4話

 もしかしたら犯人のしっぽが掴めるかもしれないと思って校内を見回りしてみたけれど、これといった収穫はなかった。私が見つけられるぐらいなら、もうとっくに捕まっているのかもしれない。
 どこの寮もマジフトの練習に熱を入れている。怪我のせいで選手の確保に困っているところもあるようだ。
 トレイさん、せっかく練習してたのに……。落ち込んでないといいけれど。どうしても気になって、私は最後にもう一度ハーツラビュル寮の前を通った。さすがにケイトさんに見つかったら恥ずかしすぎるので、木の陰からこっそりだ。
「モカ」
「ミャッ!?」
どうしてトレイさんが。
「どうしてここにいるかって?」
こくこくと頷く。
「確かに怪我はしたけど、授業は普通に出席してるぞ。今ちょうど終わったところだ」
トレイさんは松葉杖でトントンと地面を叩いた。
「まあ、こんなもの持ってるが実はなくても歩ける」
トレイさんは今にも杖を捨ててしまいそうで、慌てて首を振った。
「ああ、わかってる。今日のところは安静にしておくよ」
今日のところは、というのが引っかかったけど私はとりあえず頷いた。
「それより、一つ提案があるんだ」
「ニャ?」
「今度のマジフト大会、外部からの客も大勢来る。人間の姿で歩き回っても問題ないと思うぞ」
それはつまり、当日魔法を掛けてくれるということだろう。嬉しい提案だけど、こんな状況で私だけ浮かれてしまってもいいものか悩む。
「ん? 気が乗らないか?」
そういうわけじゃないけれど……。こういうときの返答は猫だと不便だ。「まず犯人を見つけないと」と言うつもりで、前足で松葉杖をつつく。けど、自分でもこれは違うなあと思ったし、トレイさんにも伝わらなかったようだ。その後も思いつく限りの身振り手振りで伝えようとしたけど、途中でふと恥ずかしくなってしまった。
「ニャー……」
「はは、諦めたのか?」
「……」
悔しくなって、私はトレイさんの靴のつま先をぎゅっと押す。「気をつけて帰れよ」どこまでも優しいトレイさんの言葉を背に受けながら私はオンボロ寮に帰った。

 ユウくんたちは先に戻っていたようだ。
「ニャー」
「おかえり。犯人の目星、ついたよ」
「ニャ!?」
「デラックスメンチカツサンドの恨み、晴らしてやるんだゾ!」
デラックスメンチカツサンド。どこかで聞いたような気がする。……あの、耳の生えた男の子だ。ただの偶然かと思ったけれど、ユウくんが言うにはそのラギーくんという子が犯人らしい。ハーツラビュル寮のみんなと協力して、大会当日に捕まえる予定ことになっているそうだ。
 ユウくんが部屋に戻り、私はソファの上で丸くなる。ここで寝るのもすっかり慣れてしまった。もう木の上暮らしには戻れない。
 明日もトレイさんに会えるといいなあ。そんなことを考えながら私は目を閉じた。

 キィ、と扉の開く音がする。「ユウくん、今日は早いな」うっすら目を開けると、明らかにユウくんじゃない人が部屋の中に立っていた。驚いてつい声を上げてしまう。
「ん……猫か?」
そう言いながら私の方へ歩いてくる。ラギーくんと同じふさふさの耳。しかもしっぽまで生えている。でも、ラギーくんより……何というか、強そうだ。
「おい、ユウはどこだ?」
「ニャ……」
思わずユウくんの部屋を見てしまった。男の人はユウくんの部屋のほうへ歩いていく。もしかしたら私はとんでもないことをしてしまったかもしれない。あの人より先にユウくんを起こしに行きたいけれど、体が動かなかった。
 男の人がユウくんの部屋に入った後、すぐに二人は部屋から出てきた。ユウくんはちょっと眠たそうだけど、無事みたいでよかった。
「モカ、おはよう」
「ニャー」
「お前、猫なんか飼ってたのかよ」
「えーと、モカは人間なんだけど、猫なんだ」
「……はあ?」
ユウくんは私のことを一通り説明してくれた。そして彼がジャックくんというサバナクロー寮の一年生であること、今は事件のことで協力しているということを聞く。ジャックくんはユウくんたちが大会に遅刻しないようわざわざ起こしに来てくれたらしい。見た目によらず、と言ったら失礼だけど、いい人みたいだ。
「あ、そうだ。トレイ先輩、サイドストリートの入口にいるって」
ふふ、とユウくんは笑った。ユウくんは私をからかっているわけじゃないと思うけど、ケイトさんに言われるのとは違う恥ずかしさがある。そんなに私ってわかりやすいんだろうか。でも行かないのはもったいない気がして、たぶんこういうところなんだろうなあと納得してしまった。

 トレイさんは私を待ってるんじゃないかって勘違いしてしまいそうになるほど、わかりやすい位置に立っていてくれた。でもまさか、本当に松葉杖を持っていないなんて……。
 私が小さな声で鳴くと、トレイさんはにやりと笑った。
「どうだ? 昨日の話は」
こく、と頷く。トレイさんはそれで察してくれたみたいで、人通りの少ない場所で魔法を掛けてくれた。
「……ありがとう」
どこか変じゃないだろうか。ものすごく、鏡を見たい。未だに自分の顔さえわからないのだ。でもさすがにそんなことを言えるような状況じゃない。せっかくのお祭りなんだから、楽しまなくでは。
「何か欲しいものはあるか?」
「え……あ、でも」
お金を持っていない。私がそう言う前に、トレイさんがお札を一枚差し出した。
「好きなもの、買っていいぞ。……ただし、1000マドルまでな」
「1000マドルってけっこう高いんじゃないですか?」
「露店はどこでもそんなもんだ。ほら、そこの何の変哲もないジュースだって400マドルするだろ?」
せっかくなのにそれじゃあ味気ない、というところで1000マドルなのだそうだ。
「ありがとう。じゃあ、あのクリームが乗ってるジュース、飲んでみたいです」
「ああ。買っておいで」
お金を払ってモノを買う。そんなことすら久しぶりで、目頭がじんと熱くなりそうだ。
 人間の姿のうちに飲みきってしまわないといけないから、サイズは一番小さいものにした。けれど、それでもじゅうぶんなほどクリームとチョコレートが乗せられている。
「美味しい」
果物もいいけれど、やっぱり砂糖の甘さには敵わない。至福だ。
「よかったな」
「トレイさんのおかげです」
そしてもう一口、ストローに口をつける。「モカちゃ~ん!」誰かに呼ばれた。
「どう、楽しんでる?」
「ケイトさん」
「ねえ、せっかくだし一枚いいかな?」
ケイトさんがスマホを構える。マジカメにアップするつもりなんだろう。猫のときも何度か写真は撮った。けれど今は、あの黒いレンズに吸い込まれてしまいそうな恐怖があった。
「ケイトさん、あの……」
「ん、どうしたの?」
「私まだ自分の顔、見たことなくて……」
「え、うそ」
信じられない。ケイトさんの顔がそう言っていた。

「えっと……一応確認するけど、顔、見てみたい……よね?」
「……はい。気にはなります」
「いや、そんな心配するようなことはないと思うけど……」
でもちょっと怖いよね、とケイトさんは同調してくれる。
「……やっぱり写真、撮ってもらってもいいですか?」
「もちろん! はい、じゃあ二人並んで~!」
「え……?」
パシャ、と音がする。いつもケイトさんの自撮りに一緒に写るばっかりだったから驚いた。しかもたぶん、トレイさんと二人の写真だ。
 ケイトさんはスマホを差し出して「どう?」と首を傾げた。
 正直、髪の感じとか目つきなんてどうでもよくなるぐらい私の顔は赤かった。誰がどう見ても赤い。
「これ……マジカメには上げないでください……」
「そう? 残念。じゃ、トレイくんに送っとくね」
タタタ、とケイトさんはスマホをタップする。抗議する間もなくトレイさんのスマホに写真は転送されてしまった。
「じゃあオレ、今から大事な仕事があるからまたね~!」
嵐のようだった。ケイトさんが言っているのは恐らく犯人確保のことだろう。もうすぐ始まるのだろうか。
「トレイさん」
「ん?」
「……さっきの写真」
「ああ、よく撮れてるな」
トレイさんがそんなこと言うから「消してください」を言えなくなってしまった。もうすぐこの時間は終わってしまう。思い切りジュースを吸ったらむせて、トレイさんに笑われてしまった。