5話
マジフト大会はディアソムニア寮の勝利で終わった。一連の事件はサバナクロー寮の企みだったそうだ。気まずい雰囲気になるのかと思いきや、大会中にその鬱憤は晴らされたみたいだ。トレイさんもけっこう邪悪な顔をしながらプレイしていた。というか、いつのまにそこまで回復したのかも謎だ。
事件も解決して大会も終わって一安心。なんだけど、私にはもう一つ楽しみがあった。それは……。
「今日からここがモカの部屋だよ」
ユウくんの笑顔が眩しい。そう、私は一人部屋を手に入れたのだ。
ユウくんとグリムちゃん、ゴーストさんたちも手伝ってくれて掃除はスムーズに終わった。グリムちゃんは嫌々だったかもしれないけど、今度いっしょに美味しい果物を食べにいくという約束で協力してくれたのだ。
「ニャー」
「どういたしまして」
ユウくんたちが部屋を出て行く。一人になった私はベッドに飛び込んだ。ふかふかだ。ソファでも贅沢だと思っていたけれど、やっぱりベッドが一番だ。人間用のベッドだからどれだけ転がっても落ちない。ふかふかを堪能しているうちに、私は眠りに落ちてしまった。
朝日がまぶしくて目が覚める。頬にかかった髪が邪魔で……
「髪?」
今、喋った。喋ったの、私だ。
「あ……あ、あれ?」
指をわきわきと動かす。ふさふさの毛も肉球もどこにもない。もしかして今まで長い夢を見ていたんじゃないか。でも、ここは確かにオンボロ寮だ。
「ユ、ユウくん……ユウくんいる?」
ベッドから飛び降りてユウくんを探す。……談話室にはいない。ユウくんの部屋のドアをノックすると、中からグリムちゃんの不機嫌そうな声が聞こえてきた。
「まだ眠いんだゾ……」
「グリムちゃん!」
「……ふなっ!? なんでモカが喋ってるんだ?」
グリムちゃんは混乱しながらもユウくんを起こしてくれた。ユウくんも驚いていたみたいだけど、いつも普通に話しているから私はそんなに違和感がなかった。
それから三人で考えて、私たち三人じゃどうしようもないと早々に結論が出る。まずは事情を知っているハーツラビュル寮のみんなに相談することにした。ユウくんが授業の合間に伝えてくれるそうだ。何が起こるかわからないから私は寮で待機するしかない。
昼になっても私は人間のままだった。ぐう、とお腹が鳴る。猫だったら木に登って食べ物にありつけるのにと考えてしまうところがもうダメだ。ベッドでごろごろと寝がえりをうつ。昨日はあれだけ嬉しかったベッドの感触も、今は何の有難みもない。
もうひと眠りしようかと思ったところで、寮のブザーが鳴る。「パン買ってきてやったぞー」この声はエースくんだ。
「うわ本当に人間になってる」
「なんか落ち着かないな……」
エースくんはともかくデュースくんもわりと容赦ない。
「ユウくんは?」
「ケイト先輩とトレイ先輩のとこに事情を説明しに行った。オレらはユウにお使い頼まれたってワケ」
エースくんが差し出した袋の中にはあんパンとチョココロネが入っていた。ありがとうより先にお腹の虫が鳴ってしまう。
「あの、食べながらでいいですよ」
デュースくん、優しい。でもこんなに恥ずかしいことってあるだろうか。
「で、なんか心当たりとかないの?」
「ううん。起きたらこうなってて」
ああでもないこうでもないと二人はいろいろ考えてくれたけど、やっぱりわからなかった。今のところ最有力なのは「魔法が解けた」だ。けれど、二年も効力が続いてなぜ今なのか。
「何かいつもと違うことをしたとかありませんか?」
「うーん……昨日は初めて部屋のベッドで寝たんだけど、関係ないよね……」
「いつもはどこで寝てんの?」
ここ、と今座っているソファをぽんぽん叩く。「まあ猫だしな」とエースくんは頷いた。
「それより、時間は大丈夫? 午後の授業とか」
「あーヤベ、もう行かないと」
「すみませんモカさん。お邪魔しました」
「ありがとう。パン美味しかった」
二人を見送って、残りのパンを食べてしまう。それからまた暇になってしまったわけだけど、よく考えたら今の私にはできることがあった。掃除だ。
今まで掃除はほぼユウくん主体で申し訳ないと思っていたのだ。箒と雑巾を手にすると、なぜか妙に燃えてきた。
埃を箒で集めて雑巾で水拭きする。今の私、すごく人間っぽい。掃除をして感動するなんて思ってもみなかった。
熱が入りすぎて気付けば夕方になっていた。帰ってきたユウくんに声を掛けられる瞬間まで、私は窓拭きをしていたのだ。
「掃除してくれてたんだ。ありがとう」
「ううん、いつもしてもらってばかりだったから。あと、お昼ありがとう。美味しかったよ」
「購買のパンだけどね」
それで、とユウくんは声を落とした。実はさっきから気になっていることがあるのだ。ユウくんが持っている大きな袋。何が入っているのだろう。
「モカ、これに着替えてくれる?」
ユウくんは袋から黒っぽい服を取り出した。見たことがある。たしか式典服だ。
「フードがついてるからいいかなと思って借りてきた……んだけど、式典服だし逆に目立っちゃうかもしれないんだよね」
普段はみんな学生服か運動着か、もしくは実験着だそうだ。たしかにそれなら普通に学生服を借りた方がまだ目立たないんじゃないかと思う。
「学園長に報告しに行くのにちょうどいいかと思ったんだけど……どうしようかな」
「……私を呼びましたか?」」
「ヒャッ!」
すぐ後ろで声がして、変な悲鳴を上げてしまう。振り向こうとして、けれど次第に視界が低くなっていくのを感じた。
「ニャー」
「……これは何と」
学園長さんは驚いたようにも感心したようにも見えた。
「モカくんが人間に戻れたと聞いて様子を見に来たのですが」
「猫になっちゃいましたね」
「ええ……ですが私にはモカくん自ら猫になったように見えました」
それって、つまり……。学園長さんの言葉は私の肩に重くのしかかった。もし本当にそうならこの二年間は何だったんだろう。嘘だと言いたいけれど、否定できない。私は魔法が使えないつもりでいたけど、猫になる前に自分がどんな人間だったのか覚えていないのだ。
「学園長、どういうことですか?」
「さっぱりわからないんだゾ!」
ユウくんたちも動揺しているようだった。学園長さんは落ち着きはらった様子で答える。
「モカくんは自分を守るために猫の姿になったのではないでしょうか」
「身を守る?」
「ええ。今のは私が突然背後に現れて驚いたから。二年前は未知の、しかも男だらけの場に呼び出されて身の危険を感じたのではないかと」
学園長さんの話を聞いていると、本当のことのように感じてしまう。でも、認めてしまうのが怖かった。だって、そんな、自分で勝手に猫になって困っていたなんて。
「じゃあ、どうして急に元に戻ったんですか?」
「ようやくリラックスできたということです。ここの寮はモカくんにとって安らげる場所だったと」
「……なるほど」
「まあ、すべて私の想像ですけれどね」
ですが、と学園長さんは続けた。
「確かめる方法はありますよ。ローズハートくんに首をはねてもらえばいいのです」
「ニャッ!?」
首をはねる? 物騒な単語が出てきて、遠のきかけていた意識が急に戻ってくる。
「その手がありましたね」
ユウくんは納得しているけど、私は不安しかなかった。