3話
誰もいない談話室でぐぐーっと背を伸ばす。ユウくんとグリムちゃんは授業に行ってしまった。私も校内に入っていいとは言われているが、魔法のことはさっぱりわからない。だから一緒に行くのも変かなあと思ってここに残ったわけだ。けど、ふと昨日ユウくんに聞いたゴーストの存在を思い出してしまう。いたずら好きなところはあるけど、基本的には無害。ユウくんはそう言っていたけど、一人でお化けに遭遇するのはちょっと嫌だ。そもそも昼間からゴーストが出てくるのかという疑問もあるが、そこはユウくんに聞いてみないとわからない。
玄関のドアは開けられないので窓から外に出る。ちょうど鍵が壊れたままの窓があるのだ。できれば直してほしいが、外出にはちょうどいい。
外はポカポカしていて、つい寝転がってしまいそうになる。何となくハーツラビュルの方角へ歩いていると、にぎやかな声が聞こえてきた。
何かのスポーツだろうか。円盤のようなものを使ってチームで競っているような……。
静かに近づいて行き、集団の中にトレイさんの姿を見つける。トレイさん、インドア派かと思っていたけどそうでもないみたいだ。運動着も似合うなあ、なんて考えながら芝生の上に寝そべっていると、頭上に影が落ちる。顔を上げると、トレイさんが私を覗き込んでいた。
「モカじゃないか。マジフトに興味あるのか?」
「ニャア?」
「知らないか? マジフト。こうやって、魔法で円盤を操って……」
トレイさんが魔法のペンを振ると、円盤がゲートのようなものに吸い込まれるように飛んで行ってしまった。
「これでゴール。得点いただきってところだな」
「ミャ~」
「もうすぐ寮対抗の大会があるんだ。それでみんな練習してるんだよ」
トレイさんを呼ぶ声が遠くから聞こえてくる。
「悪い、練習にもどらないと」
トレイさんの手が伸びてきて、けれど触れる寸前のところで止まる。
「おっと、つい撫でそうになるんだよな」
「ニャ?」
「いや、猫じゃないって頭ではわかってるんだけどな……」
そういうことかと納得する。トレイさんの気遣いは嬉しいけれど、でも……。
「じゃあ、円盤にぶつからないよう気をつけろよ。またな」
トレイさんは走って行ってしまった。小さくなっていく背中をじっと見て、ちょっと寂しいような気持ちになる。撫でてくれてもよかったのに。きっと気持ちいだろうなあと考えて、ぶんぶんと頭を振る。せっかくトレイさんが人として扱ってくれてるのに、私が猫になってしまうんじゃ意味がない。
それから私は別の寮の敷地にも行ってみた。名前はわからないけど、なんとなくワイルドな雰囲気の生徒が多い。ふさふさの耳が生えているのでちょっと親近感を持ってしまった。
「あれ~、猫?」
「ニャア」
こんにちは、と言ってみたけど、やっぱり伝わらなかった。耳が生えているからもしかしたらと思ったけれど、そう上手くはいかないようだ。
「トレイン先生の飼い猫以外にも猫がいたッスね~」
猫、という単語にぴくりと耳が動く。どんな子なんだろう。お喋りとかできたら嬉しいんだけど、居場所もわからない。
「あ……やば。レオナさんに頼まれてたデラックスメンチカツサンド、早く行かないと!」
「早く」と言った割には面倒くさそうに、耳の生えた男の子は歩いて行った。
デラックスメンチカツサンド。美味しそうな響にお腹が空いてしまう。私はいつもの森へ行って果物をかじることにした。
お腹が膨れたら昼寝をして、オンボロ寮に戻る。すぐに戻らなかったのはゴーストのことがあるからだ。入口でユウくんたちの帰りを待っていると、すぐに二人は現れた。明らかに落胆した様子のグリムちゃんが気になる。
「ニャー」
「ただいま。グリムのことは……とりあえず中に入ろっか」
談話室のソファに座ってグリムちゃんに声を掛けようとしたところで、聞き覚えのない声が耳に入る。
「グリ坊どうしたんだ? 元気がないじゃないか」
「ニャッ!?」
びっくりしてユウくんの膝に飛び乗ってしまった。そろそろとソファの上に戻って、けれどグリムちゃんに声を掛けた白いお化けのことが気になって仕方がない。
「モカ、前に話してたゴーストだよ。ずっとこの寮に住んでるんだって」
悪い人じゃないよ、とユウくんが言う。それはわかってるけど、でもそんな、何人もいるなんて聞いてなかった。グリムちゃんに話しかけているゴーストさんは三人いる。グリムちゃんを心配しているんだろうから悪い人じゃないっていうのもわかる。
「僕も最初は驚いたけど、もう慣れちゃったよ」
ユウくんはにこりと笑った。
グリムちゃんはマジフト大会に出られなくて落ち込んでいるそうだ。オンボロ寮の生徒はユウくんとグリムちゃんの二人で、マジフト大会に出場するには七人が必要らしい。
「そんなにマジカルシフトがやりたいならわしらが相手してやるぞ?」
細身のゴーストさんがグリムちゃんに言った。細かいルールはナシのお遊びだけど、グリムちゃんはすぐに元気になった。寮の外でグリムちゃんは楽しそうにゴーストさんたちと走り回っている。
「おや、みなさん。マジカルシフトですか?」
背後から学園長さんの声がして、慌てて振り向く。いつの間に現れたんだろう。
グリムちゃんはマジフトを止めて、あからさまに嫌そうな顔をした。
「げっ。今一番テンションが下がるヤツが来たんだゾ」
学園長さんは頼みごとがあってここに来たそうだ。何となく、ユウくんもグリムちゃんも嫌そうな顔をしている。みんなで談話室に移動して、学園長さんの頼みというのを聞くことになった。
「実は最近、学園内で不審な事故による怪我人が続出していまして、それについての調査をお願いしたいのです」
階段からの転落、熱湯による火傷、原因はそれぞれだが急激に保健室の利用者が増えているそうだ。しかも怪我人は全員、今回のマジフト大会の選抜メンバー候補だという。
「なんだか、事件の香りがしますね」
「ユウくん、名推理です。ですが事件とするには証拠がない」
いずれの事故も目撃者がいるそうだが、誰もが「本人の不注意にしか見えなかった」と証言しているそうだ。
「ならただのおっちょこちょいなんだゾ。はい解決ぅ~」
「残念ですグリムくん。協力してくれたらとっておきのご褒美を用意していたのですが……」
グリムちゃんはぺっと舌を出した。
「マジカルシフト大会出場枠」
「ふなっ!?」
「事件解決の暁には、君たちの寮にマジカルシフト大会出場枠を用意して差し上げましょう」
グリムちゃんはすっかりその気になってしまった。そんなわけで、明日から調査を始めるそうだ。
「……うーん。やっぱり全員がおっちょこちょいか大会に浮かれてるって感じなんだゾ」
オンボロ寮に帰ってきた二人はソファに沈みながらため息をついた。調査は全然進展がないらしい。これからどうしようか、そんな相談をしているとブザーが鳴った。
「ん、誰だ?」
「おーっす。あれ、グリムは機嫌が直ったみたいじゃん」
寮を訪ねてきたのはエースくんだった。彼も談話室に招いて、これまでのことを報告する。
「ふーん、不審な怪我人ねえ……」
エースくんも心当たりがないようだ。どうしよう。そんな雰囲気が談話室に漂った。しかしそのとき、バタバタと次の来訪者が現れる。
「エース、大変だ!」
「ん、どうしたんだよデュース。そんなに慌てて……」
「クローバー先輩が階段から落ちて怪我をしたって!」
「ニャ!」
トレイさんの名前に思わず声を上げてしまう。トレイさんがドジで階段から落ちるなんて想像がつかない。みんなも同じように考えたみたいだ。話を聞きに行こう、と声が上がる。
「モカ、どうする?」
「ニャア……」
「うん、わかった。じゃあまた後でね」
慌ただしく出て行くみんなをソファから見送る。私も行きたかったけれど、きっと役に立てない。それにトレイさんの部屋の中まで入るって、迷惑かなあと思うのだ。だって私もいきなり部屋に男の子が押しかけてきたら困るし。今は猫の姿だけど、それで何でも許されるのは嫌だった。
……でも、心配なものは心配だ。寮の外までなら許されるだろうか。そんな言い訳をしながら私はオンボロ寮の窓をするりと抜け出した。
「あれ、モカちゃん」
「ニャア」
ケイトさん、と心の中で呼ぶ。
「こんなところでどうしたの? あ……わかった、トレイくんが心配なんでしょ~」
ケイトさんはにやりと笑った。
「前からトレイくんには特別懐いてるもんね~」
「ニャッ……!」
そこまであからさまな態度をとっていたつもりはなかったけれど、そう見えていたんだろうか。確かにトレイさんは私が怪我をしたときに包帯を巻いてくれたり、甘い果物をくれたりで、感謝はしているけど……。一番近くで見ていたケイトさんに指摘されると恥ずかしくなってしまう。しかも、人間だってバレているのだ。トレイさんは変に思わなかっただろうか。急に不安が胸の中いっぱいに広がる。
「ニャー……」
どうしよう、と呟いたのだが、ケイトさんは別の意味に受け取ったようだった。
「トレイくんなら大丈夫だよ。次の大会には出られなさそうだけど……」
トレイさんは松葉杖生活なのだそうだ。日常生活に問題はないと言うが、想像したら痛々しい。
ピロン、とケイトさんのスマホの音が鳴る。
「あ、ごめんね。オレもユウちゃんたちの調査に協力することになってて、行かないと」
こく、と頷いた。「はい」と「いいえ」だけでも案外コミュニケーションは取れるものだ。
「トレイくんにモカちゃんが心配してたってこと、伝えとくね~!」
「ニャ……!」
ぶんぶんと首を横に振ったけれど、ケイトさんはたぶん見ていない。