「週末はどうかな」と送ってみた。

***

「おや、今日はやけに気合が入ってますね」
鏡の前で服装に乱れがないか確認していると、ジェイドがにこにこしながら近づいてきた。どうしてこう目ざといのだろう。マジフト大会の後だってやけに楽しそうにジーナのことをからかってきたのだ。「好きなんですか?」と遠慮もなしに聞かれて思い出したのは、友人に誤解されたかもしれないと顔を赤くするジーナの姿だった。なんて恥ずかしいことを言うのだろうと呆れた。けど、あのときの彼女の顔は今でも忘れられない。
「べつにいつもと同じですよ」
「そうですか。てっきりこれからデートにでも行くのかと」
「え、なになに? アズール、デートすんの?」
また面倒なのに興味を持たれた。フロイドが噛んだキャンディーの音がガリッと響く。しつこい双子に追い詰められて、アズールが逃げられるはずもなかった。
「メニューの参考にするためジーナさんとカフェに行くだけです」
「べつにそれアズール一人でもよくない?」
「……ジーナさんも行きたいそうなので」
「よかったですね、アズール」
「何が」と言い返したかったが、ジェイドの思うツボなのが癪で黙っておいた。人気のカフェをネットでいくつも調べたのは店のためだ。そして結局、彼女が好きそうなプリンを扱う店に決めたのは、他にこれといった決め手がなかったからである。
 待ち合わせしたカフェに入ったが、ジーナはまだ到着していないようだ。「中にいます」とメッセージを送るとすぐに返信がきた。「ごめんもうすぐ着く」まだ約束の十分も前なんだから謝らなくていいのに。もう少し時間が経ってからメッセージを送ればよかったかもしれないとアズールは笑った。

 それから本当にすぐ来た彼女は少し息が乱れていた。まさか走ったのか。頬がわずかに紅潮していて、またあのことを思い出してしまう。「付き合ってるように見えるのかな」「てっきりこれからデートにでも行くのかと」アズールは雑念ごと水を飲み込んだ。
「わー、このプリンおいしそう!」
思った通りの反応が得られてアズールは口元を緩めた。ジーナはプリンとミックスジュース、アズールはサンドイッチとコーヒーを注文した。
「やっぱりカフェって軽食?」
「そうですね。デザート系もいいとは思いますが、まだ様子見です」
「……あ」
「どうしました?」
「じゃあプリンじゃなくてカレーとかにすればよかったのかな」
「構いません。どうせレシピなんてわからないんですから。参考にするのは何をメニューとして扱っているか、だけですよ」
「そっか」
「ジーナさんはどんなものがあったら行きたいと思います?」
「うーん、学校内にあるなら学食代わりに使えたら気分転換にいいかも」
ジーナの言うことは一理あった。学生は基本的に金欠だ。いくらおしゃれなメニューを置いたところで、そう何度も来店してもらうのは難しい。一部、富豪のような人物もいるが、おそらくカフェには現れないだろう。そうなると、手軽で食事としても満足できるような品が望ましい。
「ジーナさんはいつも学食ですか?」
「え……あー、うん」
歯切れの悪い返事だ。ジーナはどこか気まずそうに目を逸らす。どうしたのかと聞けば、料理ができないことを気にしているらしい。「カフェにも使えるメニューを教えて上げられたらよかったのに」と、まさかそんなことを考えていたなんて。
「あなたが料理をしないなんて、そんなの最初からわかってますよ」
「えっ、なんで」
「冷蔵庫を見ればわかります」
「え、見たの?」
「開けたでしょう、一度。あなたが熱を出したときに」
「あ……あー、その節はお世話になりました……」
「まさかあんなにプリンが入ってるなんて驚きましたよ」
「……」
顔を真っ赤にしてうつむいた彼女のもとにタイミングよく注文したプリンが運ばれてくる。一向にスプーンを取ろうとしない彼女にアズールの加虐心がわいた。
「食べないんですか?」
「……食べる」
 スプーンを持ったジーナがアズールをじっと見る。
「ここ、場所確認するのにスマホで調べたんだけど」
彼女の顔はさっきよりも赤い。だが、怒ったり拗ねたりしているようには見えなかった。
「このお店、プリンが有名なんでしょ」
「……そうらしいですね」
プリンにスプーンが差し込まれる。
「……おいしい」
「……よかったですね」
どうしてわざわざプリンのことなんて言ってしまったのか。言うつもりなんてなかったのに。
 続いて運ばれてきたサンドイッチの味はよく覚えていない。コーヒーは苦かった。これを食べ終わったらどうしたらいいのだろう。アズールはそればかり考えていた。