6話

 私は今、ハーツラビュル寮に来ている。寮長のリドル・ローズハートくんに首をはねてもらうためだ。学園長さんにそう言われたときは何事かと思ったけど、リドルくんのユニーク魔法のことらしい。リドルくんに首をはねられた者は、魔法が使えなくなる。私がそれで人間に戻ったら、猫の姿になった原因が私にあるということだ。
 リドルくんという人について、グリムちゃんは「怒りんぼリドル」なんて言うし、ユウくんに至っては言葉を濁して笑っている。そんなに怖いのかと身構えていたけど、いざ会ってみたらそんなことはなかった。貸してもらった式典服はリドルくんのものだって言うし、私の話もユウくんを通してちゃんと聞いてくれた。だから私は「首をはねる」という響きの恐ろしさを忘れてしまったのだ。
「じゃあ、いいかい?」
リドルくんがペンを構える。こく、と頷いて私は目を閉じた。
「――オフ・ウィズ・ユアヘッド!」
一瞬、リドルくんの後ろに女王様が見えた。
 首のあたりに違和感が走り、手を添える。金属のような硬くて冷たい感触に、私は確かに「指」で触れた。
「あ……」
喋れた。私は本当に、自分で猫になってしまっていたみたいだ……。

 リドルくんの魔法なら、ずっと人間の姿でいられる。エースくんとデュースくんはそう言ってくれた。けど、私はそんなこと考える余裕はなかった。
「いや~、でもさすがにマズイでしょ。だってその首輪、誰がどう見てもリドルくんの魔法ってわかるし」
ケイトさんの声が聞こえる。でも、何だか遠くで喋ってるみたいな、頭にちゃんと入ってこない。
「あの、」
みんなが私を見る。胃がキュッと悲鳴を上げた。
「協力してくれてありがとうございました。……魔法を、解いてもらってもいいですか」
目を閉じたのは、みんながどんな顔をしているのか見るのが怖かったからだ。

**

「モカ?」
猫の姿になったモカは寮の窓から飛び出して行ってしまった。彼女は今にも泣きそうな顔をしていた。
「トレイくん」
ほら、とケイトが急かしてくる。どうして俺がってとぼける隙もない。それにケイトに言われなくたって、最初からそのつもりだ。誰かに役目を譲ってやる気は毛ほどもない。
「あの、モカさんはどうしたんですか?」
デュースの疑問にリドルが答える。
「ボクはわかるような気がする。誰かのせいだと思うほうが楽なんだ」
それにたぶん、モカは勘違いしている。ばかだなと言ってやりたい。誰も責めたりしないし、何なら気にしてないって。

 モカと初めて会ったのは森の中だった。タルトに使ういい材料がないか、ケイトと二人で探しに来ていたのだ。だが、見つけたのは果物じゃなくて猫だった。
「ねえトレイくん、なんか猫みたいな鳴き声しない?」
「ああ、聞こえた。この近くか?」
わざわざ探したのは、聞こえた声が弱々しかったからだ。声を辿って行って正解、足を怪我した猫が石の上で小さくうずくまっていた。
「大丈夫か?」
猫は俺たちを見てさらに小さくなった。怯えているのかもしれない。どうやったら安心させてやれるのかわからなかったが、怪我をそのまま放っておくことだけはできなかった。
 血と泥だらけになった足を綺麗にして、習ったばかりの癒しの魔法を唱える。目を丸くして俺たちを見ていたきみは、今思い返してみると確かに猫らしくなかった。
「とりあえず、大丈夫かな?」
「ああ、もう怪我するんじゃないぞ」
「じゃ、タルトの材料探し、再開だね~」
そのとき、ぽんと足を叩かれた。
「ん、どうしたんだ?」
「ニャー」
「あっち」とでも言うように猫は前足で森の奥を指した。それから歩き出した猫の後をついていってみると、真っ赤に熟れた果物がたくさん実っていたのだ。猫は木に登って果物にかじりついてみせた。「食べられるよ」と言っているように見えた。
「すごい、大収穫じゃん!」
「そうだな。教えてくれてありがとう。ここはお前の縄張りなのか?」
「ニャアン」
猫は得意げに鳴いて、どこかへ行ってしまった。

「モカ、いるんだろ?」
きっとここだろうと思った。呼びかけてみると、木の枝の隙間からしっぽが揺れるのが見えた。こんなにわかりやすい場所に隠れているのさえ可愛らしく思ってしまう。
「モカ、出てこないと魔法を掛けるぞ」
「ミャア……」
「ほら、下りてこい」
ぼす、と視界が真っ暗になる。下りてこいとは言ったが、まさか俺の上に飛び乗るなんて。しかもかなり勢いづいていて危うく倒れるところだった。
 顔にモカを乗せたまま、背中と頭を撫でてやる。ようやく落ち着いたところを顔から引き剥がして、腕の中に抱えた。
「……出てきてくれたとこ悪いんだが、やっぱり魔法を使ってもいいか?」
「……ニャー」
モカは首を縦にも横にも振らなかった。
「それじゃ何て言ってるのかわからないよ」
モカは俯いて、顔を俺の胸に擦り付けてきた。魔法を掛けてもよかったんだと思う。そうしなかったのは、耐えられる自信がなかったからかもしれない。
「落ち込んでるのか?」
返事はない。俺は片手で彼女の背中を撫でながら、言いたかったことを一つづつ片付ける。
「どうしたんだってデュースが心配してたぞ」
「リドルはお前の気持ちもわかるって言ってた。真面目だし、気が合うのかもな」
「誰もお前を責めてたりしない」
ぴく、とモカが身体を震わせる。
「ばかだな」
モカの前足が胸に差していたマジカルペンを叩く。彼女は俺から飛び降りて目を閉じた。

 人間姿のモカは相変わらず泣きそうな顔をしていたが、もう大丈夫なように見える。これからのこと、まだ考えなきゃいけないことは残っているが、そんなのはハーツラビュルの奴らを巻き込んで考えればいい。
「ところでさっき、何て言ったんだ?」
つい言ってしまったのは、俺なりの照れ隠しだ。きっとからかわれたと思ったきみは、猫みたいにつんとそっぽを向いてしまった。